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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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カトマンズ 川辺の市場の野菜たち
カトマンズ 川辺の市場の野菜たち 1

カトマンズ 川辺の市場の野菜たち 2

カトマンズ 川辺の市場の野菜たち 3

カトマンズ 川辺の市場の野菜たち 4

カトマンズ 川辺の市場の野菜たち 5

カトマンズ 川辺の市場の野菜たち 6

 カトマンズとパタンを結ぶ橋の下には 夕方近くなると 近隣の人たちが 
 夕べの糧を求めてやってくる野菜市場がある。
 雨露を防ぐことが精一杯のバラック建ての粗末な店に野菜を並べ、あるいは路上に
 ビニールシートを敷き、その上に野菜を並べたりしている。
 
 この冬から春に向かう時期は寒いので ネパール・カトマンズにやってくるのは
 避けていたが、この時期が 1番カトマンズで 美味しい野菜に恵まれ、
 新鮮な野菜が手に入る。
 大根、青葱、ほうれん草、山芋も新鮮で美味しく、その上安いから嬉しくなってしまう。
 ネパール独特の野菜も多く見られるが、料理方法が良くわからないので 
 敬遠してしまう。
 目下 私がよく食べるものといえば、ほうれん草、大根、青葱、山芋である。
 鳥インフルエンザの影響で値下がりしている鶏肉を買い、これらの野菜と一緒に
 スープにしても美味しいし、バンコクから運んできたバンコク産の乾しウドンを
 湯がいて、そのスープで食べても食が進む。
 ちょっと贅沢をするつもりなら、鶏すきにしてもいい。
 白滝代わりに春雨を使えば、充分である。
 中くらいの大根2本で17ルピー 約20円、ほうれん草は3束10ルピー、
 日本のほうれん草ほど葉が大きくないので、日本の1束分であるが、
 12円で手に入るのは嬉しい限りだ。

 時々、肉を食べる程度のネパール人にとっては 野菜、ジャガイモ、トマト、
 玉葱などが安いからどうにか食いつないでいくことが出来る。
 そんな野菜が 市場一杯に並んでいるのを見るだけでも楽しい。

 カトマンズ盆地産だけでなく、インドや南ネパールから入ってくる野菜も多いが、
 カトマンズ盆地産が 新鮮で見た目にもおいしそうに見える。
 苦瓜など日本の沖縄周辺で採れる野菜も並んでいる。

 停電の多いカトマンズの今だが、気温が上がらないので 野菜の傷みも遅い。
 その日に食べるものを買うというのが基本の生活だから、保存の利く大蒜、ジャガイモ、
 玉葱などは別にして、青物はその日に使い切ってしまう。

 庶民の食を支える野菜であるから、利益は高が知れているのだろうが、
 ぼることのない誠実な商いの姿がここにはある。
 だから、私はこの市場に来るのが好きなのである。

 今は 公立学校は2週間の冬休み、野菜売りの子供たちが市場の所々に群がっている。
 親の商いを眺めながら、学ぶことも多いだろう。
 親の苦労を間近に見ていれば、親の大変さもわかるだろう。
 こんな親子の生活からは 親殺し、子殺しなど起きはしないだろう。
 人間の生活の基本がこの市場にもある。
 手触りの確実な生活の形が感じ取れるのだ。


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カトマンズ バグマティ川の辺にて | 22:56:57 | Trackback(0) | Comments(0)
カトマンズ 長い夜だった
 今日の夕方からの停電は午後4時から深夜の12時までだった。
 夕方の6時過ぎから寝て 深夜12時過ぎに起きればよいと思って、寝ることにしたが
 これが間違いで、午後8時過ぎに目が覚め、電気が来るまでの残り4時間を蝋燭の
 明かりで過ごすことになってしまった。
 非常用電灯も 充電の具合が悪く、30分もしたらようを為さなくなってしまった。
 蝋燭の明かりでは 本を読むことも出来ず、布団に潜り込んで、暗闇を見つめるばかりだった。
 時々起き出しては 蝋燭をつけ、暗い明かりの中で簡単な仕事をするが、
 時間は遅々として進むだけである。
 近所の家々では、普段はあまり聞こえない会話が聞こえている。
 いつもであれば、テレビに眼を向け、会話を交わすことのない家族や隣の部屋の人間と
 会話を交わすことで することもない停電の中の時間を過ごしているのである。
 こんな時 一人住まいは困る。
 夕食は早めに済ませてしまったし、暗闇の中ではすることがないのである。

 停電が1日14時間ということであれば、電気が来るのは1日10時間ということに
 なるが、普段なら寝ている時間に電気が来ていて、用を成さないことが多いのである。
 表にしたら、下の通りである。
 停電時間を表にするより、通電時間を表にするほうが 実態がよくわかる。

  日曜日 00:00-04:00 12:00-04:00  通電時間 計 8時間(-4時間)
  月曜日 00:00-04:00 12:00-04:00           8時間(-4時間)
  火曜日 00:00-08:00 12:00-20:00          16時間(-4時間)
  水曜日 04:00-08:00 16:00-20:00           8時間(-2時間)
  木曜日 04:00-08:00 16:00-24:00          12時間(-2時間)
  金曜日 08:00-12:00 20:00-24:00           8時間
  土曜日 04:00-12:00 20:00-24:00          12時間(-2時間)
 
 *** -時間は寝ている時間帯に来る電気の時間  ***

 深夜12時から朝の4時までなど大半の人は寝ていて電気を使わない時間帯だし、
 朝4時から6時までもまだ人が寝ている時間帯である。
 それらを差し引くと、実質電気が使えるのは 週50時間がいいところである。
 通電時間72時間というのは 全く数字だけのことで 実質を伴わない。
 来週あたりから 停電時間が1日12時間になるというが、これも実質を伴わない
 数字で誤魔化すつもりなのだろうか。

 こんな状態の中で 電気料金の値上げを考えているという話である。
 電気料金は 日本と韓国を除いたアジアの国々の中では 1番高い。
 ネパールより物価の高いタイと比べても 1.5倍の料金だ。
 損失は政府のメンテナンスの悪さから来ているのであって、国民の責任ではない。
 政府の無能さの付けを 国民に押し付けるのはやめてほしいものである。


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徒然なるままに | 08:47:09 | Trackback(0) | Comments(0)
カトマンズ 春の陽射しの中で スラムの子供たち
カトマンズ 春の陽射しの中で スラムの子供たち 1

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カトマンズ 春の陽射しの中で スラムの子供たち 6

カトマンズ 春の陽射しの中で スラムの子供たち 7

カトマンズ 春の陽射しの中で スラムの子供たち 8

 小春日和の陽光の中で スラムに住む子供たちが バラック建ての家の前で
 季節の恵みを受けている。
 ダール(豆汁)にご飯という質素な朝ごはんを 陽の光の中で食べている子供もいれば、
 朝ごはんを終え、遊び戯れている子供もいる。

 寒い冷え込みのある冬から春へと季節は移り、子供たちの表情も明るい。
 今は近くの公立学校は 冬休みだ。
 電気の通っていないこのスラムでは 政府の計画停電も何一つ影響は与えていない。
 日が落ちれば、夕ご飯を食べ、眠りにつき、陽が昇れば、起きて 新しい1日を
 迎えるだけである。

 電気や高価なおもちゃはないが、子供たちにとっては、何でも遊びの素材になる。
 与えられるものから学ぶのではなく、自ら探し回って、遊びを見つけ出していくので
 ある。
 それは、5,60年前の日本の子供の姿と重なる。
 貧しい家の子供たちが 群れ集い、互いに支えあって成長していくのである。
 こうした子供たちの世界には 民族、カーストの隔てはない。
 大人たちが その隔てを教え込んでいくのだ。

 びんのふたを集め、石で平らにして 遊び道具を作る子供たち、紙切れを組み合わせ、
 ゴムで飛ばすロケットを作る子供たち、竹を組んだバラックのビニール張りの屋根に
 上って、楽しげに何かを眺めている子供と その姿も様々だ。
 怪我でもしなければ、大人も余計な干渉はしない。

 子供たちもその生を精一杯生きている。
 親がいて、兄弟がいて、遊び仲間がいれば、バラックの家だって、憩いの住家なのだ。
 カトマンズの金持ちの子供たちより 余程、自由と仲間との生き生きとした係わりを
 楽しんでいる。
 お金も土地もなければ、財産は家族と仲間、そして たくましく生き抜くための体力と
 知恵だけが 勝負の世界だ。
 このスラムの子供たちは 確実にその力を 身につけようとしている。


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カトマンズ バグマティ川の辺にて | 06:46:38 | Trackback(0) | Comments(0)
カトマンズ 変わり行く川辺のスラム
カトマンズ 変わり行く川辺のスラム 1

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カトマンズ 変わり行く川辺のスラム 5

カトマンズ 変わり行く川辺のスラム 6

カトマンズ 変わり行く川辺のスラム 7

 昨夜は 朝の4時過ぎに寝たせいか、朝の9時に目が覚める。
 朝起きるが 電気は来ていない。
 正午までは停電時間である。
 電気が来るまで肌寒い部屋の中にいても仕方がないので、外へ出かける。
 いつもの雑貨屋のバウン族の叔父さんところで 来週の日曜日から 計画停電時間が
 12時間に短縮されるという話を聞く。
 ヒマラヤの雪解けが始まり、ダムの水位も少しは上がっているのだろう。

 正午まですることもないので カトマンズとパタンを結ぶ橋の向こうに広がるスラムに
 行ってみることにした。
 1年前には僅かだったバラックもどんどん増え、空き地もほとんどなくなってしまった。
 住についたスラムの住民も固定し、集落としての落ち着きを整え始めている。

 生活用水のための井戸も掘られ、洗濯、水浴びには困らなくなっている。
 飲み水だけは スラムの外の政府の供給する水場から運んでくるようだ。
 晴れた天気の中で スラムの人々は洗濯に勤しんでいる。

 ビニール張りのバラックだった住居も いくつかは だんだんとレンガ造り、
 セメントのブロック造りへと変わってきている。
 政府の追い出しはないことを見越してであるが、今後どうなるかはわからない。
 土地のない人間が バグマティ川の氾濫の可能性のある河川敷に住むことで、
 僅かばかりの土地を手に入れようとする知恵だ。
 お金のあるものは ビニール張りのバラックから レンガ、セメントブロックを使って、
 家の体裁を整え始めている。

 スラムの中にも雑貨品を売る店も出来、小さな食堂さえ出来始めている。
 小さな学校も出来、人の住む集落らしくなってきている。
 国の事業はいつまで経っても進展していかないけれど 庶民たちのエネルギーは
 すぐさま変化、進展へと結びついている。
 生き抜くために為すべきことは 即急に実践していかなくてはならないのである。
 こうした庶民のエネルギーは 時には自分勝手なものになってしまうが、
 それでも どんどん集落の形を変えていく姿は 気持ちのいいものだ。
 生き抜くための住民の協力体勢が 自然に出来上がり、カースト、民族を超えて
 息づいている。

 ブログに書いた1年前の姿と見比べれば、どれだけの変化があったかわかるだろう。
 期待できない政府、そんなものには頼ることなく、自助自存の精神がそこにはある。
 大したものである。
 彼らはどこでも生きていけるだけのたくましい生活力がある。

 スラムに住む大半の人たちは 山間部の村から 仕事を求めてカトマンズに
 やって来た人たちだ。
 タマン族、マガール族、ライ・リンブー族、そしてカーストの低いダマイ(縫製カースト)、
 カサイ(堵殺カースト)と バウン族・チェットリ族の支配構造の中で 陽の目を
 見なかった人たちだ。
 スラムの民族構成にもはっきりとそうした姿が現れているのである。

 マオイスト主導の政府が出来ても、政治家たちはやはりバウン族、チェットリ族で
 彼らの生活には目を向けようとはしない。
 マオイストを信じて戦ってきたけれど、いつもいい思いをするのは 政治のリーダーたちの
 バウン族、チェットリ族である。
 この構造は マオイスト主導の政府が出来ても同じことである。
 彼らは 貧しい人たちを利用しただけだ。
 今では マオイストの長であるプラチャンダ首相は、24時間、水も電気もやってくる
 首相官邸に住み、7,8百万円もする自家用車を使い、飽食に明け暮れ、体重を増やしている。
 貧しい人たちの期待を裏切るばかりである。



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カトマンズ バグマティ川の辺にて | 17:18:37 | Trackback(0) | Comments(0)
カトマンズ カトマンズ生活に慣れるために
カトマンズ カトマンズ生活に慣れるために 2

カトマンズ カトマンズ生活に慣れるために 3

カトマンズ カトマンズ生活に慣れるために 1

 午後4時から始まった停電、真夜中の0時にやっと電気が来て、起きだして
 この記事を書き始めている。
 暗くなるのが夕方6時過ぎ、この時間から夜中の0時までの停電は応える。
 食事の準備を済ませ、午後7時過ぎから一寝入り、11時に起きだした。

 カトマンズに到着して 生活に慣れていくために精一杯で なかなか他のことに
 目を向けることが出来ないでいる。
 今日は朝の4時から正午まで停電、正午から午後4時まで電気が来て、午後4時から
 深夜の12時まで停電 深夜0時から朝の4時まで電気が来るというおかしな生活。

 昨夜は 非常用の電灯が壊れてしまった。
 散策から帰り、吊橋の近くは午前中、電気が来ている。
 私の住んでいるところは 正午まで電気が来ず、修理は出来ないので 
 非常用電灯を持って、電気の来ている地域の修理店に行く。
 本来はテレビ、CD、DVD機器の修理屋さんだが、非常用電灯も修理してくれる。
 今日は 午後4時から深夜12時までの停電である。
 これがないと、暗闇の中で蝋燭を立てて過ごすことになる。
 部品の交換であるが、この部品は 壊れたテレビやDVD機器の部品の中から探している。
 修理する時間より、部品を探す時間の方が長くかかる。
 やっと見合う部品が見つかり、その箇所を交換、古い部品 どのくらい持つのだろう。
 修理費は 50ルピー 約60円。

 修理した非常電灯を抱えて家に向かっていると、
 ネパール蜜柑のスンタラを売る荷車がやって来た。
 値段を訊くと 1キロ32ルピーだと言う。
 大通りに近い店だと50ルピー、 蜜柑好きの私は安さにつられて2キロほど買って
 しまう。しかし、ネパールの蜜柑のスンタラ、皮ばかりが厚くて、中味は少ないのが
 難である。
 タイの蜜柑 ソム・サイ・ナムプンであれば、皮が薄く 中味がたっぷりで得した
 気持ちになる。
 値段は大体同じである。
 少し、歩いていると、葡萄を摘んだ自転車の果物売りがやってくる。
 1キロ125ルピーだという。これも大通りの果物屋なら、150ルピー 
 インドからやってきている黒い葡萄だ。これも味見に買ってみる。
 今は円高、ネパールルピー安 果物には贅沢をしている。

 12時少し前に家に到着、大家の頼りない息子に 12時に電気が来るから、
 水を汲み上げるように言い置く。
 いつ電気が来るのか 大家の家族は関心がないのだ。
 電気、水の見張り番は 私の役目である。
 昼の12時に電気が来たから、ブログ記事の更新、コメントの返事に追われる。
 夕方の4時までに電気がある間出来ることを大急ぎで済ませる。

 4時になり、停電になると、床屋へ行く。4ヶ月間、頭を刈っていない。
 この頃は、近所の床屋に店を買えた。
 一度、試しに刈ってみたら、意外と上手だった。
 丁寧に刈ってくれたので、髭剃り代に チップを加えて、100ルピーを払う。
 地元の人間なら、高くても60ルピーぐらいだろう。
 髪の毛が短くなって、気持ちもすっきりした。
 水不足、埃だらけのカトマンズでは 短い髪の方が生活し易い。

 夕食用の材料、大根、鶏肉、青葱を買って家に帰る。
 部屋で頭を洗い、夕食の準備、停電の間の暗い6時間、夕食の準備が終わったら、
 一寝入りだ。


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徒然なるままに | 05:31:36 | Trackback(0) | Comments(0)
カトマンズ バグマティ川沿いの散策
カトマンズ バグマティ川沿いの散策 1

カトマンズ バグマティ川沿いの散策 2

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カトマンズ バグマティ川沿いの散策 5

カトマンズ バグマティ川沿いの散策 6


 今日は 朝6時半に目が覚めてしまった。
 昨夜寝たのは午前2時、こんなに早く起きる必要もないのに眼が覚める。
 停電は 午前4時から正午まで、電気がやってこないのだから、もっとのんびり寝て
 いればいいのであるが、朝日も射し始めている。
 今年の冬はカトマンズ特有の朝靄がない。
 いつもの年なら、午前11時近くまで靄がかかって、陽が射さないから、朝は寒い。

 目覚めの紅茶を飲んで、気分をしゃっきりさせたところで、朝の散歩に出かける。
 近くのバグマティ川に沿って歩いてみる。
 バグマティ川の河川敷まで行ってみると、広場のすぐそばの水場では洗濯が始まって
 いる。
 3ヶ月前は 湧き水を利用した井戸が1つだけだったのに、いつの間にか井戸が
 4つに増えている。
 近隣の自治体でお金を出して、井戸を増やしたようだ。
 電気がなければ、水道水を家に引き込むことは出来ない。
 近くの住民たちは、こぞってこの場所にやって来て、洗濯をし、生活用水を家へと
 運んでいく。
 政府に頼っていたら、自滅するだけである。

 この水場から バグマティ川に架かる吊橋を渡って、いつも行く川辺のシバ寺院に行く。
 寺院の前の石畳の広場には いつも顔を合わせる子供たちがいる。
 ネワール族のナガルコティというカーストの子供、ビックラムがいる。
 ネパールの庶民の幼い男の子たちは、冬になると皆こんな姿である。
 顔も首筋も垢ですっかり黒くなっている。
 親も別に気にしないのである。
 冬場になると、水浴びもしないらしく、すっかり垢まみれになっている。
 冷たい水を嫌がってである。
 タマン族の女の子たちも日向ぼっこをしている。部屋の中は寒く、外にいるほうが
 余程快いからだ。
 子供たちは皆、寺院の中の貸し部屋に家族とともに住んでいる貧しい家の子供たちで
 ある。
 どうも学校は冬休みのようだ。
 公立学校は休日ばかりのようである。
 休み、停電と勉強をする時間などありはしない。

 少し先に歩くと 一人の老婆が素焼きの器の中に炭を入れて燃やし、暖をとっている。
 陽が射して それほど寒くはないのだが、老婆にとってはまだ肌寒く感じるのだろう。
 老婆は 老婆の後ろにあるクリシュナ寺院を管理している家族の1員である。

 その先へと歩き進んでいくと、1本の花を咲かせた樹木がある。
 どんな花が咲いているのかと、目を凝らしてみると、日本のモモの花に似ている。
 近くにネパール人に聞くと アルー・コ・フール 桃の花だと教えてくれる。
 ネパールでも季節になると 小粒の桃が売られている。
 その花である。
 日本では桃の節句といえば、ひな祭りの3月だが、このカトマンズでは1月の下旬が
 満開のようだ。
 今年は早い春の訪れでいつもより 開花が早いのかもしれない。
 梅、桃、桜の花を見ると、日本の季節が思い浮かぶ。
 満開の桃の花、日本ではもう20年以上も見ていない。
 それでも懐かしい気持ちになるのは、この花に対する日本人の想いが 
 私の血の中に受け継がれているからだろう。
 そんな想いを抱きかかえるように家路へと向かった。


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カトマンズ バグマティ川の辺にて | 18:18:01 | Trackback(0) | Comments(2)
カトマンズ カトマンズ 二日目 タメルへ
カトマンズ カトマンズ 二日目 タメルへ 1

カトマンズ カトマンズ 二日目 タメルへ 2

カトマンズ カトマンズ 二日目 タメルへ 3

カトマンズ カトマンズ 二日目 タメルへ 4

カトマンズ カトマンズ 二日目 タメルへ 5

カトマンズ カトマンズ 二日目 タメルへ 6

 今朝は 朝の4時に目が覚めてしまった。
 部屋の電気のスイッチをつけてまま、寝てしまったら 4時の通電の際、
 電灯がつき、その明かりで目を覚ましてしまったのである。
 目が覚めたついでに、起きだし、コンピューターに向かう。
 今日は午前4時から正午の12時まで電気が来る。
 夜は午後8時から真夜中の12時までと計12時間電気が来る。
 なんとなく余裕を感じる1日である。

 昼近くなって、近所を散歩する。
 近くの畑では 農婦たちが狭い畑で農作業を勤しんでいる。
 今のカトマンズは 日本の春の陽気であるが、草花の開花は少ない。
 日陰に入れば、まだまだ肌寒さも感じられるが 日なたにいれば心地よい。

 散歩のついでに 卵を買う。 
 南ネパールの鳥インフルエンザの影響で卵は6ルピーから5ルピーと1ルピーの
 値下がり、鶏肉は1キロ200ルピーから130ルピーへと値下がりしている。
 電気が来ていないので買いだめはきかない。

 停電時間に入ったところで、今日は銀行の両替に行く。
 私設両替屋は 1万円を両替すると 8510ルピー、ヒマラヤバンクは 
 8610ルピーと100ルピーの差がある。当然両替はヒマラヤバンクである。
 3ヶ月前に比べると 1万円で2000ルピー近い円高だ。
 収入の少ない私にとってはありがたい。

 両者の溜り場 タメル地区に行ってみるが 旅行者の姿は少ない。
 知り合いの旅行者相手の商いをしているネパール人に聞いても
 商売はさっぱりのようだ。
 期待はずれのマオイストの政府に 皆がっかりしている。
 彼らの不満を後にして アッサム広場方面へと向かう。
 ほうれん草と豆腐を買う。野菜の安いネパールでは 安心して野菜が買える。
 今日は湯豆腐でも食べよう。

 行きは徒歩でやってきたから、帰りはトヨタハイエースを改造したミニバスで
 帰ることにする。
 ミニバス乗り場に行くと、3ヶ月前は露店で賑わっていたラットナパーク前はすっかり
 静かになっている。路上での販売は禁止になったようだ。
 ラットナパークの中に入ってみると、以前に比べると人の姿も少ない。
 その隣の集会広場には露天商が集まって商売をしている。
 路上での商いの禁止の代わりにこの場所が提供されたようだ。
 10年以上前は この場所はたくさんの露天が集まり、商いをしていたが
 禁止され、別の場所への移動を余儀なくされたが、どうも又復活する様相である。
 ここで会ったネパール人と話をしていると、西ネパールでは計画停電はほとんどなく、
 あっても日に4時間程度の停電であるという話である。
 電気の問題は ポカラ、カトマンズ以東に集中しているようである。
 南ネパールのタライ地方の東部のインドからの電気の送電設備が 去年の洪水で流され、
 インド側に修理を要請しているうちに 後手に回り、修理が大幅に遅れた結果らしい。
 中国政府に色目を使うマオイスト主導のネパール政府に対するインド側の嫌がらせの面も
 あるらしい。
 外交べたのマオイストの姿がそこにあらわれている。
 2月の中旬過ぎまでは電気事情の好転はないようだ。


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徒然なるままに | 01:26:30 | Trackback(0) | Comments(2)
カトマンズ カトマンズ 初日
 借りている部屋に荷物を下げてやってくると、大家の飼い犬 リオが喜び勇んで
 迎えてくれる。
 大家の息子も階下に降りてくる。
 水の様子を訊くと、地下水のパイプは修理したらしいが、以前の壊れて短くなっている
 鉄パイプをそのまま使っているから、モーターを使って水を汲み上げても、充分では
 ないらしい。
 屋上のタンクに 水を上げるのを忘れたらしく、水は部屋にはやって来ないと言う。

 埃だらけの部屋に荷物を入れる。
 電気も水もない。電気が来るのが午後8時、今は午後1時半だから、6時間半は電気も
 水もなしである。

 家にいても仕方がないので、カトマンズに出かけることにする。
 銀行の両替とインターネットの契約のためだ。

 通りに出て、いつも買い物をするバウン族の叔父さんのところに行き、
 カトマンズの情報を仕入れる。
 今日は ロサーラの祭りだという。
 ロサーラというのは チベット仏教を信仰するタマン族、シェルパ族、チベット人の
 正月である。中国正月と同じ時期にあるのは不思議である。
 この正月のために今日はネパールの祝日で、銀行や官庁は休みである。
 総勢200万人の民族のために国全体が休日になるというのもおかしな話である。
 商店やプライベートなオフィスは休みではない。
 銀行、官公庁、学校だけが休みである。

 まあとにかく カトマンズのニューロードまでミニバスに乗っていく。
 料金は12ルピー 約15円である。
 ニューロードにあるインターネットのプロバイザーと1ヶ月のインターネットの契約、
 ダイヤルアップ使い放題で税込み1ヶ月1130ルピーである。
 両替レートのよいヒマラヤンバンクに行ってはみたが、やはり休みだった。

 ツリケルの広場では 大勢のチベット仏教を信仰する民族が集まって、大々的に
 催しをやっている。
 遠めに眺めるだけで中には入っていく気にはなれなかった。

 インドラチョークの小さな寺院の上で ネパールショールを売っている昔からの
 知り合いのところに顔を出す。
 計画停電について少し話してみるが、1日14時間の停電は大変だというがさほど
 深刻な様子はない。
 彼の商いは陽のある日中の仕事であるから、商いには影響はない。
 かつかつの生活をしている人々にとっては、その日食べることが重要なことで
 そのことが影響を受けなければ、電気が来なくても 不便ではあるが
 重要なことではないようだ。

 インドラチョークから 肉・魚市場のあるキチャポカリに行き、日本米を5キロ買う。
 やはり、値上がりをしている。
 3ヶ月前は 1キロ75ルピーだったのが 85ルピーになっている。

 5キロの米を下げて 帰りは歩きである。
 タパタリの交差点にあるローカルなネパール料理店で モモを食べる。
 10個いり一皿 25ルピー いつもながらの味である。
 ネパールの味になれ、人ごみに慣れ、臭いバグマティ川に慣れ、
 1つずつ 適応していくより仕方がない。

 部屋に着いたのは午後5時半、電気と水が来るまでには2時間半、明るいうちに
 しなければならないことを済ませ、ベッドメイキングをして 一眠り。

 日中は Tシャツ1枚でも暑い 30度近い暑さであるが、
 陽が落ちると 気温はどんどんさがり、15度以下に下がる。
 これに身体が慣れるのが大変だ。

 午後8時電気が来る。深夜12時には又停電である。
 水を貯め、お茶を沸かし、ブログの更新をしているうちに瞬く間に4時間が経って
 しまう。
 明日は午前4時から電気が来る。


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徒然なるままに | 09:49:28 | Trackback(0) | Comments(2)
バンコク バンコクからカトマンズへ
バンコク バンコクからカトマンズへ 1

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徒然なるままに | 01:29:47 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 明日はカトマンズへ
 バンコクが暑くなったところで 明日は ネパール・カトマンズへの移動である。
 今回のタイ航空のカトマンズ往復チケットは 一ヶ月以内のフィックスであれば、
 3万円以下だったので、何か得をした気持ちになる。サーチャージ込みの値段である。
 ネパール航空を利用すれば、遅れ、ひどい場合はキャンセルといった事態になるので
 3,4日 余裕を持って 飛ぶ日程を決めなくてはならないが、タイ航空なら、安心で
 ある。
 カトマンズからバンコクへのフライトもやきもきしないで済む。

 ネパールの計画停電も16時間から14時間に短縮されたという話だが、日の半分以上
 電気が来ないことには変わりない。
 首相、副首相官邸とその付近の地区は 24時間 電気が供給されている。
 金持ち、高級官僚、国会議員たちは 大型の充電式バッテリーか発電機を置いてあるから、
 一般庶民に比べれば、なんだかんだといっても 停電による負担は少ない。
 電気という公共サービスまで 格差が及んでいる。
 何が 貧しい者のためのマオイストだと疑いの目を向けたくなる。

 計画停電の中の昼間の停電はともかく、電気が来るのが 深夜12時から朝4時までの
 4時間が週2回、早朝4時から8時まで4時間 週2回 電気を使いたければ、
 真夜中に起きだせということになる。
 この時間の振り分けを見ても 国民不在の政治であることがわかる。

 こんなネパールであるが 停電対策に何をバンコクから持っていけばいいのか考えて
 いる。
 こんな停電の中では 保温式炊飯器は役に立ちそうもない。
 プロパンガス中心の生活になりそうである。
 どうも麺類をバンコクから運ぶ必要があるようだ。
 寒さ対策に寝袋も持っていくことにしよう。
 いつもは 暖かくなるのを待ってカトマンズに行くのだが、今回は早めのカトマンズ
 滞在である。
 話に聞けば、今のカトマンズは 例年以上に暖かいということだから、それは救いで
 ある。

 バンコクの部屋の片付け、洗濯もしておかなくてはならない。
 今日1日は 買い物、洗濯、部屋の片付け、荷物の準備で終わってしまいそうだ。
 カトマンズでは どれだけブログの更新が出来るのかわからないが どうにか
 頑張るつもりだ。
 カトマンズの姿を 正確に伝えられたらと思う。


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徒然なるままに | 18:11:01 | Trackback(0) | Comments(2)
バンコク 暑い1日だった
 一時に暑い夏がやってきたような1日だった。
 タイの寒波の後は 熱波である。
 鍋物が美味しく感じられた気候から 冷やし中華が食べたくなる気候の変化だ。
 暑さに慣れているつもりでも 急激な変化には身体がついていかない。

 朝からコンピューターの前に座り、アジアの布のカタログ作りに係わっているが、
 昼間の2時を過ぎると、開けっ放しのベランダのドアから、陽が差し込んでくる。
 私の部屋は タイの冬になるとこんな状態で、ドアを閉め切ることになる。
 今日のように暑い日だと 扇風機をかけていても部屋は蒸し風呂に近くなる。
 それでも何とか ブータンの布 170枚近くのカタログをアップロードできた。
 計画停電が14時間になったといっても ネパールではこんな仕事は出来ない。

 2時過ぎに 昼飯を食べに外に出るが、いつも食べるラーメンの屋台は売り切れで
 店じまいをしている。
 仕方がないので 散歩がてらに 屋台を探しながら歩くが、10分ほど歩いている
 うちに 大型スーパーのロータスまでやってきてしまった。
 この前、朝市をやっていた広場でも 屋台は終わりに近づいていたが、鶏肉専門の
 麺の店がやっており、試しに食べてみることにする。
 椅子に座り込んで出来上がるのを待っていると、隣で麺を食べている人のところへ
 風にあおられて 日除けのパラソルが 倒れ掛かってくる。
 今日のように風が強いと 屋台で食べるのもちょっとしたスリルである。

 風邪の具合とパラソルに眼を向けながら、鶏肉入りの麺を食べる。
 麺は意外と美味である。
 食べ終わり、帰りかけると すぐそばの露店で果物を売っている。
 中国産のひら柿が 5個一山で売っている。
 値段を訊くと 一山20バーツ(約50円)、味のほうが心配だったが、
 帰って 試食してみると 意外と美味しい。1個10円、得をした気持ちになる。

 部屋で再び、カタログ作り、夕方の6時までは ベランダのドアは閉めっぱなし、
 日が翳ったところで、ドアを開けるが、今日は外も一向に涼しくなっていない。
 午後8時近くに再び 外へ出かけるが、暑い空気が 皮膚にまとわりついてくる。
 これぞ、バンコクの夏の空気だ。
 こんな気候が バンコクを離れる27日まで続けば、
 カトマンズ入りは さぞかし寒く感じるだろう。
 寒くて暗くて長い夜が カトマンズで待っているのだ。
 便利なバンコク、不便なカトマンズ、暑いバンコク、寒いカトマンズ、
 水のあるバンコク、水のないカトマンズ すべてが対照的である。
 カトマンズの道路のいたるところに 山のようになっているゴミは 
 どうにかなったのだろうか。
 話に聞けば 悪臭漂うカトマンズらしい。
 再びゴミの捨て場所がなくなったらしい。
 どんな生活が待っているのか、心配になってきた。

 もうバンコク時間の午前0時が近づいてきた。
 空気は 暑いママにとどまり 少しも涼しくならない。
 今日は寝苦しい夜になりそうだ。


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徒然なるままに | 12:03:29 | Trackback(0) | Comments(0)
アジアの街角 1枚の写真から‐57 日陰がほしい
アジアの街角 1枚の写真から‐57 日陰がほしい

 1週間前の肌寒さが まるで嘘のような暑いバンコクになってしまった。
 日増しに気温は上がっていくばかりで、日中に戸外を歩くのも億劫になる。
 しかし、これが1月の本来の気候である。

 MBKセンターの前に 現代美術館が完成してから、半年ばかりになる。
 もともと公園のあった場所に建てられたものだ。
 いろいろ反対運動もあったようだが、結局建てられてしまった。

 タイルを敷いた美術館前の広場には 今 二つの鉄製の彫刻物が置かれている。
 この暑さの中で ますます暑さを感じさせる鉄製の彫刻である。
 道行く人は 関心を示すことなく、通り過ぎてゆく。

 その彫刻物のちょうど後ろに 以前の公園の名残のように 枝をしっかり広げて
 日陰を作っている1本の樹が立っている。
 その下には オートバイで客を運ぶ運転手が 座り込んで客待ちをしている。
 彫刻物の中では 鉄で造られた人間が 外へ出ようともがいている。

 この二つの光景を眺めながら、一体どちらが人間的なものなのか、文化的なものなのか、
 人間の知恵の産物なのかを考えてしまう。

 人に潤いを与えるという意味ではどちらが勝っているのだろうか。
 自然というものは 長い年月に渡って 人間に 潤い、食料と多くのものを与え続けて
 来た。
 公園をつぶし、樹木を伐採し、近代的な美術館が出来た。
 美術館の横で 細々と生きながらえ、それでもなおかつ 人間に恵みを与えようとする
 あの1本の樹木ほどの価値を 恵みを この美術館は人々に与えているのだろうか。
 民衆のもとめているものと 政府、国家の与えようとするものは いつでもすれ違ってしまう。

 政府というものがお金をかけて 何か施設を作ると 大半はこんなものになり、
 国民にとっては無用の長物になってしまうことが多い。

 戦後 多くの近代ビルディングが建てられたが、百年、2百年後 
 その姿を残していくものがどれだけあるのだろう。
 民衆に愛されない建造物は いつか古くなれば 壊されるだけである。
 人間的なにおいのしない建物は 人に愛されるはずもないし、
 人々に潤いを与えることもない。

 このバンコクの街も いたるところで 建築ラッシュである。
 この勢いの中で 街と自然を共生させようという視点はない。
 樹木より派手なイルミネーションの方が 人を集めやすいからだろうが、
 そんな中で人々の心は 潤いのない殺伐としたものになっていくのだろう。
 近代への誤った憧れは 人々をますます孤独な世界へと追いやっていくことになる。
 工業生産のものに囲まれた生活、消費を謡う社会は 人々を どんどん自然から
 遠ざけていくだろう。
 その先には 一体何が待っているのだろう。


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アジアの街角 1枚の写真から | 16:05:03 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 頭の中を流れる歌
 風邪を引き込んで、寝たり起きたりしている時間を持つと、心はいつの間にか
 過去へと向かうことが多くなる。
 独りで生活していると どうしても時間は 過去へと遡行して行くようだ。

 そんなときにいつも頭の中を流れている一つの歌がある。
 私が日本で生活していた頃、アルバムを買い、よく聴いていた曲であり、ネパールの
 カトマンズでもカセットテープにコピーをして何度も聴いていた。』

 金子由香利の唄う 『 時は過ぎていく(IL EST TROP TARD)  』である。
 フランスのシャンソン歌手 Georges Mousutaki 作詞・作曲 古賀力 訳詩の
 この歌詞は 次のようなものである。


     時は過ぎていく(IL EST TROP TARD)

  眠ってる間に 夢見てる間に
  時は流れ 過ぎてゆく
  子供の頃は もう夢の中
  時は時は 今も過ぎてゆく
  あなたの愛に 溺れている間に
  時は はかなく 過ぎてゆく

  お前は可愛い あの言葉も
  あなたさえも 今は遠い夢

  眠ってる間に 唄ってる間に
  自由な時は 行ってしまった
  戦いの中 傷つきながら
  時は時は 今も過ぎてゆく

  それでも私は 歌に生きる
  それでも私は 歌に生きる
  私は唄う あなたの為に
  時は時は あまりに短い

  唄ってる間に 夢見てる間に
  唄ってる間に 時は過ぎてゆく…。


 若い頃は シャンソンが大人の歌のように思えてよく聴いたものだ。
 このムスタキをはじめ、ベコー、アズナブール、ピアフなど多くのレコードを買ったものである。
 日本のションソン歌手では 金子由香利をよく聴いた。
 歌詞とメロディがマッチしていて追憶に浸るには とても良いテンポだし、歌詞の部分は
 自分なりに別の言葉を置き換えれば いいのである。
 歌手にとっては 歌が命であるから、『唄ってる間』であるが、
 私であれば、『旅してる間』にと置き換えればいいのである。
 旅の中でどこか荒れてくる心に眼を向け、もう一度心に潤いを与えていくためには
 音楽が必要である。
 私にとっては それが シャンソンであったり、バッハ、ヘンデル、モーツアルト、
 バロックなどのクラシックであったりする。
 そんな音楽が いつも私の手元には置いてある。


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徒然なるままに | 23:53:52 | Trackback(0) | Comments(2)
バンコク やっと風邪から回復
 熱と腹の膨張感という症状の風邪で、咳も出なければ、鼻水も出ないという風邪だった。
 朝方、紅茶を飲んでいると 汗をかき始め、熱も引いていった。
 やっと36度台の平熱に戻った。
 薬屋で買った4粒入り6バーツのパック 3パックを飲み終えたところで風邪の症状も
 収まった。
 タイの薬屋の見立ても大したものである。
 大半のタイの庶民の風邪の治療法は 余程のことがなければ、風邪薬を買って済ませる。
 値段も大半が上記の値段で、テレビでも様々の薬メーカーが宣伝している。
 鳥インフルエンザやテング熱などは怖いが、これにぶつかるのはよくよくのことである。
 病院や診療所に行けば、かなりの治療費を取られるが、こうした安価で効き目のある
 風邪薬があるのは嬉しいことである。
 ネパールでもインドでもタイでも 病気にかかると地元の薬を飲むのが 効き目が
 いいようである。
 ここ25年間、大半の病気は その土地の薬で間に合わせている。
 風土病のようなものは、その土地でないと手に入らない薬もある。
 
 今日のバンコクは 久々ぶりの熱い太陽が顔を出している。
 これが本来のバンコクの今の時期の天候で、去年の年末にバンコクに到着して以来、
 暑いと感じたことのなかったバンコクだが、今日はさすがに暑さを感じてしまった。
 バンコクへの適応は汗をかくことで始まるのであるが、今回はそれがなかった。
 どうも体温調節機能は うまく働いていなかったようだ。
 今日1日はあまり無理もせず、食事は昨夜の残りのおじや、寝たり起きたりの生活で
 ある。
 コンピューターとベッドの間を往復している生活だ。
 確かに今日のように暑くなると、不快ではあるが、身体にとっては新陳代謝が
 盛んになっていいようだ。
 バンコクらしくない肌寒い気候を楽しんでいると 風邪を引き込んでしまう。
 すっかり、熱帯向きの身体になっているのである。

 あと1週間で ネパールのカトマンズ行きであるが、とんでもない噂を聞いてしまった。
 今ネパールの計画停電は1日16時間であるが、その理由というのが ネパール政府が
 ノルウェー企業との火力発電プラント購入の裏取引を成功させるために 不必要に計画
 停電を 1日16時間に延ばしたというものだ。
 どうもこの裏取引で コミッションを得ようとしていた疑いがある。
 先日のカトマンズ市民による大抗議デモの際、ネパール電気公社のエンジニアが 
 政府の圧力を受けて16時間という必要以上の停電をせざるを得なかったともらした。
 それが露呈したために ダハール(プラチャンダ)首相のノルウェーを含む北欧訪問は
 中止になったと まことしやかに噂されているが、どうも本当のようである。
 そのため、現在の計画停電は1日12時間になったりの不安定な状態にあるらしい。

 そんな中、見え透いたように 官公庁での電気暖房器具、エアーシンディション、
 冷蔵庫の使用の禁止が通達された。
 ここまで間抜けさ加減を示す政府は今までなかった。
 もう少しは 汚職、賄賂はあっても、ここまでの無能ぶりを示す政府はない。
 マオイストの党首 プラチャンダの化けの皮がどんどんはがれてきて、田舎の村の
 大法螺吹きのおっちゃん程度でしかなかったのかと思えてくる。
 顔を見せないうちは、カリスマ性だけで人々は期待していたが、実像が見えてくるに
 従がって、その本性が見えてきたようである。
 田舎の村の住民は騙せても、都市の住民を騙すのは容易ではない。
 今の調子では、次の選挙では マオイストの議員は激減である。


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徒然なるままに | 19:13:22 | Trackback(0) | Comments(4)
バンコク 引き続き風邪でダウン
 昨日よりは 風邪の具合も幾分良くなったが、どうも熱が下がらない。
 とにかく栄養を取らなくてはと思い、近所の屋台の麺屋に行き、センヤイ・ナームを
 注文する。
 味覚もおかしくなっているのか あまり美味しいとは感じない。
 すぐ隣でクイティアオを食べていたタイの若い女性も風邪を引いている様子で、
 風邪を引いたから、熱いスープ入りの麺を食べているといっている。
 
 風邪には蜜柑というぐらいだから、タイのソム・サイ・ナームプンという蜜柑 1キロ20バーツを 
 3キロ ほど買い込む。
 蜜柑好きだから、日頃から蜜柑は切らさず食べていたのだが、今回の風邪に対しては
 効力がなかったようである。

 部屋に帰ってから、薬を飲むと又、眠くなってくる。
 2間寝ては起きだし、1時間ほど仕事をして疲れると又、寝るという1日だった。
 こんな悪性の風邪を引くのは久々ぶりのことである。
 大体は薬を飲んで一晩寝れば、ある程度 回復するのであるが、今回の風邪は 
 そういうわけには行かないらしい。

 夕食には おじやを作ってみた。
 冷蔵庫の中に きくらげ、タイ産のしめじ、白菜、あさつきがあったので、それらを
 入れておじやである。

 風邪でぼっとしている状態は 二日酔いのようでどうも苦手である。
 タイも寒波が過ぎ去り、暑いバンコクが戻ってきた。
 熱と暑さで余計にぼっとしてしまう。
 これでは すっかり夏風邪になってしまう。


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徒然なるままに | 22:13:07 | Trackback(0) | Comments(4)
バンコク 風邪でダウン
 昨日の夜あたりから、体調が優れず、朝起きてみたら、すっかり風邪を引き込み、
 ダウンである。
 体温計で熱を測ると、38度、起きたての38度であるから、昼間にはもっと上がる
 だろう。
 身体の節々が痛く、腹も突っ張った感じで不快である。

 とにかく風邪薬を手に入れるために 外へ出る。
 道を歩いていても、雲の上を歩いているような感じで、足元がおぼつかない。
 薬屋で風であることを伝えると Decolgenという4錠 6バーツの風邪薬を出してくる。
 効くのか効かないのか わからないけれど、それを飲むことにした。
 何も食べないわけには行かないので、薬屋のすぐ近くの麺屋でクイティアオを食べ、
 薬を飲み込んだ。
 2錠も飲むと眠くなり、今日1日は 寝たり起きたりの1日だった。

 ここ1週間ばかりの肌寒いバンコクの気候の中で、寝冷えをしたようだ。
 あと1週間で カトマンズのサバイバル生活が始まるというのに、困った。
 急いで体調を整えなくては。


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徒然なるままに | 21:46:32 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク センセーブ運河の辺にて
バンコク センセーブ運河の辺にて 1

バンコク センセーブ運河の辺にて 2

 この頃は遠出をすることがないから、近くを散策することが多い。
 大抵は 昼飯を食べに出たついでに 腹ごなしに少し歩いている。
 センセーブ運河沿いに歩くと そこには 古い昔カンボジアやアユタヤからやって来た
 チャム族の集落 バーン・クルアがある。
 シャム王国の王都がアユタヤからバンコクへ移ったときに アユタヤに住んでいた
 チャム族もバンコクに移ってきたが、多くのものが先祖の眠るアユタヤに再び帰って
 いったと言われている。
 今から200年前の話である。

 今の場所に住むことが許されたのは ラーマ3世の時代というから、
 この地に住み着いて 150年の歳月が流れたことになる。
 その間にチャム族の人たちの集落は大きく膨れ上がり、2,3千人が住む集落になったが、
 近頃では、東北タイからの出稼ぎの人に家を貸して、
 彼らは別の場所に住むようにもなっている。

 日本の五月のような爽やかな気候の中、センセーブ運河に架かる小さな橋の上に立ち、
 バーン・クルアの集落を眺めてみた。
 午後の集落には活気はなく、人の姿も僅かだ。静寂が集落全体を支配している。
 木造のトタン屋根の家々の連なりと運河の水を眺めていると、
 いつかどこかで見た風景のようにも思われる。
 何十年も前の東京の下町の姿である。
 変わり行くバンコクの中でこのあたりは 変わることもなく 昔ながらの姿を残しているようだ。
 人が幸福にのんびり暮らすこと、それを大切にするなら、何もモダンな家など必要ないのかも
 しれない。
 ローンに追われての人生よりも もっと豊かな生活がそこにはありそうな気がする。

 集落の土地の所有は王室である。
 その土地を借り受け、150年に渡って住み着いているチャム族の人たちである。
 イスラム教徒であるから、豚は食べない。犬は鼻の湿った不浄の動物であるから、
 集落の中では見かけない。
 時折 犬を見かけることはあっても間借りの東北タイの人々の飼っている犬である。

 運河沿いの集落の歩道を歩いていると、ゆったりと人気ない歩道の脇で見繕いを
 している猫を見かける。
 時々、ちょっかいを出して 遊び相手になってもらう。
 ここの猫たちは、見知らぬ人間が近づいても逃げようとはしない。
 当たり前の自分たちの住処として考えているのだろう。
 猫と集落が自然に互いに干渉しあうこともなく、共存しているのである。

 インドやネパールで見かけるイスラム教徒は押しの強い人が多いけれど、
 この集落バーン・クルアに住むイスラム教徒 チャム族の人たちは 
 静かな 静かな人たちだ。
 何か訊かれない限り、彼らのほうから働きかけてはこない。
 不思議な町には不思議な人たちが住んでいる。

 橋の上から眺める集落の風景も時間を超越した不思議な雰囲気の風景だった。


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徒然なるままに | 22:30:03 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 引きこもりの生活
バンコク 引きこもりの生活

 海外に向けての布の英語版カタログのブログを作り始めて、朝から晩まで
 コンピューターとのお付き合いで なかなか外に出る機会がない。
 外に出るのは 昼飯を食べに路上の屋台に出かけ、昼飯を食べ、少し近くを散歩するか、
 夕方過ぎに夕飯の買い物に出かけるくらいのものだ。

 あと10日もすれば、ネパールのカトマンズに行くことになっているが、
 停電が1日16時間、インターネットもダイヤルアップの56Kでは 布カタログの
 画像をアップロードするのもままならない。
 バンコクでは一番安い256KのADSLを使っているから、どうにかいつでも画像の
 アップロードが出来る。
 そんなことから、布カタログとして出来るところまでやっておくという勢いで
 コンピューターの前に座り込んでいる。

 ネパールの様々のニュース記事を読んでいても 電気事情が改善する兆しはないようだ。
 マオイスト主導の政府が頼みの綱にしている中国もネパールの電気事情にはとんと関心が
 ないようだ。
 インド無視のいまのネパール政府の外交政策につむじを曲げたインドは 我関せずの
 ようだ。
 電気不足から電気を必要とする工場や作業場が閉鎖され、7万人の失業者が出る可能性 
 があるといわれている。
 食うに困れば、空き巣、強盗、追いはぎなどの犯罪が増えていくのは必須のことだ。
 電気のない暗闇の中の犯罪は容易である。
 今カトマンズの部屋には非常用の充電式の電灯が一つあるが、1日8時間しか 電気が
 来ないということになれば、もう一つ買う必要もある。
 この21世紀の世界、停電1日16時間という首都がどこにあるというのだろう。
 それを 恥ずかしいと思わないネパールの政治家たちである。
 彼らは ネパールを食い物にはしても 国を愛するという気持ちはこれっぽっちもない。

 バンコクでのコンピューターから解放されての1日2回の気分転換の外出の折、
 去年 完成したバンコク現代美術館の前に 変わったものが置かれていた。
 鉄製の現代彫刻のようなものだが、何を意味しているのかよくわからない。
 神の庇護の下から 恐る恐る自立しようとする人間の姿なのだろうか。
 そんな神々のことも忘れ、今では やりたい放題の人類だ。
 欲望に歯止めはなくなり、環境を汚染し、貧富の差をつくり、ますます、住む世界を
 不幸なものにしている。

 このバンコクの現代美術館も 公園をつぶし、樹木を伐採して、造ったものだ。
 展示されているものといえば、子供の展覧会のようなものが多い。
 こんな名前のものを造れば、近代国家の証になるというのだろうか。
 小さな公園ながら、元のほうが 余程 人間的である。
 形だけの政治、中身のない行政は 日本もタイもネパールも同じである。
 浅い人間認識は 人間を ますます、精神的に、あるいは物質的に貧しいものに
 していく。


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徒然なるままに | 21:08:42 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 働く人たちの昼飯時
バンコク 働く人たちの昼飯時 1

バンコク 働く人たちの昼飯時 2

バンコク 働く人たちの昼飯時 3

バンコク 働く人たちの昼飯時 4

バンコク 働く人たちの昼飯時 5

バンコク 働く人たちの昼飯時 6

バンコク 働く人たちの昼飯時 7

バンコク 働く人たちの昼飯時 8

 ここ1週間 涼しいバンコクの気候の中、正午近くなり、腹も空いてきたので、
 昼飯を食べに外に出かけることにした。
 いつものバンコクであれば、昼間の陽射しは暑く感じられるのに 今の涼しいバンコク
 では暖かく気持ちよく感じられる。
 まるで日本の5月のようだ。

 いつも行くカオ・ラーオ(牛肉麺)でもと思って、センセーブ運河の船乗り場 
 サファン・チャンの近くにあるいつものおばさんの店に行くが、今日も屋台を
 開けていない。もう2週間以上になる。
 この前 道で会ったら 体調がよくないと言っていた。

 仕方がないので サファン・チャン(象の頭橋)を渡って、センセーブ運河の対岸へと
 足を運んだ。
 ここには クイティアオ・ルアと呼ばれているアユタヤスタイルの少し辛めの
 ナムトッグ入りの麺の屋台がある。
 このスタイルの麺は量が少なく、わんこそばのように何杯もお変わりして食べるものだ。
 これを食べるつもりで センセーブ運河脇の屋台へとやって来た。
 簡単に食べることが出来るかと思ったら 凄い人である。
 麺の屋台の隣には タイ飯の店もある。昼時だけ開く店である。

 この近辺で働くタイの人たちが、昼飯を食べにやってきており、その数は増すばかりだ。
 やっと席を見つけて座り込むが、テーブルの上には食べ終わったばかりの皿類が
 山のように重なっている。
 あまりの忙しさに、皿洗いも追いつかないようだ。
 注文はしたが、忙しい昼飯時、注文したものはなかなかやっては来ない。
 私は別に時間に追われているわけではないので、周りの様子をのんびり眺めることを
 楽しむことにした。
 短い昼飯のための休憩時間であるが、タイの人たちは急ぐ様子もなく のんびりと食事を
 とっている。
 大半の人が アユタヤスタイルのクイティアオ・ルアと ご飯の上に炒め物を載せた
 ものか、焼き飯を注文して食べている。
 二つ頼んでも50バーツ以下(120円)のものだ。
 タイの人たちの昼飯にかける費用は大体50バーツ以下のようだ。
 アユタヤスタイルの麺は 1杯12バーツ、海老入り焼き飯は 目玉焼きをつけて
 35バーツ、目玉焼きなしが30バーツ、白いご飯に炒め物を載せたものなら
 20バーツぐらいのものだろう。

 私はといえば アユタヤスタイルの麺、2杯(12バーツx2)と目玉焼きを載せた
 海老入り焼き飯(35バーツ) 合計59バーツ(約150円) 麺一杯は余分だった。
 少し砂糖が入っていたが、ここの焼き飯は なかなか美味しかった。

 不景気の影が忍び寄ってきているタイであるが、こうした昼飯時のための
 安価な食べ物の店がどこにでもあるというのはありがたいことだし、
 庶民のための救いでもある。
 ごく当たり前のものを 贅沢もせず、美味しくありがたく食べるというのが
 生活の基本ではないかとつくづく思ってしまう。

 お腹も一杯になったので 店の裏にある小さな広場に行ってみると、
 桃色の桜を思わせるような桃色の花を咲かせた樹が一本あった。
 日本の5月を彷彿させる気候とこの花は 日本の春を思い起こさせてくれた。
 この快適な天候もいつまで続くというのだろう。
 北部のタイでは 寒さに慣れない人々の凍死が相次いでいる。
 暑い気候慣れたタイの人たちは 簡単に寒さに適応できない。


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バンコク 食べ物 | 14:19:14 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク MBKセンター(マーブンクロン)
バンコク MBKセンター 1

バンコク MBKセンター  2

バンコク MBKセンター 3

バンコク MBKセンター 4

バンコク MBKセンター 5

バンコク MBKセンター 6

バンコク MBKセンター 7

バンコク MBKセンター 8

バンコク MBKセンター 9

 MBKセンター、マーブンクロンといえば、バンコク市民であれば、知らぬ者のない
 くらいに有名な一大消費センターである。
 20年前は、このマーブンクロン、サイアムカフェ、サイアムスクウェアーが、
 この地区の中心で その頃から若者たちの集まるところだった。
 マーブンクロンが閉まる夜9時頃になると、あたりはすっかり暗闇に包まれ、
 人気のないところだったが、この頃はディスカバリーセンター、サイアムパラゴンが
 出来、夜遅くまで人気が絶えない。

 昔、コンケンに住んでいた頃は バンコクに出てくる機会があると、マーブンクロン行き、
 4階にある日本食レストラン 田ごとで日本食を食べたり、その横にある東急デパートの
 スーパーで日本食の食材を買って コンケンに持ち帰ったものだ。

 ここ10年ばかりはマーブンクロンの近くに住んでいることもあって、行くことが多いが、
 大半は東急のスーパーに行くか、1階のスーパー Topsに行くぐらいのものである 。
 11年前に今の場所に越してきた頃は、マーブンクロンの中を 自分の庭のように
 歩き回ったものだ。
 ここにやって来れば、大半のものは手に入るといった感じだった。

 この前、知り合いとマーブンクロンで待ち合わせ、5階の高級フードセンターで
 話をすることになったのだが、入り口でカードを貰い、何かを注文すると、カードに
 注文したものの値段が記録され、出るときにお金を支払うというシステムになっている。
 ここで一番安いコーヒーの値段が70バーツ(約200円)、コーヒーがこの値段だから、
 他のものの値段の高さが予想できる。
 食事でもしようものなら、簡単に2,3百バーツは越えてしまうだろう。
 大半の客は外国人である。
 私にとっては、一度行けば 充分な場所である。
 
 1階上の6階に行くと 昔からのフードセンターがある。
 ここではクーポンを買って、そのクーポンと引き換えに料理を受け取る。
 ここも昔に比べれば、随分高くなり、麺類なら40バーツする。
 同じものが 外の屋台なら25バーツである。
 ここでも百バーツくらい使わないと お腹一杯にはならないだろう。
 ここにやってくる人たちは、お腹は一杯にならなくても、4,50バーツの支出で
 昼食を済ませる人たちだ。
 とりえと言えば、冷房が効いて、涼しいというくらいで それほど美味しいものが並んでいる
 わけではない。
 それでも 下の高級フードセンターに比べれば、盛況である。

 もう1階上の7階には映画館があり、その周りにたくさんのレストランが並んでいる。
 タイ人の間で人気の8番ラーメン、日本食レストランの富士、MK,新しいレストラン 
 も知らぬ間に出来ている。
 熊本ラーメンの店、安いことを謳っている日本食レストラン弥生、とにかく安いレストランから
 高いレストランまで何でも揃っているマーブンクロンである。
 この7階には ネットカフェもあり、1時間15バーツである。
 この雑多な雰囲気の持つ気安さが多くのバンコク市民を集めていることがよくわかる。

 久しぶりにマーブンクロンの中を歩き回ったが、タイも不景気のせいか、安い食べ物へと 
 人が集まっていることがよくわかる。
 値段の張るレストランには 人は集まっていない。
 1年以上前は、1食の支出が 2,3百バーツが必要なレストランにも 多くのタイ人が
 入っていたが、今は閑古鳥が鳴いているようだ。
 タイにもはっきりと不況の影は忍び寄っている。


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バンコク 食べ物 | 13:27:50 | Trackback(0) | Comments(2)
バンコク 日本を離れて
 2ヶ月近く滞在した東京を離れて、バンコクでの生活も2週間が過ぎた。
 やっと日本の毒気が抜けてきたようだ。
 衣食住、マスコミの情報を耳にしていると 次第に気持ちが暗くなっていく日本の現状である。
 非正規社員の解雇などは重要な問題であるが、マスコミ、特にテレビなどで取り上げると 
 やらせの部分もあって、どこまで信用していいのか わからなくなる。
 今の日本では正確な情報を得ることも出来なくなっている。
 深刻な問題であればあるほど、地道な取材は大事なことであるは 面白おかしく
 大げさに取り上げることで なにやら嘘っぽく感じられてしまうのは 私だけだろうか。

 失業した派遣労働者の路上生活を取り上げた同じテレビ局が ほとんど飽食と
 しか受け取れないようなグルメ番組を放送する、セレブの贅沢な生活ぶりを
 紹介するといった無軌道ぶりの中で 何を信用すればいいのか わからなくなって
 しまう。

 百年に一度の経済恐慌だといいながら、何一つ有効な対策を立てることの出来ない
 政治家、官僚、2兆円の定額給付金、皆が使えば、0.2%のGNPを引き上げる効果が
 あるからと、定額給付金を受け取り、それを消費に回すという閣僚たち、
 もう消費に明け暮れる時代ではないでしょうと言いたくなってしまう。
 相変わらずの右肩上がりの経済成長時代の発想から抜けきらない頭の悪さ、固さが
 見て取れる。

 金融危機で損害を被った企業については 声高に騒いでいるが、儲けた企業はないのですか。
 お金は天下の回り物、印刷したお金がどこかに消えたわけではないでしょう。
 騙した人間がいるから、騙された人間がいるのは 自明の理である。
 誰が儲けたのかと追求しない限り、同じ問題は再び起こるだろう。

 世界経済不況の影響で仕事を失った人々に対するきちんとした対策も立てないまま、
 中身のない発言ばかりが目立つ麻生内閣の支持率も20%以下になったというニュースが
 インターネットを通して伝わってくる。
 国民の5人に1人しか指示されない内閣が 選挙対策のためか、
 そのまま居座り続けていることもおかしいし、その状態を何の疑問も抱かず、
 眺めている国民もおかしい。
 これは古い時代からの農耕民族の名残なのだろうか。
 不満があっても、行動を起こさず、ひたすら我慢する。
 我慢できない人間は 衝動的な行動で 突発的な過激な犯罪へと走る。

 政治家も官僚も国民も 日本をいう国をどういう国にしたいのかという視点はない。
 ただただ手をこまねいているだけである。
 何はともあれ、今ある国民の中にある生活の格差だけでも是正し、
 すべての国民が平等に幸福を求めることの出来る機会を保証してもらいたいものだ。

 タイも富裕層、旧支配階級の支持する政党が、政権を取り、バンコク都知事も、
 国会議員の補選も 現政権を支持する政党の候補者が当選した。
 相続税、贈与税なしのタイでは、富める者は 富むばかりだ。
 どこもかしこもおかしくなっている世界の状況だ。
 何か悪意のようなものが 世界中を覆っているような気がしてくる。
 人類は あとどのくらい 生存することが出来るのだろう。
 そんなことが気になる時代に 確実に入ってきている。


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徒然なるままに | 13:13:54 | Trackback(0) | Comments(2)
バンコク こんな本を買ってみた
バンコク こんな本を買ってみた

 バンコクの今住んでいるアパートのすぐ近くに MBKセンター(マーブンクロン)が
 ある。
 歩いて5分ぐらいの距離である。
 このMBKセンターの中には 東急デパートが入っており、ここに行くのは
 4階の東急のスーパーか、1階のスーパー Tops に買い物にするためぐらいのもの
 である。
 この前は 散歩がてらに5階から7階辺りを眺めているときに 5階に洋書をたくさん
 置いてある本屋を見つけた。
 早速入って、布関係の本売り場に行ってみると、興味深い本が1冊あった。
 『The Secret of Southeast Asian Textiles ~ Myth,Status and the Supernatural 』
 という名前の本だ。
 店員に値段を訊いてみると 900バーツだと言う。
 ブータン、カンボジア、インドネシア、ミャンマー、ラオス、タイ、ヴェトナムの
 布が包括的に紹介されているものだ。
 写真がたくさん入っていて、900バーツは本としては安いが、私にとっては高い。
 しかし、次回4月に予定している展示会 『東南アジアからブータンへ』というテーマ
 には 役立つだろうと思って、思い切って買うことにした。
 ここ10年以上 本を買うといえば、古本屋専門で、それも文庫本、今の経済状態では
 高い本を買うのは勇気がいる。

 今、私の持っている布の英語版の簡易なカタログを某ブログで作り始めている。
 英語で書くなど、ほとんどない生活を続けてきたので、今のところ説明文など無しで
 あるが、布カタログを充実させていく際には、この本は大いに役立ってくれるかも
 しれない。

 ブータンの布に関して言えば、日本でもかなり持っているほうだと思うが、日本語の
 ブログでいろいろ紹介しても、それほど注目を集めないし、問い合わせに来る博物館も
 個人コレクターもない。
 これでは仕方がないと思い、英語版の布カタログを作って、海外に情報を発信して
 行こうという気になったのである。
 そのため、この頃の生活を言えば、コンピューターの前に釘付けだ。
 眼もしょぼしょぼしてきている有様である。
 日本人と違って、欧米人はアジアの布に対して、エスニックなものを感じるらしく、
 日本人よりも興味を持っているようだ。
 個人のコレクターも多いようだ。
 ブータンの布の本も 日本より多く発行されている。
 ブータンのみならず、アジアの布類に関しても同様である。
 文化一般に対する好奇心、興味、保存については 日本より進んでいると言ってよい。

 何とか、生活の活路を拓くための一つの手段である。
 私の布をすべて買い取ってくれれば、小さな布博物館ぐらいは出来ると思うが
 今の日本では 期待すべくもない。
 グッチだ、ルイヴィトン、シャネルだ、フェラーリだと騒いでいる日本の金持ち相手
 では商売は成り立たない。
 大企業も 文化的な貢献をすることのない日本である。
 アジアの布を含めた文化コレクションぐらい、日本が中心になって行うべきものである。
 アジアの諸外国に距離的に近い日本が、アジアの諸文化については 一番遠い国である。


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徒然なるままに | 14:49:30 | Trackback(0) | Comments(2)
バンコク 肌寒い朝、朝市へ
バンコク 肌寒い朝、朝市へ  1

バンコク 肌寒い朝、朝市へ  2

バンコク 肌寒い朝、朝市へ  3

バンコク 肌寒い朝、朝市へ  4

バンコク 肌寒い朝、朝市へ  5

 ここのところ、バンコクは 肌寒い日が続く。
 20年以上タイに足を運んでいるが、以前住んだことのあるコンケン、パックチョンは
 別にして、バンコクで1週間にわたって 肌寒い日が続くのは珍しいことだ。
 この世界不況の中で世界のエネルギー使用量が落ち込んでいるせいだろうか。
 タイ語で冬のことをナー・ナーオ(寒い季節)というが、バンコクでこの言葉通りの
 季節があるのかと疑いを持っていたが、今の天候は まさにナー・ナーオ 寒い季節という
 言葉通りである。
 日中はかなり暑くなるが、それでも日陰に入れば涼しい。
 朝夕は扇風機も要らず、睡眠時の蚊よけに扇風機を使っていると風邪を引いてしまう。

 昨日のそんな朝、大型スーパーマーケットのロータスに買い物に出かけた。
 昨日は 人が来ることになっており、ささやかな新年会をする予定だったからだ。
 道行く人々の大半は長袖のジャケットに身を包み、予想もしていなかった冬の季節の中を
 寒げに歩いている。
 
 ロータスに近づくと その脇に朝市が立っており、その朝市の中をバンコク庶民が
 買い物にやって来ている。
 一番手前のカオ・マンカイ(鶏飯)の屋台は朝から、盛況だ。
 日曜日だったせいか、屋台の店主の小学生の息子が手伝っているのが すがすがしい。
 その奥では 野菜、肉、海産物、惣菜が売られている。
 値段を見ると、ロータスより安いのでここで新年会の材料の仕入れをする。
 牛肉を売っているイスラム教徒の露店から牛筋を500グラム 40バーツ(約110円)、
 露店の魚屋からは海老を500グラム65バーツ(約160円)、地鶏を売る露店では地鶏半分 
 65バーツ、他に白菜などの野菜も買う。
 残りはMBKセンターの中の東急のスーパーかスーパー『トップス』で間に合う。
 こんな朝市や市場で買い物をすると、売り手の顔が見えて、楽しくなる。

 家に帰って、新年会の料理の準備をする。
 牛筋を 塩を少し入れて、圧力釜で煮る、あくを取り出し、砂糖、塩、生姜、醤油を
 いれ きのこ、大根とともに煮込んでいく。
 鍋物をするつもりなので、買ってきた地鶏と残っていた昆布から寄せ鍋用のスープを
 取り出す。

 あとは日本から冷凍して持ってきていた明太子と大根おろし、塩鮭で十分である。
 ポン酢も薩摩焼酎もある。この二つは頂き物である。

 こんな涼しい気候の中では 寄せ鍋が美味しい。
 バンコクでは寄せ鍋やすき焼きをするときには 冷房が必ず必要だが、
 今の気候なら汗をかくこともなく、鍋物が楽しめる。
 日本人にとっては 天からの恵みのこの天候を十分に楽しもう。


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バンコク 食べ物 | 17:31:05 | Trackback(0) | Comments(2)
バンコク ネパールの計画停電は 1日16時間に
 ここのところ、バンコクでは朝夕 肌寒い日が続き、昼間以外であれば、扇風機も
 いらない生活だ。
 日本人である私が、寒いと感じるくらいだから、バンコクで生活するタイ人にとっては
 なお更のことだろう。
 こんなことは バンコクでは珍しい。
 やはり、世界的な天候異変が影響しているのだろうか。

 1発の後半には ネパールのカトマンズに行く予定だが、11日、今日から計画停電が
 1日16時間に延長されるという話である。
 旅行者の集まるタメル地区に限れば、以下のとおりである。

  日曜日 04:00-12:00 16:00-24:00
  月曜日 04:00-12:00 16:00-24:00
  火曜日 08:00-16:00 20:00-04:00
  水曜日 08:00-16:00 20:00-04:00
  木曜日 08:00-16:00 20:00-24:00
  金曜日 00:00-08:00 12:00-20:00
  土曜日 00:00-08:00 12:00-20:00

 こうなると全くきちがい沙汰で 停電時間を発表するより、電気来ている時間を
 発表する方がわかりやすいぐらいである。

  日曜日 00:00-04:00 12:00-16:00
  月曜日 00:00-04:00 12:00-16:00
  火曜日 04:00-08:00 16:00-20:00
  水曜日 04:00-08:00 16:00-20:00
  木曜日 00:00-08:00 16:00-20:00
  金曜日 08:00-12:00 20:00-24:00
  土曜日 08:00-12:00 20:00-24:00

 というわけで電気の来ている時間のスケジュールを表せば、このようになる。
 日、月曜日の夜中の12時から朝4時間で、木曜日の夜中の12時から朝8時までの
 時間帯、一体誰が電気を使うというのだろう。
 この時間を差し引くと、1週間で電気が使える時間は44時間、他にも朝4時から
 朝8時という時間帯もある。
 この時間帯の中の朝4時から朝6時までというのも 大半の人間は寝ている時間である。
 となると、電気が実質使えるのは 更に4時間を差し引いて、週40時間ということに
 なる。
 こんなことでは、カトマンズという人口2百万を越える都市は機能しないことになってしまう。

 いつもの年であれば、雨期の最中、停電はなかったが、去年あたりからは、
 雨期の間も、雨期明けの水の十分にある時期も停電が続いていた。
 それにもかかわらず、何一つ対策を立ててこなかったネパール政府である。
 政党間の権力争いのことばかりに明け暮れ、国民生活には全く眼を向けてこなかった
 ことの姿が、異常な計画停電に象徴されている。

 水と電気の供給は、国民生活の基本である。
 人口の多い都市では、水が十分に供給されなければ、不潔さから、病気の原因にもなるし、
 電気がなければ、夜の治安の維持も難しくなる。
 電力不足から、様々の産業が立ち行かなくなっている。
 当然、多くの失業者も生まれてくるだろう。
 その上、世界不況、外国への出稼ぎによって外貨を稼いでいたネパール人たちも
 仕事を失い、ネパールに帰ってくるだろう。
 生活に困れば、犯罪に手に染める人間も増えるだろう。
 電気、水の不足は 観光客の足をも遠ざけるだろう。
 ネパールの観光産業は 今 計画停電から大打撃を受けているだろう。

 このことを今の政府は真剣に受け止めず、自らの保身ばかりを考えている。
 戦では力を発揮したマオイストも国家運営という高度な作業では、無能振りを見せて
 いる。
 今年でネパールとの付き合いも26年目に入るが、こんなひどい状態は今までなかった。
 衣食住の充実を期待して、マオイストを支持してきた国民もこんな状態では、
 マオイストに背を向けてしまうだろう。
 マオイストの党首 プラチャンダ、ダハール首相の化けの皮がはがれてきたようだ。
 口ばかりを使ってうまく立ち回るバウン族の本性、張ったりばかりの巧言、
 実行力のなさが 今露呈してきている。
 国が大変な状況にもかかわらず、ダハール首相は太る一方で、苦労で痩せた姿は
 見られない。


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旅の情報 | 11:43:42 | Trackback(0) | Comments(2)
バンコク 鯵の煮付けを作ってみた
バンコク 鯵の煮付けを作ってみた

 去年あたりから、タイも日本と同じように大変な物価高である。
 先日も近くにある大型スーパーマーケット ロータスに行き、並んでいる生鮮食品を
 眺めてみた。
 魚売り場を覗いてみると 一番安い海の魚は 鯵である。
 鯵にも2種類あり、一つは蒸して売られていることの多いもので、から揚げにして食べたり、
 焼いてほぐして ナム・プリー・プラトゥ ーという料理を作り、それに湯がいた野菜などを
 つけて食べるタイの庶民的な料理に使われるものと もう一つは 日本の鯵に似たもので、
 形は似ているが 日本の鯵に比べると大味なものだ。

 タイ人の間で好まれるプラトゥーという鯵はスーパーにはなかったので、
 日本の鯵に似たものを買うことにした。
 1キロ65バーツ(約170円)4匹ほど選んで秤にかけてもらうと40バーツ、
 安いときは1キロ40バーツほどであった鯵も値上がりである。
 日本人である私にとっては 円高で少しは楽であるが、この物価高でも給料の
 上がらないバンコク庶民の生活には大きな打撃を与えていることは確かである。

 スーパーやデパートの中にあるレストランやラーメンのチェーン店なども屋台に
 比べると割高であることから、客足が減り、路上の屋台が今は繁盛している。
 不景気になれば、生活のレベルを1段も2段も下げるというのが 生活の知恵であるが、
 それが 屋台での安い食事とすぐさま移行できるのは 庶民に優しい食文化 屋台が
 今なお隆盛しているお陰である。
 日本ではなかなかそういうわけには行かない。

 買った4匹の鯵を料理してみることにした。
 この種の鯵は 開いて塩を振って、1日冷蔵庫の中に入れて、水気を抜いて鯵の開きの
 ようにして食べてもいいが、今回は鯵の煮付けにすることにした。
 醤油と砂糖、それに生姜、前日に惣菜屋で買ってきた蓮の茎の煮物の残りがあったので、
 それもいれ、内臓とうろこを落とした鯵と一緒に煮てみた。
 どうにか食べることの出来るものにはなった。
 この鯵の煮付け、本当は別の種類の鯵を使う方が 臭みが少なく、美味しい。

 出来上がった鯵の煮付け、青梗菜のおひたし、味噌汁、そしてチェンライあたりで
 生産されている1キロ60バーツの日本米のご飯、夕食はこれで十分である。
 この頃はタイ米も値上げをしており、キロ30バーツ近くなっている。

 自炊をするときには 1品は近くの惣菜屋、1品は自分で作るというのが楽である。
 面倒なときには ご飯だけ炊いて、惣菜は外から買ってくるというバンコク庶民の
 やりかたになる。
 贅沢をすれば、きりのないバンコクの食生活事情であるが、こんな食生活が 
 私にとっては分相応である。
 しかし、魚の煮付けは バンコクで売られているのは インド鰈にしても 鰈のほうが美味しい。
 青みの魚は部屋に臭いが残って困る。
 大半が自炊をしない近くの部屋の住民は どう思っているのだろう。
 今度の魚の煮付けは さばの味噌ににしよう。
 これも臭いそうだなあ。


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バンコク 食べ物 | 22:09:58 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 近所の食べ物屋を散策
バンコク 近所の食べ物屋を散策 1

バンコク 近所の食べ物屋を散策 2

バンコク 近所の食べ物屋を散策 3

バンコク 近所の食べ物屋を散策 4

バンコク 近所の食べ物屋を散策 5

バンコク 近所の食べ物屋を散策 6

バンコク 近所の食べ物屋を散策 7

 午前11時過ぎに 朝昼兼用の食事をしに、外に出かける。
 久しぶりに 東北タイのロイエットからやって来ているおばさんの牛肉入り麺を
 食べようと、サファン・フアチャン(象の頭橋)の橋の袂にある屋台に行ってみた。
 しかし、他の屋台は営業中なのに おばさんの屋台だけは閉じたままである。

 別に空腹というわけではないので あたりを散策することにした。
 橋の上に上がる階段近くでは おばさんの妹が 昼食を食べにくる人たちのための
 惣菜作りに余念がない。
 卵焼きのようなものを仕上げていたが、今日は残念ながらご飯を炊いていない。
 彼女には挨拶だけをして 橋の上に上がる階段を上り、センセーブ運河を越え、
 対岸の橋の袂に下りていく。
 橋の袂を潜り、パヤタイ道路の向こう側へと抜ける。
 このあたりにもバンコク庶民の住んでいる一角があり、安く食べ物を売っている屋台が
 いくつかある。
 この通り一帯は 高層ビルの狭間にあるような場所で 開発に取り残されたばしょ特有の
 うらびれた雰囲気が漂っている。
 古びた建物の前に貸間ありの札がぶら下がっている。
 それを見ながら、こんなところでひっそり暮らしてみるのもいいなという気持ちにもなる。

 その通りの中に入っていくと、のんびりとした昼時の気だるい時が流れていて、
 なにやら落ち着いた気持ちになる。
 昔ながらのバンコクの雰囲気が ここにも残っているのである。

 近所の住人相手の昼食用の惣菜が 通りには並んでいる。
 昼食時には少し早く、通りは ひっそりと静まり返っている。
 いつもは 麺類の屋台が いくつか並んでいるのであるが、今日は一つも開いていない。
 正月休みを田舎で過ごし、まだバンコクに戻ってきていないのだろう。
 仕方がないので、再びパヤタイ道路に出て、散策を続ける。
 道の脇には 夕方から開くための屋台が置かれている。
 小さな一国一城の主の商売道具が きちんと整理されて屋台の上に片付けられている。

 少し歩くと昔からのビルがあるが 打ち捨てられたようビルで 店舗や事務所の借主は
 いないようだ。
 叔父さんが一人、やることもなく所在無さ気にベンチに座り込んでいるだけで
 中を覗いても人の気配はない。
 叔父さんの座っているアンティークな感じのベンチとテーブルに眼を惹かれる。

 このビルの先に行くと アハン・カオリー(韓国風焼肉)の食べ放題98バーツの
 店がある。
 開店時間は夕方からである。
 少し先まで行くと BTSの高架電車のラーチャテヴィ駅があり、その駅のエスカレーターを
 利用して駅に昇り、道の向こう側に抜けた。
 かの有名なアジアホテルの脇を通って、家路へと向かう。

 この通りにはあまり食べたいものはない。
 食べたいものはなかったけれど、東北タイからやって来た若い女の子のカキ氷の屋台が
 眼に入ってきた。
 如何にも田舎の村では農作業をしていましたというそのまま姿が 好ましく思えた。
 麦藁帽子をかぶって、Tシャツを着た田舎の清純な女の子という雰囲気で、
 バンコクの悪い空気に染まらなければいいと願うばかりである。
 ちょっとお洒落をすれば、夜の仕事をしても 十分にやっていけるような容姿だった
 から 心配になった。
 バンコクの贅沢な消費社会は 汗水たらして働くことの大切さを忘れさせてしまう。

 家路に向かっていると、いつも蜜柑を買っているお兄さんの蜜柑売りが
 蜜柑を売っている。
 この前から彼を探していたのに見つけることが出来なかったのである。
 「一体、どこに消えていたの」と声をかけると 笑っている。
 2キロの蜜柑を彼から買って家路に着いた。


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バンコク 食べ物 | 12:10:03 | Trackback(0) | Comments(0)
アジアの街角 1枚の写真から‐56 バンコクの水上バス
アジアの街角 1枚の写真から‐56 バンコクの水上バス

 私の住んでいるアパートのすぐ裏にセンセーブ運河が流れ、その運河を水上バスが
 走っている。
 そして、アパートからすぐのところに水上バス乗り場 サファン・フアチャンがある。
 この乗り場の先には タイのシルク王として有名なジム・トンプソンの住んでいた屋敷があり、
 その対岸にはジム・トンプソンのためにシルクの布を織っていたイスラム教徒チャム族の集落 
 バーン・クルアがある。
 この集落は 家々が密集しているが、いわゆるスラムではない。
 このバーン・クルアにチャム族が住むようになってから150年以上にもなる歴史的な
 場所だ。
 だから、この地区には古いタイスタイルの木造の魅力的な建物が今でも残っている。
 私もこの集落のことを1年近く前に知り、この集落の中をよく散策した。
 そんなことから、私にとっては親しみのある場所になっている。

 25年もネパール、インド、タイとうろつきまわっていると、いつの間にか忘れることの
 出来ない場所が生まれてくるものだ。

 カトマンズ郊外のキルティプール、インドの砂漠の街 バールメール、南インドの
 ケララ州のパイヤヌール、コバラムビーチ、タイならウタイタニの村、パッチョン、
 コンケンなどがある。
 これらの場所の風景は いつまでも心に残り、私の心を慰めたり、時には苦しめたりも
 する。
 それが生きていたという証なのかもしれない。

 このイスラム教徒の住むバーン・クルアの集落とセンセーブ運河、そして水上バス
 この風景は バンコクの生活を思い出すときには 必ず浮かび上がってくる風景の
 一つになるだろう。


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アジアの街角 1枚の写真から | 00:51:04 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク ラオ・カーオ(牛肉入り麺)に凝っている
バンコク ラオ・カーオ(牛肉入り麺)に凝っている 1

バンコク ラオ・カーオ(牛肉入り麺)に凝っている 2

バンコク ラオ・カーオ(牛肉入り麺)に凝っている 3

バンコク ラオ・カーオ(牛肉入り麺)に凝っている 4

バンコク ラオ・カーオ(牛肉入り麺)に凝っている 5

バンコク ラオ・カーオ(牛肉入り麺)に凝っている 6

バンコク ラオ・カーオ(牛肉入り麺)に凝っている 7

 先日、センセーブ運河の向こうにある下町に 蜜柑(ソム・サイ・ナムプン)を
 買いに出かけた。
 A氏の泊まっていたホテルを過ぎて、その先まで行くと 安く蜜柑を売る露店があった。
 しかし、今日はそのいつも買う人の露店はなく、別の人の露店はあったが、
 1キロ20バーツなので諦めて、市場のある通りで買おうと思い、通りに入っていきかけると、
 すぐ横に古めかしい牛肉麺の店があった。
 何度もこの通りを行き来していながら、気がつかなかった。
 ああ、こんなところにと思いながら、30メートルばかり行き過ぎてから、
 A氏にこの店のことを伝えると、興味を持つかもしれないと思い、引き返し、
 ちょっと試しに食べてみることにした。

 ラオ・カーオ(牛肉入り麺)というと 大抵は東北タイの人が屋台を出して
 売っていることが多いだが、この店は中国系の人の店のようだ。
 大皿に盛られた牛の煮込みや器の中に入れられた内臓の煮込みは食欲をそそる。
 「センミー・ヌア」と注文すると、「具は何でも入れるのか」と訊くので
 「もちろん」と応えて、テーブルに座って牛肉入り麺を待つ。
 中国人の店主が麺をゆで、様々の具を入れるのを眺める。
 特別(ピーセード)製であったせいか、具も麺もたっぷり入っている。
 普通の店の1.5倍の量がある。
 これで40バーツは決して高くない。
 内臓など薬膳スープの好きなA氏が見れば、うらやましがるだろうなと思いながら、
 食べる。
 東北タイの人の作る牛肉麺に比べると幾分さっぱりとしたスープである。

 この頃は、美味しい牛肉麺を探すことに凝っている。
 いつも買い物にいく大型スーパー ロータスに行く途中にも牛肉麺の屋台がある。
 クイティアオ・アユタヤを謳っているが、むしろラオス、東北タイのラオ・カーオに
 近い。アユタヤ風のものは ナムトッグを入れるはずである。
 25バーツでそこそこの味である。

 私がいつも行く東北タイのロイエットからやって来たおばさんの牛肉入り麺の屋台が
 アパートの近くにある。
 スープの味は濃厚で美味しいのであるが、時々手を抜いて 煮込みの牛肉を入れないのが
 難である。
 孫の世話で忙しいときは、朝の仕込みに手をかけない。
 私がバンコクに着いてから、ずっと休みだったので 先日、通りで会ったときに
 「いつから店を開けるのか」と訊くと、「7日からだ」と言う。
 妹の惣菜屋はずっと前から開いているというのに のんびりしたものである。
 それでも 馴染みの店で馴染みの味を食べるというのは、どこか安心するところもある。
 そんな気持ちで、もう何年も前から、この店で麺類を食べている。
 この屋台の店も25バーツである。
 麺を多めに食べたいときは 5バーツ増しで多めに入れてもらっている。

 タイに来ると 1日1食は どこかの屋台で麺を食べている。
 ちょっとお腹が空いたときには、ちょうどいい量である。
 安くて美味しいものが 簡単に路上で手に入るというのは タイの大きな魅力である。
 庶民の求める食にも 手抜きのない美味しいものが 路上で手に入るというのは
 ありがたいことである。
 それで満足させてくれるのである。
 こうした庶民のための美味しい食が路上にある限り、高級な料理に目を向ける
 必要のないバンコクにいることは、私にとっては 天の恵みである。

 お腹が空いたから、アパートの近くの東北タイのロイエットからやって来ているおばさんの
 牛肉入り麺(センミー・ナーム)を ちょっと行って食べてきます。


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バンコク 食べ物 | 12:35:31 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 昨日は リバーシティへ
バンコク 昨日は リバーシティへ 1

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バンコク 昨日は リバーシティへ 8

 1月2日に A氏とのバンコク散策を終え、いつもどおりのバンコク生活に
 戻りつつある。
 2ヶ月以上も空けていた部屋の掃除、洗濯をのんびりこなしている。
 電気、電話、インターネット料金の支払い、円が下がり始め、部屋の管理費、
 カトマンズへの航空運賃の支払いにも影響があり、頭が痛い。
 大型スーパー ロータスの中にある電話料金、インターネット料金の支払い場所での
 支払いのついでに スーパーの中で買い物、蜜柑3キロ 45バーツ(120円)、
 きのこ2パック 40バーツ そして 煮込みようの安い牛肉を買ってきた。
 早速、家に帰り、圧力鍋を使って 牛筋の煮込みを始める。
 自炊を始めると、心が落ち着き、生活のペースが出来上がってくる。 

 暑さにも身体が馴染んだところで、昨日は MBKセンター前から36番のバスに
 乗って チャオプラヤ川の岸辺にある骨董品の店が集まっているビルディング 
 『リバーシティ』まで行って来た。
 私が持っている織られたチベットタンカとよく似たものが リバーシティの3階の
 チベットの骨董品の店に飾ってあったという話を聞き、それを確かめるためだ。
 1階から4階まで数多くの骨董品の店が並んでいる。
 聞いていたチベット骨董の店は開店しておらず、外に飾ってある竜の図柄の刺繍の
 タペストリーしか見ることが出来なかった。
 チベットのものではなく、中国のもののようだった。
 なかなか格調の高い中国刺繍の竜のタペストリーだった。

 3階を歩き回っていると すぐ近くにチベット家具の骨董の店がある。
 中を覗きこんでみるとネパール人のような顔つきの若者が二人いる。
 ネパール語で話しかけると、ネパール語が返ってくる。
 ネパールに住んでいたチベット人で、カトマンズのボーダナートに店があり、
 4ヶ月前にこの場所に店をオープンしたという話である。

 仏像のような宗教的な彫刻物には 気が漂っており、あまりたくさんあると
 居心地が悪くなってくる。
 30分ぐらい建物の中にいて、外に出てきてしまった。
 このあたりは ブログの知り合い、タイで1ヶ月 研修していたBさんの本拠地だった
 場所であったことを思い出し、すぐ近くの渡し場 シ・プラヤから向こう岸の渡し場
 クロンサンに渡ってみることにした。
 クロンサン・マーケットのことを耳にしていたから、どんな場所なのか見てみたかったので
 あるが、行ってみると ただの細長い衣料・雑貨のマーケットで、どこにでもある
 ありふれたものだった。
 もっとローカル色を感じさせたものを期待したのである。全くの期待はずれである。

 対岸のシ・プラヤの渡し場に帰る前に このあたりのチャオプラヤ川の風景を眺める。
 見た目だけはすっかり近代化してしまったバンコクの姿である。
 建ち並ぶ巨大ビルディングは 誰のためにあるのだろう。
 大半のバンコク庶民にとっては 縁のないものである。
 近代化の過程の中で得た利益はいつまで経っても庶民には還元されていかない。
 資本主義の醜い姿の象徴としか見えない。
 百年も経ってしまえば、すべて無用の長物になってしまうビルディング群である。
 こんなバンコクの姿を見ていると いつもこんなはずではなかったという想いに
 駆られる。
 20年前に憑かれるように彷徨した街並みが失われ、思い出だけが残る。 
 MBKセンターに向かう36番のバスの中で 遠い古い昔の記憶が甦ってくるのを
 止めることは出来なかった。


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徒然なるままに | 10:28:30 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 正月2日目 再び中華街へ‐2
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バンコク 正月2日目 再び中華街へ‐2 8

 ロッド運河に沿って上っていくと 段々 旧王宮へ近づく。
 周辺から中心へと向かうことで歴史を遡行しているのである。
 このあたりには貴族の屋敷や王族の古い屋敷が点在している。

 オンアン運河の手前にある東北イサン風の牛肉ラーメンの屋台の椅子に座り込み、
 25バーツの牛肉麺を注文する。
 すぐ近くには ラーマ5世の息子であった人の古い屋敷がある。
 A氏は最初のうちは 大丈夫かと怖がっていたが、覚悟を決めて食べ始めると、
 意外と美味であることを知り、喜んでいる。
 近くにある王宮広場周辺は 立ちんぼうの娼婦たちの溜り場だ。
 運河の脇には 仕事にあぶれた路上生活者たちも多く寝そべっている。
 怪しげな雰囲気の場所であり、夜にはとても歩ける場所ではない。

 オンアン運河に沿ってチャオプラヤ川のほうに向かい、中華街の方へと歩き始める。
 その一角にラーマ5世の建てた棟割長屋がある。
 150年前に王室の財政再建のために 1階が店、2階が住居の棟割長屋を中国人達に
 賃貸ししたものだ。
 こんな王室財産である棟割長屋が 運河周辺には数え切れないくらいある。
 この棟割長屋は食べ物でも有名な場所だが、今は正月、大半の店は休みだ。

 豚の練り物(ルークチン・ムー)の串焼き、肉まんをほお張りながら、二人で歩く。
 旧中華街はすぐ近くだ。
 旧中華街の店はほとんど休み、屋台だけが目立つ。
 今の中華街の中心 ヤワラートに入ると 路上の至るところが屋台である。

 タイすきで有名な店テキサスの近くの海鮮料理の屋台に座り込み、マングローブ蟹、
 ムール貝、赤貝、トムヤム・タレー・ルアムビットを注文して、シンハービールを
 飲みながら、ヤワラートの夜を満喫した。
 すぐ近くで馬鹿騒ぎしている薄汚れた服装の若者を見ると、日本の若者だった。
 酒も飲まず、大騒ぎをするこの頃の若者気質は理解を超えている。

 ビールの宵を覚ますために、カラッカダー・イーシップソン・ロータリーへと向かう。
 日本人旅行者の溜り場だったこの界隈も至って静かだ。
 15年前には ジュライホテルの前には 旅行者相手の屋台が建ち並んでいたが、
 今はひっそりと静まり返っているだけである。
 安ホテル前に立つ娼婦たちが 流し目を送ってくる。
 ジュライ、楽宮が閉鎖したこのあたりには昔の勢いはない。
 往時のこの近辺のことを説明しながら、スリクルンホテル近くのバス停に向かう。
 仕事一筋で生きてきたA氏にとっては、異質な空間だろう。
 亜熱帯の国特有の濃厚な空気、熟れきった果実のようなとろける匂い、そんな雰囲気が
 いたるところに漂っていた中華街だった。

 まだ宵の口ではあるが、明日の朝のA氏のフライトは早い。
 73番のバスに乗って MBKセンターへと向かった。


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徒然なるままに | 12:29:41 | Trackback(0) | Comments(4)
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