FC2ブログ
 
■プロフィール

ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

■最近の記事

■Automatic translation WEB site
■最近のコメント
■最近のトラックバック
■月別アーカイブ
■カテゴリー

■FC2カウンター

■あしとも

■ブログ内検索

■RSSフィード
■リンク
■ブロとも申請フォーム
バンコク 水牛のいる家
バンコク 水牛のいる家 1

バンコク 水牛のいる家 2

バンコク 水牛のいる家 3

バンコク 水牛のいる家 4

 水牛のいる家といっても 生きている水牛のいる家のことではない。
 水牛の頭骸骨を飾ってある家のことである。
 黄色くペンキの塗られたよく目立つ家の2階部分の壁に 水牛の頭蓋骨が 
 所狭しと 飾られている。
 ふと目を向けると ちょっとぎょっとする光景である。
 タイ人には どこかこんなグロテスクなものを好むところがある。
 何か信仰の対象なのかと この家の持ち主に訊いてみるが、そうではないという。

 タイでは 牛の肉は食べても 水牛の肉は食べないと聞いている。
 水牛は農作業の手伝いをする生き物だから、食べないという人もいる。
 本当のところ、どうだかわからないが、私はタイでは水牛の肉を食べたことはない。

 タイでは家畜、特に牛などの堵殺・解体をするのは 何十年か前に パキスタンから
 やってきたイスラム教徒であるという。
 記憶によれば、ベトナム戦争当時、タイに駐留するアメリカ兵のために 牛肉の需要が
 増え、その仕事を受け持ったのが パキスタンから移民してきたイスラム教徒だという。
 もしかしたら、彼らは水牛の堵殺・解体もしているかもしれない。

 水牛料理といえば、カトマンズに古い時代から住み着いているネワール族の得意とする
 料理である。
 私もカトマンズに行くと ネワール料理店で セクワ(水牛のヒレ肉の油いため)、
 ツウェラ(水牛のあぶり肉の和え物)、水牛肉の煮込み、あるいはモモと呼ばれる
 水牛肉の入った蒸し餃子をよく食べる。
 牛肉に比べると硬い肉だが、カトマンズのネワール族を すい牛肉を上手に料理する。
 水牛は食用のためのもので 農作業には使われない。
 ネパールやインドでは 農作業に使われるのは牛の方が多い。

 インドでは 牛は神様と同じだから、食べないが、同じインドでもダージリンのような
 植民地時代 イギリス人の保養地では、牛肉を食べる習慣が残っている。
 インドにいるイスラム教徒は 好んで水牛肉を食べるようだ。
 カルカッタでは イスラム教徒の経営する牛カレーの店があるが、
 水牛肉を使っているのか、牛肉を使っているのか 定かでない。
 インドの牛肉は 水牛肉と同じくらいに硬いから 区別がつかない。

 日本の柔らかい牛肉に慣れている舌には インドやタイの牛肉は 牛肉の匂いがなく、
 言われれば、牛肉かとわかる程度のものだ。
 だから、水牛肉を牛肉だといわれても 区別がつかないとところがある。
 それでも タイでは質の高い肉牛が飼育されているから、インドのものと比べると 
 格段に美味しい。

 水牛の話からそれてしまったが、タイでは鈍い動物の代表のように言われる水牛だが
 結構大切にされているようだ。
 チョンブリ県で行われている水牛を使ったレースは 有名らしい。

 同じ水牛でも ヒンズー教の国では 悪魔の乗り物を引く邪悪な動物、
 タイでは 少し抜けていて間抜けな愛すべき動物、国によって受け止め方は
 違うものである。


++ブログランキングへの協力をお願いします。++

  ** 忘れないで **
       ↓
日本ブログ村ブログランキングに参加しています。
**面白いと思ったらクリック**
   ブログランキング・にほんブログ村へ

人気ブログランキングに参加しています。
**面白いと思ったらクリック**
  人気ブログランキングへ




スポンサーサイト



バンコク ある風景 | 18:05:53 | Trackback(0) | Comments(0)
ブータン布の今昔 ブータン庶民の木綿のキラ‐12
ブータン布の今昔 ブータン庶民の木綿のキラ‐12 1
  ブータン   木綿のキラ          1980年代後半

ブータン布の今昔 ブータン庶民の木綿のキラ‐12 2

ブータン布の今昔 ブータン庶民の木綿のキラ‐12 3

 1980年代に織られた木綿のキラの中にも こんな華やかなものもある。
 片面縫い取り織りと両面縫い取り織りの二つの技法によって織られたものだ。

 織りの技術は素晴らしいけれど、この時代になると、手紡ぎ、手染めといった面倒な
 作業はなくなってしまっている。
 インドからの工場生産の染められた糸が使われることが 一般的になってきている。

 織りの技術はしっかりしたものであるが、ノルマ、お金のために布が織られている
 感じがしてしまう。
 キラの中で使われている紋様のパターンも たくさんのパターンを用いず、
 キラを如何にして美しく織り上げるかの工夫がなくなっているように思われる。

 注文に応じて 着る人のことを考えて織るというより、市場に並べて売るという目的で
 織り上げたものだろう。
 こうなると織り手の個性も着る人の個性も見えてこなくなる。
 着る側も 自分に似合うものを市場に行って買うという姿に変わってしまっている
 のかもしれない。

 20世紀前後からのキラを見ている私からすれば、なんとなく物足りないものを
 感じてしまうのである。
 私に似合うものをこんな風に織ってほしいという願いと、その願いを実現するために
 織り手が工夫し、持てる技術を最大限に生かすというもの作りの基本が 失われて
 しまったとも思われる。

 この時代以降のブータンの織りは 富裕層のための特別注文を除けば、ブータンに
 やってくる旅行者・観光客のためのものへと変わってしまったのだろう。
 そういう時代、そういう社会にブータンが変わってしまった証明なのだろう。



++ブログランキングへの協力をお願いします。++

  ** 忘れないで **
       ↓
日本ブログ村ブログランキングに参加しています。
**面白いと思ったらクリック**
   ブログランキング・にほんブログ村へ

人気ブログランキングに参加しています。
**面白いと思ったらクリック**
  人気ブログランキングへ


ブータン布の今昔 | 15:35:19 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 今日はプラカノンへ‐01 48番のバスに乗って
バンコク 今日はプラカノンへ‐01 48番のバスに乗って 1

バンコク 今日はプラカノンへ‐01 48番のバスに乗って 2

バンコク 今日はプラカノンへ‐01 48番のバスに乗って 3

バンコク 今日はプラカノンへ‐01 48番のバスに乗って 4

バンコク 今日はプラカノンへ‐01 48番のバスに乗って 5

バンコク 今日はプラカノンへ‐01 48番のバスに乗って 6

バンコク 今日はプラカノンへ‐01 48番のバスに乗って 7

 今日は 朝から曇り空、いつ雨が降り出しても不思議ではない空模様だ。
 どこかに出掛けても 雨に遇うといやだなと思ったが、こんな曇り空の下、家の中に
 いるのも鬱陶しいので、出掛けることにした。

 今日は久しぶりにプラカノンに行くことにした。
 ラーマ1世道路に出て、48番のバスを待っていると、今まで見かけたことのないような
 黄色の48番の冷房バスがやってきた。
 別に48番の冷房なしのバスでよかったのだが、プラカノンまで行くかと
 車掌に尋ねると 行くと言うので 座席に座り込んだ。
 走り始めたばかりの新しいバスだが、座席が硬く、居心地はあまりよくない。
 プラカノンまでの乗車賃は 14バーツである。

 プラカノンまでの道筋は 昔と随分違い、高層ビルがやたら増えたことに 
 今更ながら 驚いてしまう。
 20年前のバンコクを考えれば、夢のような光景だ。
 20階建て以上のモダンなビルを見ていると、つくづくバンコクは変わってしまったと
 いう思いに駆られ、溜息が出てくる。
 マンションや商業ビル、こんな建物の恩恵を受ける人は どれだけ居るのか、
 街の見た目は 近代的で、小奇麗になったが、その分、バンコクの人々が
 幸せになったのかと考えると、それは実感として湧いてこない。

 バスは タイの東方面に向かうバスの発着所 エカマイ・バスターミナルの前を
 通り過ぎていく。
 昔は このバスターミナルからパタヤによく行ったものだ。
 パタヤに行かなくなってもう12,3年になる。
 パタヤに初めて行ったのは 20年以上前である。
 年々パタヤは 変わり始め、私にとっては魅力を失い、行くことがなくなってしまった。

 そんなことを考えているうちに バスは プラカノンへと到着した。
 プラカノンはどういう訳か 果物が安い。
 今盛りのマンゴスチンは 1キロ20バーツ(約55円)以下、新種のライチも1キロ
 35バーツ、私の住んでいるところより はるかに安い。
 バンコクの東の果て、庶民たちの住む場所なのだろう。
 モダンな高層ビルの建ち並ぶスクムビットからやってくると 
 妙にほっとさせてくれる場所なのである。
 古いバンコクの雰囲気が色濃く残り、懐かしい場所にやってきたという想いに駆られる。

 路上で売られている安い果物を眺めながら、プラカノン運河の船着場へと歩いて行く。
 いつ雨が降ってくるかわからないので 今日は船には乗るつもりはない。
 船着場周辺を散策するだけである。
 バンコクの中心部とは違って、ごく当たり前の庶民の服装をした人々が行きかう街
 それがプラカノンだ。
 今風なモダンなものより、昔威風なものの方がよく似合う街である。
 船着場のすぐ橋の下は 屋台、床屋、昔風のタイの氷菓子の店と 
 昔風な庶民の暮らしやすい場所になっている。

 橋の上に上り、プラカノン運河を眺めてみる。
 プラカノン運河の下流に 昔ながらの木造の集落が見える。
 何艘かの水上生活者の船も浮かんでいる。
 私の心の中に深く残っている昔のバンコクの風景だ。
 のんびりとした亜熱帯の人々の生活の流れに合った時間の流れが 感じ取れる。
 私の好きだったバンコクの姿がどんどん失われ、もうそんな場所は バンコクの中では
 数少なくなった。
 そんな場所の一つが このプラカノンなのである。


++ブログランキングへの協力をお願いします。++

  ** 忘れないで **
       ↓
日本ブログ村ブログランキングに参加しています。
**面白いと思ったらクリック**
   ブログランキング・にほんブログ村へ

人気ブログランキングに参加しています。
**面白いと思ったらクリック**
  人気ブログランキングへ


バンコクの運河 | 11:52:23 | Trackback(0) | Comments(6)