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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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バンコク 私の住むところ
バンコク 私の住むところ 1

バンコク 私の住むところ 2

バンコク 私の住むところ 3

バンコク 私の住むところ 4

 久しぶりにマンションの屋上に上ってみた。
 久しぶりといっても このマンションの屋上に上ったのは 2度目である。
 東北タイのコンケンからこのマンションに越してきて、もう12年になろうとするのに
 屋上に上るのは2度目、ずーっと 上れないと思っていたのだ。

 雨期間近のバンコクのためか バンコクの街全体が 薄く靄がかかっているようだ。
 このマンションの後ろには センセーブ運河が流れ、その向こうに木造の家々が
 建ち並ぶチャム族の住む集落 バーン・クルアがある。
 バンコクの中心部にあって 唯一木造の家々の建ち並ぶ地区であり、この集落の中を
 散策すること、そしてその向こうにある地域の庶民たちの市場や総菜屋あたりに
 足を伸ばして 夕飯や果物を買いに行くこと、それは、私の慰めの一つになっている。
 そこにはまだ 人々が心を通わす当たり前の生活がある。
 市場の近くの路上では 南国名物のドーリアンを求めて、人々が集まっている。
 不況のさなかでも ドーリアンの旬の味は手放せないようだ。

 こうした地域がなかったら、バンコクの中心部は 都会の中の味気ない砂漠のような
 場所になってしまう。
 人間が地面にしっかり足を下ろして住んでいるというのは、それだけで住む人々の
 生き生きしたつながりが 生まれてくるものだ。

 コンケンに住んでいた頃は 近所づきあいもあり、小さな庭もあったので 
 草花を育ててみたり、近くの家で飼っている犬の遊び相手になったものだ。
 バンコクに移ってきてからは とんとそんな機会を失ってしまった。
 
 知らぬ間にバンコクでの生活も12年近くなってしまったのだ。
 自分の心の中のどこかに こんなはずではなかったのにという想いがある。
 とにかく生きていくこと、食べていくことで精一杯で その場その場をしのいでいる
 うちに12年の年月が流れてしまったというのが本当である。
 後ろを振り向くことなく、ひたすらに生きてきたが、ふと後ろを振り向いてみると
 このバンコクでの12年間は 何だったのか 考えてしまいそうになる。
 考えても結論は出てきそうにないから、あまり深くは考えようとはしなかったのも
 本当である。

 東京、バンコク、カトマンズを 1年を切れ切れにしながら生活してきた26年間、
 何か確実なものを積み重ねていくには難しく、そのとき、そのときの出来事に
 流されてきてしまったのかもしれない。
 確実なことは それでも ここに自分がいるということだけだろう。

 24階建てのマンションの屋上に独り立ち、バンコクの街を見回してみる。
 20年以上 出入りを繰り返してきたバンコクの街を眺め、こんな街の姿になるとは
 考えもしなかった。
 こんな街並みの中で 人々は幸福を手にしたのだろうかと 気にかかる。
 近代的な発展というものが 人間の生活にもたらしたものは何だったのだろう。
 私が アジアの町をうろうろしているうちに 私の馴染んでいた日本もどこかに
 いってしまい、捉えどころのないものになってしまった。
 ここでもこんなはずではなかったのにという想いが湧いてくる。



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徒然なるままに | 21:08:47 | Trackback(0) | Comments(0)
ブータン布の今昔 二つのチャクスイ・パンケップ‐01
ブータン布の今昔 二つのチャクスイ・パンケップ‐01 1
 チャクスイ・パンケップ    1980年代

ブータン布の今昔 二つのチャクスイ・パンケップ‐01 2

ブータン布の今昔 二つのチャクスイ・パンケップ‐01 3

ブータン布の今昔 二つのチャクスイ・パンケップ‐01 4
 横 90cm x 縦 220cm  チャクスイ・パンケップ  20世紀初頭~中期

ブータン布の今昔 二つのチャクスイ・パンケップ‐01 5

ブータン布の今昔 二つのチャクスイ・パンケップ‐01 6

ブータン布の今昔 二つのチャクスイ・パンケップ‐01 7

 ブータンの布の中でも 身分の高い訪問者のためのひざ掛けや敷物として用いられる
 布 チャクスイ・パンケップには 2種類の色合いのものがある。
 一つは 白地に藍で染めた糸やカイガラムシのラックで染めたえんじ色の糸を使って
 紋様を織り込んでいく地味なものと 黒地に鮮やかな色の糸で紋様を織り込んでいく
 派手なものの2種類がある。

 ここにあるチャクスイ・パンケップのうち 1枚は 20世紀初頭から中期に織られたものであり、
 もう1枚は 1980年代に織られたものだ。
 この二つの布が織られた時代の間には 50年近い年月の差がある。
 近頃の大量生産の布は 古くなればなるほど、水簿らしくなっていくものが多いので
 あるが、20世紀初頭から中期に織られたチャクスイ・パンケップは 時代を経る
 ことによって、風格が出来、余分な色が取れて、味わいも深いものになってきている。

 1980年代に織られた色鮮やかなチャクスイ・パンケップは ほとんど使われる
 ことなく しまいこまれていたように思われるが、地に使われている糸も工業糸、
 紋様部分に使われている糸も工業糸である。
 工業糸は インドからの輸入のものである。
 確かに仕事は 細かく美しいものであるが、あと何年経とうとも、古いもののように
 味わいや風格が出てくるようには思われない。
 何がそんな違いを生み出すのだろうか。

 私は別に布の専門家ではない。多くの布に触れ、眺め、感じてきただけである。
 アジアの布には 古いものから新しいものまで、数え切れないぐらいに接してきた。
 その中で、布に対する感受性のようなものは育ってきたように思う。

 時間やお金に左右されることなく、心の赴くままに織り上げた布は 時代を超えて、
 織り手の心や想いが 布の変化の中ではっきり見えてくる。
 時間の流れが 布に移り、布の味わいを増していくというのはどういうことなのだろう。
 布を織るときの姿勢や生活の有り様が 時間の流れと合わさって味わいを添えていくのである。
 それは ただ単に技術とか器用さとは別物のようだ。

 織っている人間は 織っている布が10年後、50年後、100年後
 どう変わっていくか そんなことなど考えていない。
 糸を紡ぎ、糸を染め、その糸を使って 織り上げていく。
 便利さに埋没してしまうこと、不便さを乗り越えようと創意工夫すること、
 そうした姿勢が 布の世界を変えていく。
 それが布の百年後の姿まで影響を与えていくのだろう。
 それは布だけの世界でなく、工芸一般でも同じことに違いない。
 20世紀中期に織られた布、そして1980年代に織られた布を見比べてみるうちに
 どちらの時代に生きていた人々が幸福だったのか 考えたくなる。


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ブータン布の今昔 | 11:39:45 | Trackback(0) | Comments(0)