FC2ブログ
 
■プロフィール

ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

■最近の記事

■Automatic translation WEB site
■最近のコメント
■最近のトラックバック
■月別アーカイブ
■カテゴリー

■FC2カウンター

■あしとも

■ブログ内検索

■RSSフィード
■リンク
■ブロとも申請フォーム
ブータン布の今昔 ブータン庶民の木綿のキラ‐11
ブータン布の今昔 ブータン庶民の木綿のキラ‐11 1
 ブータン  レーヨンのキラ           1980年代

ブータン布の今昔 ブータン庶民の木綿のキラ‐11 2

ブータン布の今昔 ブータン庶民の木綿のキラ‐11 3

 このキラが1980年代に織られたものである。
 この時代には レーヨンの糸が インドから入ってくるようになる。
 一見すると シルクのようにも感じられるレーヨンの糸である。
 それと色落ちがしないことも当時は喜ばれたに違いない。
 ただ、シルクと違って、レーヨンの糸でキラを織り上げると重くなってしまうという
 弱点があるが、洗いも楽、その上丈夫であることは 野蚕のシルク、木綿、養蚕シルク
 しか知らなかったブータンの人々にとっては 驚きの素材だっただろう。

 キラを織る際にも すべりがよく、余計な手間が省けたように思える。
 このキラを見ていると、確かに織り込みの紋様も くっきりと浮き上がり、
 見事に織りあがっている。

 このキラを織り上げた当時は レーヨンの糸は 高級品だったのかもしれない。
 今でもそうだか、インドで新しい素材を使うようになる初めの頃は 意外と
 単価が高い。
 日本から 刺繍のためのコンピューターを取り入れた機械が入ってきた頃、
 その機械刺繍が施された布は 手刺繍の布より、高価な時期があった。

 洗い安く、光沢があって、丈夫で色落ちのしない糸ということで ブータンの人々の
 眼を惹き付けたということは充分考えられるし、多少高くても手に入れようとした
 だろう。

 しかし、レーヨンの糸で織られたキラが それほど出回っていないことを見ると、
 裕福な人々の好奇心を満たしただけで、廃れていったのだろう。
 着ると重いという難点も影響したのかもしれない。

 どんな素晴らしい織りの技術を持っていても 使う素材によって、キラの良し悪しを
 決定してしまうことがよくわかる。
 冬などは レーヨンの糸で織られたキラは 防寒の役目を果たさなかったのかも
 しれないし、夏には通気も悪く、着心地が悪かったのかもしれない。
 木綿や野蚕の糸で織られたキラには 敵わなかったのだろう。

 日本で着物の素材としてレーヨンが使われた頃、日本人はどう反応したのだろう。
 興味のあるところである。


++ブログランキングへの協力をお願いします。++

  ** 忘れないで **
       ↓
日本ブログ村ブログランキングに参加しています。
**面白いと思ったらクリック**
   ブログランキング・にほんブログ村へ

人気ブログランキングに参加しています。
**面白いと思ったらクリック**
  人気ブログランキングへ



スポンサーサイト
ブータン布の今昔 | 15:05:32 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコクから 世の中を見るための大切な視点
 昨日は 海の向こうの日本では 麻生首相と民主党の鳩山代表との党首討論が
 行われた。

 麻生首相は 相変わらず、民主党の前小沢代表の西松事件の話に終始していたようだ。
 テレビ中継を利用して 西松事件に対する関心を呼び戻そうとしているようにすら
 見える。
 小沢前代表の秘書が 起訴されたというだけで有罪が確定したわけではない。
 それを盾に相手を攻めるというのは 『有罪が確定するまでは 推定無罪』という
 法の原則を蔑ろにする発言内容だった。
 国民は 何もわかっていないのだから、いい加減な事実で丸め込めるという麻生首相の
 傲慢な姿勢がはっきりと見て取れる。
 世論を意識してのことだろうが、それが成功したとは到底思われない。

 日本のジャーナリストの良識を示す記事に出会った。
 それは 『THE JOURNAL あなたの知らない”ニュース“がここにある』という
 インターネットのWEBで見つけたものである。
 今のマスコミの世界では失われてしまった見識というものを感じさせる記事内容だった。

 それは 『田中良紹の国会探検』の中で 三つの記事である。
 国民が これからの日本の政治をどう見つめていくのかという視点を持つには 
 極めて重要なものである。

 「世論が大事」と言うデタラメ
 http://www.the-journal.jp/contents/kokkai/2009/05/post_189.html

 民意とのねじれ
 http://www.the-journal.jp/contents/kokkai/2009/05/post_190.html

 民主主義を壊す「説明責任」
 http://www.the-journal.jp/contents/kokkai/2009/05/post_191.html


 田中良紹氏のこの三つの記事は 政権交代という重要な局面の中にある日本の政治を
 考えていくには必読のものである。
 マスコミによって作られた世論というものが 如何にいい加減なもので 意図的な
 ものであるか、草した妖しげな世論を使って 民意というものを作り上げ、国民の声で
 あると声高に叫ぶ危険性、そして 国民を騙し、政敵を貶めていく。
 あるいは 政府に反旗を翻す人間を冤罪に貶めることが 簡単に行われてしまうことに
 対する警鐘にもなっている。
 それは それは テレビ、新聞というマスコミの中では失ってしまった良識、見識を
 感じさせるものだ。
 国民とは騙しやすく、操作可能なものとして、今の政府もマスコミも簡単に考えている。
 選挙が近づくにしたがって、デマが飛び交い、国策捜査めいたものが横行するだろう。
 この三つの記事は それが正当なものであるかどうかを 照らす光になるだろう。
 是非、みんなに読んでもらいたい記事である。


++ブログランキングへの協力をお願いします。++

  ** 忘れないで **
       ↓
日本ブログ村ブログランキングに参加しています。
**面白いと思ったらクリック**
   ブログランキング・にほんブログ村へ

人気ブログランキングに参加しています。
**面白いと思ったらクリック**
  人気ブログランキングへ



徒然なるままに | 14:34:55 | Trackback(0) | Comments(0)
ブータン布の今昔 ブータン庶民の木綿のキラ‐10
ブータン布の今昔 ブータン庶民の木綿のキラ‐10 1
  ブータン   木綿のキラ                1980年代

ブータン布の今昔 ブータン庶民の木綿のキラ‐10 2

ブータン布の今昔 ブータン庶民の木綿のキラ‐10 3

 この木綿のキラも 1980年代に織られたものである。
 紋織りの技術は確かなものであるが、布の材料は インドからの化学染料で
 染められた工場生産の木綿糸が使われるようになっている。

 まだこの時代は いいかもしれない。
 材料はインドの工場生産の糸であっても 自国で織られたものを着るという習慣は
 残っていたようだ。
 1990年代に入ってくると、普段着のキラは インドからの安い布に変わっていく。
 ブータンの紋様を真似て、ジャガード織の技術を使った機械で織られた布が入って
 くるようになってくる。
 見た目には ブータンの手織りの布のように見えるが、機械織りのため織幅も広いので
 すぐにわかる。

 このキラだって、手織りであるから、キラ1枚織り上げるのに 1ヶ月以上はかかる
 はずである。
 普段着であれば、安い方がいいと思うのは 人間の当たり前の姿だ。
 もうブータンは 時間とお金に左右される国になってしまったのである。
 富裕層は 昔ながらの といっても化学染料で染められた糸を使ったキラではあるが、
 まだ手織りのキラを身につけることは出来たが、貧しい人々にとっては 
 手の届かないものになっていたはずである。
 それは日本の着物文化が廃れていったのに似ているかもしれない。

 このキラの織りの技法は 野蚕のシルクで織られたキラの中では生きている。
 しかし、野蚕のキラも 使われている野蚕のシルク糸は 
 化学染料で染められるようになっている。
 そのことは 野蚕のシルクで織られたキラの紹介の際に説明しよう。


++ブログランキングへの協力をお願いします。++

  ** 忘れないで **
       ↓
日本ブログ村ブログランキングに参加しています。
**面白いと思ったらクリック**
   ブログランキング・にほんブログ村へ

人気ブログランキングに参加しています。
**面白いと思ったらクリック**
  人気ブログランキングへ


ブータン布の今昔 | 01:40:57 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 続々出てくる日本人父親探し
 タイ北部のピヂット県に住むケイゴ君の日本人の父親探しを皮切りに タイ各地で
 日本人の父親探しが 起こっている。

 簡単な気持ちでタイに遊びにやって来て、タイ女性と一緒に生活を始め、子供が出来、
 飽きてしまえば、さっさと日本に帰って 知らん顔をしている日本の男も多いのだろう。
 すねに傷のある日本人なら、いつ自分のことが話題に上るかと思うと おちおち寝て
 いることもできないだろう。
 こんなケースは 日本人のみならず、多くの外国人との間でも多くあるのだろうが、
 マスコミで話題になり、援助も得られるということで 日本人の父親探しが 盛んに
 なってきたようだ。

 タイに長く滞在することの多い私にとっては、日本人の印象を悪くしている出来事の
 ようで居心地が悪い。

 こんな父親探しが 数多く始まってくると 親の愛情とは何だろうと考えてしまう。
 母親であれば、自分のお腹を痛めて生んだ子供ということで、はっきりと親である
 ことを認識するのであろうが、父親は 女性との関係で親になったということを
 納得するだけである。
 父親になることは 父親になったということを自分に納得させることだろう。
 そして、子供と一緒に生活することで 親としての子供への愛情を育て、父親に
 なっていくのである。
 こうしたことがきちんと育っていなければ、子供がいても 父親としての意識はなく
 離れて生活していれば、子供のことは忘れられ、生活の外に追いやられてしまうだろう。

 しかし、いい加減な気持ちでタイ女性と一緒に生活し、その結果として子供が出来る。
 そして、子供に対して責任を感じないというなら、子供は大変な不幸を背負い込む
 ことになる。

 知り合いのタイ女性の中にも 65歳過ぎの日本人男性と付き合い始め、女の子が
 生まれ、その日本人は何年かバンコクにやってきていたが、子供が5,6歳になった頃、
 音信が途絶え、大変な生活をしている人もいる。
 日本人はお金持ちだから、付き合えば 生活も楽になるという気持ちで付き合って
 いたのだろうが、バンコクに来なくなってしまえば、それが 縁の切れ目になる。
 今が楽しければ、それでいいという南国の女性の性格も大きな原因がある。

 親子の愛情が薄くなっている日本、親の責任などどこ吹く風といった日本、
 そんな国で育った人間が タイにやってきて女遊びをすれば、タイで日本人の
 父親探しが 増えていくのは当然の帰結なのだろう。

 なんとなく生活しているうちに子供が出来、面倒になると逃げ出すというのでは
 あまりに情けない。
 それは 日本でも同じことである。
 だから タイに来ても同じことを繰り返すのである。
 そんな人間のために タイで普通に生活する日本人が 肩身の狭い思いをするのは
 腹立たしいことだ。
 いつになったら、この日本人の父親探しは 収まるのだろうか。
 お軽い日本人が 増える昨今、解決への道は 遠いだろう。

 ***『タイの地元新聞を読む http://thaina.seesaa.net/』というホームページを読めば、
   毎日のように父親探しのことがニュースとして登場している。***


++ブログランキングへの協力をお願いします。++

  ** 忘れないで **
       ↓
日本ブログ村ブログランキングに参加しています。
**面白いと思ったらクリック**
   ブログランキング・にほんブログ村へ

人気ブログランキングに参加しています。
**面白いと思ったらクリック**
  人気ブログランキングへ



タイ事情 | 00:27:22 | Trackback(0) | Comments(0)