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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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バンコク 東京からバンコクへ
 12月30日、1年もあと2日残すだけの中をバンコクへと向かう。
 成田空港へと向かう総武線快速の中を見ても、海外へと向かう人々の姿は少ない。
 空港第一ビルについても 年末の休みだというのにさほど混雑していない。
 チェックインも機会に頼ることなく、職員がきちんと対応している。
 職員が対応してくれると、安心感はある。
 出発の日を変更した手数料 タイバーツで4千バーツ、日本円で1万8百円を支払い、
 チケットを発行してもらう。

 貰いものの焼酎、ポン酢、りんご、餅、そして買い溜めたインスタントラーメン、
 百円ショップのカレー、同じくスパゲティソースなどを詰め込んだスーツケースと
 小さ目のリュックとの両方合わせると30キロぐらいになる。
 この25年間、荷物のない旅を願いながら、一向に実現の気配はない。
 これも現世でのしがらみ、業の深さに違いない。

 出国手続きを済ませ、ノースウェスト航空 バンコク行き、NW21便の待合室へと急ぐ。
 前回とは別の場所で、広々としたスペースが取られ、喫煙室も洒落た場所になっているし、
 置かれている椅子もモダンなものだ。

 すぐに機内への搭乗の案内が始まり、機内へと入る。
 インターネットで席の予約はしておいた。
 二人掛けの窓際の席だ。
 本当は通路側が希望であったが、窓際しか空いていなかった。
 隣に誰が来るのかいつも気になるのだが、隣の席はロサンジェルスからやって来た
 アメリカ人だった。
 タイの会社で9ヶ月働いており、クリスマス休暇を実家で過ごし、
 再びタイの職場へと帰っていくところだった。
 ロサンジェルスから成田まで12時間、成田からバンコクまで6時間半の長旅、
 クリスマスの行事と相まって、すっかり疲れ果てているらしく、席に着くや否や 
 すっかり眠り込んでしまったようだ。

 時間つぶしの話し相手もおらず、仕方がないので、座席の前の液晶モニターで映画を
 見て過ごす。
 お酒の出ない形だけの夕食を済ませ、映画をみるのも3本目の半ばあたりで、
 バンコク上空に近づいてくる。
 6時間半の飛行時間で 日本から別の文化圏に入っていくときめきは
 もうなくなってしまっている。
 バンコクもしっかり、近代化され、政治的にも落ち着かず、時間の流れも日本並みに
 なってしまった。
 25年前に初めて降り立った改築前のドンムアン空港の外に出たときの不安や期待、
 そこには、日本にはない世界が広がっていた。
 町の中心部に向かう道筋には まだまだ畑や田んぼが残っていたバンコクだった。
 どこもかしこも近代化の波に乗り、ハンバーガー、スーパーマーケット、ファースト
 フードのレストランが建ち並び、トロピカルな世界は少なくなる一方である。
 街が変われば、人も変わる。

 世界は人間にとって住みよい世界になっているのだろうか疑問も湧いてくる。
 すっかり、近代化の象徴のような存在になったスワンナブーム国際空港、
 少しも親近感は湧いてこない。
 乗客に対する配慮を欠いている空港ほど味気ないものはない。

 入国手続きを済ませ、荷物を受け取り、空港を出て、タクシー乗り場へと向かった。


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徒然なるままに | 15:02:16 | Trackback(0) | Comments(6)
ネパール ネパールの計画停電は1日12時間に
 ネパールの計画停電が 12月29日から週82時間、6日間は1日12時間、
 残りの1日は10時間になる。
 ツーリストの集まるタメル地区は 以下の通りである。

  日曜日 08:00-14:00 20:00-02:00
  月曜日 08:00-14:00 20:00-02:00
  火曜日 08:00-14:00 20:00-02:00
  水曜日 04:00-08:00 14:00-20:00
  木曜日 02:00-08:00 14:00-20:00
  金曜日 02:00-08:00 14:00-20:00
  土曜日 04:00-10:00 17:00-23:00

 1日のうち 半分は電気が来ないことになる。
 今後、再び停電時間は延長される可能性もあるらしい。
 この計画停電時間のスケジュールを見ても、分かるとおり 電気の必要な産業は
 全く機能しないのと同じである。
 人口2百万を超えるカトマンズという首都の話である。
 今の政府が 如何に行政能力がないかを はっきり露呈したことになる。
 中国よりの今の政権は、長い間続いてきたインドとの関係をいい加減にしたせいで
 電気に関しても協力を得ることの出来ない状況にある。
 インド側も ネパール政府がインドよりの政策を取らない限り、
 援助の手は差し伸べないだろう。

 停電になっても困るのは、充電式の大型バッテリー(停電になっても3,4時間は
 テレビ、電気の使用は可)、もしくは発電機を用意できる家庭だけである。
 政府官僚、政治家たちは 充電式の大型バッテリー、発電機を持っているから、
 停電になっても大きな影響は受けない。
 国民生活には全く関心を示さない今の政府の姿勢が見える。
 この調子でいけば、2年後の総選挙では、マオイストも議席を取ることは難しいだろう。
 そのくらいに 今の政府は 国民の期待を裏切っている。
 以前の政府のやっていることと少しも代わり映えしない。

 世界の景気の減速で 海外に出稼ぎに行っているネパール人も帰国せざるを
 得ないだろう。
 1日12時間の停電は 観光にも産業にも大きな痛手となるだろう。
 ガソリン、石油は インドの意のままだ。
 マオイストの教条主義的な政策では、今の状況に柔軟に対応することは出来ないようだ。
 50年前のネパールに逆戻りするつもりなのだろうか。
 マオイストのダハール首相、バウン族特有の大見得ばかりを張らないで、国民のために
 有効な実のある政策を実行してもらいたいものである。


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ネパールの事情 | 22:42:56 | Trackback(0) | Comments(0)
東京 明日はバンコクへ向けて出発
東京 明日はバンコクへ向けて出発 1

東京 明日はバンコクへ向けて出発 2

東京 明日はバンコクへ向けて出発 3
 ブータン布 パンケップ 112cm x 226cm 身分の高い人のひざ掛け

東京 明日はバンコクへ向けて出発 4

東京 明日はバンコクへ向けて出発 5
 ブータン布 ケラ キラを着たときのための帯

 バンコクへの出発も間近いというのに、大急ぎでブータンの布の写真を撮っている。
 昨日は パンケップというブータンの身分の高い人のひざ掛け、今日はブータンの
 民族衣装キラを着るときに帯として使うケラの写真を撮っていた。
 20年間しまっていたものが別の場所から出てきて、出すのに一苦労した。

 ブータン、アルナーチャル、ラオスとの織物の関連性を探るには、どうしても必要な
 写真で、どうにか、大雑把ながらも取り終えることが出来た。

 ブータンの民族衣装キラといっても、どんな民族衣装か知らない人も多いだろう。
 長さ250センチ 幅150センチ前後の布を身体に巻きつけるようにして着て、
 コマという装身具を使って 肩口で布を固定し、腰部分を帯のようにケラを巻きつけるものだ。
 日本の着物にも着方が似ている。
 その着方、必要なものは 次のホームページで詳しく説明してくれている。
  http://www.ceres.dti.ne.jp/~twinfish/kira.html


 明日はバンコクであるが、アビシット首相の施政方針演説国会の開会に対して、
 反独裁民主主義同盟が 国会を封鎖するという行動に出ているため、延期を余儀なく
 されている。
 相変わらず、政治的に不安定なバンコクだ。
 しばらくは 反独裁民主主義同盟の動き、それにたいする警察の対応にも眼を向けて
 いく必要があるだろう。
 民主党 そして、それを支える旧支配階級、軍を中心としたバンコク中心の支配構造は
 改善されるべきものであるが、あと何年かは 安定しないタイの政治状況だろう。
 日本も同じであるが、この不景気の中で、政府が機能しないことは 庶民にとっては
 大きな痛手である。

 別の話であるが、近くのスーパーのものの値上がりが凄い。
 野菜、果物は、2,3日前の2割高だ。
 この不況の中で、血も涙もない商いの仕方である。

 タイに持っていくものは 99という百円ショップで買った。
 百円カレー、百円ふりかけ、百円スパゲティのソースそんなものをお土産にすることにした。
 あとはもらいもののりんごがあるから、重いけれど、それを持っていくことにする。
 かつおだしの素も用意した。
 醤油、味噌は バンコクで手に入る。

 寒い日本から暖かいバンコクへ それだけでも気持ちの開放になる。
 ブログで知り合った方が 同じ日に別の飛行機でバンコクに向かうそうである。
 泊まるホテルも私の住んでいるところから、歩いて10分のところにある。
 展示会でもお会いした方である。
 時間が合えば、お会いすることにしている。


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徒然なるままに | 20:28:18 | Trackback(0) | Comments(0)
東京 次の展示会に向けて
次の展示会に向けて 1

次の展示会に向けて 2
 ブータン、アルナーチャル州の19世紀後期のキラ クシュタラ

次の展示会に向けて 3
 アルナーチャル州で19世紀後期に着ていたと言われる貫頭衣 シンカ

次の展示会に向けて 4
 アルナーチャルの民族衣装用の野蚕シルクの織物の図柄

次の展示会に向けて 5
 ラオスの山岳民族のシルクスカーフの図柄

 日本滞在もあと3日、どうなるかわからないけれど、次の展示会のための案内状の
 ための写真を撮り始めている。
 テーマは 『ラオスからブータンへ』、織りの類似性から ライス、ブータンの織物の
 起源のようなものを探ることが出来ればと思っている。
 ブータンという国は 北はチベット、南はインド・アッサム州、西はインドのシッキム、
 東はインドのアルナーチャル州に接している。
 タンカや刺繍はチベット文化の影響を受けているが、チベットではカーペット、素朴な
 ウールの織物ぐらいしかなく、ブータンの華麗な織物の民族衣装 キラなどに影響を
 与えているとは思えない。
 むしろ、鍵は東隣のアルナーチャル州にあるようだ。

 勝手な仮説であるが、10世紀以前に 中国の西部に住んでいた民族が、押し出され、
 その一部は ライス、タイ、ミャンマーへと流れ、別の一部は アルナーチャル州
 あたりに入り、定着し、又、インド・アッサム州周辺へと流れていったようにも思える。
 ラオスのタイ・デーン族の織物などは アルナーチャル州に住む民族の織物によく
 似ている。
 アッサム州周辺の州、ミャンマーに近いインド、バングラディッシュあたりにも
 織物に精通した民族が多く住み、ラオス、ミャンマー、アルナーチャル州、
 ブータンなどは織物の宝庫であるといってもいいくらいである。
 ブータンの複雑な織物のあの民族衣装 キラの織りの技法も アルナーチャル州に
 住む民族によって伝えられ、20世紀初めのブータン王国の成立によって、
 王室の保護、援助を受けながら、発展してきたのではと思う。
 あれだけの複雑で時間を要する織物は、王室というパトロンなしでは成り立たない
 だろう。

 そんなことが 次回の展示会で ラオス、インド・アルナーチャル、ブータンとの
 つながりを示せればという気持ちもある。
 実際にアルナーチャルに行ってみれば、はっきりしたこともわかるだろうが、
 今の私の経済状態では、不可能である。
 インドの旅行会社を通して申し込み、ガイド付であれば アルナーチャルの入域も
 出来るらしいが、費用は安くはないだろう。
 それも制限付だろうから、ブータン、インド・アルナーチャル国境近くまで行けると
 いう保証もない。
 興味深い地域であることは確かである。
 写真だけを見ると、まるで桃源郷のような雰囲気のある場所のようだ。
 だんだんきつい旅は億劫になっているが、行ってみたくはある。
 コルカタから列車を利用して、アッサムに入るか、手軽な方法であれば、飛行機を
 利用するという方法もあるのだろう。


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展示会 | 23:08:22 | Trackback(0) | Comments(0)
東京 寒さが身にしみる!
東京 寒さが身にしみる!1

東京 寒さが身にしみる!2

東京 寒さが身にしみる!3

東京 寒さが身にしみる!4

東京 寒さが身にしみる!5

 昨夜の冷え込みは やはり冬を感じてしまう。
 それまでは秋の延長のような寒さのような気がしていたが、バンコクの亜熱帯に
 慣れ親しんだ身体には こたえる。
 日本を離れるには いいタイミングの時期である。

 展示会で展示したものの片付け、倉庫になっている部屋の整理がどうにか終わり、
 気持ちと時間のゆとりが少し出てくる。
 そういうときには 何か料理を作ってもいいような気になる。
 贅沢は出来ないから、スーパーの安売り時間帯のときに、材料を買うことになる。
 白菜と大根が安い。
 白菜は4分の1、大根は半分あれば、充分だ。
 手をかけず、美味しいものということで、ぶりのあらと大根の煮付け、
 白菜と豚の肉団子そんなものでも 寒い冬には美味しくいただける。
 日本で買う米は安いものでも タイやネパールの日本米に比べれば、充分に美味しい。
 魚も同じである。
 鯵でも鰈でもバンコクでも手に入るが それぞれの肴の持つ濃厚な香り、味わいはない。

 ぶりのあらと大根の煮付を作りながら、ネパールなら ハーブで上手く香り付けを
 すれば、鯰と大根の煮付けも美味しいかもしれない。
 カトマンズの市場に行けば、桶の中で暴れている鯰をよく見かける。
 タイでは鯰料理は 東北タイ料理の定番であるから、あえて作る必要はない。
 カトマンズでは 料理の材料を手に入れるのは大変だが、野菜が安いというのは助かる。
 大根、白菜も安く手に入る。日本と同じ青首大根もある。

 今 カトマンズは1日10時間の計画停電、来週から12、3時間に延長されるという
 噂もあるようだ。
 夕方から9時過ぎまでは毎日のように停電らしいから、非常灯、ろうそくをつけての
 料理になる。
 冷蔵庫も当てにならないから、買い置きは出来ず、こまめに買い物をすることに
 なるだろう。
 時代は 数十年前の日本の生活へと遡ってしまう。
 ちょっとしたサバイバルライフも 脳みその老化防止にはなるかもしれない。
 便利すぎる、代わり映えのしない変化のない生活は 確実に人間の身体も感性も
 退化させていく。
 自分の身の回りの変化は感じられないとしても 世界はどんどん変化している21世紀 
 の地球である。
 どんな人間がこの21世紀の地球で生き残っていくのか、地球上の人口が百億を
 超えたとき、食べ物は充分に得ることは出来るのか。
 そんなことを考えていると、あまり長生きをするのも考えものである。
 あと10年くらい生きれば、充分である。
 やりたいことは 大半やりつくしたから、別に 今死んでも悔いはない。
 いつ死んでも 周りが困らないように準備だけはして置きたいと思うが、
 そろそろ 真剣に考える時期も来ている。
 せめて、物だけは上手く整理して置きたい。
 そんなことを思うこの頃である。


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徒然なるままに | 11:35:33 | Trackback(0) | Comments(0)
東京 時は いつの間にか流れて
時は いつの間にか流れて 1

時は いつの間にか流れて 2

時は いつの間にか流れて 3

時は いつの間にか流れて 4

時は いつの間にか流れて 5

時は いつの間にか流れて 6

 クリスマスも正月も いつの間にか生活の中から消え去ってしまった。
 カトマンズ、バンコクで冬を向かえることの多い生活の中では、日本の暦の中の
 祭日や行事は どこかにいってしまった。
 今年は久しぶりに冬の12月の終わりまで日本に滞在することになってしまった。

 昨夜 テレビをつけていると、小田和正のライブショーを放映していた。
 日本で生活していた頃、もう25年以上前のことだが、あまり縁のないシンガーだった。
 1975年ごろから10年、テレビのない生活をしていたからだ。
 その前の何年かは 白黒テレビを見ていたが、壊れたのを幸いに捨ててしまったのだ。
 だから、オフコース、赤い鳥、海援隊、井上陽水に続くニューミュージックの世界とは
 触れ合うこともなく、彼らの曲を聴くようになったのは、日本を離れてからだ。
 テレビを見ることはなかったが、音楽といえば、ジャズかクラシックを
 もっぱら聴くことが多かった。
 10年近くテレビのない生活をしていたが、それで困ったということはなかった。
 やりたいことが山ほどあったので、テレビがないことは好都合だった。

 小田和正の歌も耳にはしていたが、まともに聴く気で聴いたのは初めてである。
 『たしかなこと』『生まれて来る子供たちのために』の2曲はなかなかの名曲だ。
 ライブショーに集まった聴衆たちの中には涙を流しながら、聴いているものもいる。
 今まで生きてきた人生の中での様々の光景、悲しかったこと、苦しかったこと、
 嬉しかったことと そんな光景が 歌を聴きながら 浮かび上がってくるのだろう。
 それは私にとっても同じことだ。

 日本を離れるまでの10年、そして日本を離れ、ネパール、タイへと生活の場を移した
 25年間、その中での出会いと別れ、駆け足のように過ぎ去っていった日々についつい、
 眼が向いてしまう。


  たしかなこと

  雨上がりの空をみていた 通り過ぎてゆく人の中で
  哀しみは絶えないから 小さな幸せに気づかないんだろ

  時を越えて君を愛せるか 本当に君を守れるか
  空を見て考えていた 君のために今何が出来るか

  忘れないで どんな時も きっとそばにいるから
  そのために僕らは この場所で 
  同じ風に吹かれて 同じ時を生きているんだ・・・
                       -小田和正 『たしかなこと』より
     http://jp.youtube.com/watch?v=I-yHDph56Rk


  生まれて来る子供たちのために

  多くの過ちを僕もしたように
  愛するこの国も戻れない もう戻れない
  あのひとがそのたびに許してきたように
  僕がこの国の明日をまた想う

  ひろい空よ 僕らは今どこにいる
  頼るもの何もない
  あの頃へ帰りたい

  ひろい空よ 僕らは今どこにいる
  ― 生まれ来る子供たちのために何を語ろう
  何を語ろう

  君よ 愛する人を守り給え
  大きく手を拡げて
  子供たちを抱き給え
  ひとりまたひとり 友は集まるだろう
  ひとりまたひとり ひとりまたひとり

  真白な帆を上げて
  旅立つ船に乗り
  力の続く限り
  ふたりでも漕いでゆく
  その力を与え給え
  その勇気を与えたまえ
         - 小田和正 『生まれて来る子供たちのために』
     http://jp.youtube.com/watch?v=kEJcjKzZADU&feature=related

  こんな歌詞とメロディが心の奥底に入り込んでくる。
  この35年間の中で出来たこと、出来なかったこと 
  ネパール、インド、タイ、東京 出会いと別れ、
  心を打った多くの出来事、光景が 走馬灯のように甦ってくる。
  あと4日経てば、再び、日本を離れ、バンコク、そしてネパール、
  心を動かすような出来事に 再び出会えるのだろうか。


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徒然なるままに | 12:41:22 | Trackback(0) | Comments(2)
東京 再び ギャラリー『TEORIYA』へ
再び ギャラリー『TEORIYA』へ

 年々、出不精がひどくなるから、用事のない限り、外へは出かけない。
 先日の展示会で展示した中国の杭州で織られた織物のチベット・タンカを
 TEORIYAのオーナーに預けるために 神田御茶ノ水のギャラリー『TEORIYA』を
 訪れた。
 この織物のチベット・タンカを部屋に置いておくよりも、このギャラリーに訪れること 
 のある布の専門家の見てもらう機会を多くしたほうがいいと思ったからだ。

 折からのクリスマスということで、ギャラリーでは インドやラオスの布や洋服の
 クリスマスセールが開催されており、華やかな雰囲気である。
 今回の展示会は、階上に事務所を構えているトレビというインドの布を使った洋服作り 
 のアトリエが中心になって開催されている。

 その会場の中にインドネシアの布を専門に扱う人がおり、10年以上前にこの場所で
 一度お会いしたことのある人物である。
 つい最近まで、ヨーロッパを中心に布の販売をしていたらしく、日本より古い布が
 高値で売れるという話である。
 
 中国の古い布、ブータンの布などがとんでもない値段で売り買いされているという話も聞く。
 この間まで ブータンの布のコレクションで有名になったマーク・バーソロミュー氏が
 日本にやってきており、ブータンのキラを 1枚数百万の値をつけ、売り歩いていたと
 いう話も聞いた。
 私とは 無縁の世界の話である。
 そんな話を聞いていると、本当に自分は物を売る熱意に欠けているなとつくづく思う。
 ブータンのキラのクシュタラ、ノシェム、アイカプール、ルンセルマ、そして
 パンケップなど山のようにあるのだが、動かすルートを探る必要があるのだろう。

 そんなルートを作るためにも展示会は定期的に行う必要があるのだろうが、
 今回の展示会のように売れないと 生活はますます苦しくなる。
 来年の6月、7月頃に 今度は 『ラオスからブータンへ』というテーマで展示会を
 開きたいと思っているが、お金が準備できるかどうか、心もとない。

 日本で布を売ることは難しい。
 コレクターが少なく、企業も古い布を集めるという文化事業に対しても 
 なかなか興味を示さない。

 来年当たりは 本腰に布を売ることに精を出さないことには、
 それこそ、路上生活者になってしまう。
 ブータンの布がほしい方は、どんどん連絡してください。
 博物館やお寺関係の方で ブータンの布に興味のある方をご存知であれば、
 紹介していただければ、嬉しく思います。

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徒然なるままに | 19:47:23 | Trackback(0) | Comments(2)
東京 経済指数より幸福指数を!
東京 経済指数より幸福指数を!1

東京 経済指数より幸福指数を!2

東京 経済指数より幸福指数を!3

東京 経済指数より幸福指数を! 4

 今日、2009年度予算の政府案が、発表された。
 相変わらず、お金さえ使えば、景気はどうにかなるという安易な予算案である。
 赤字国債発行額は 前年度比31.3%増しの33兆2940億円の大判振る舞いである。
 困れば、赤字国債を発行すればいいという発想が見て取れる。
 未だに右肩上がりの経済成長が可能だと思っているという政治家、官僚の時代を
 見通せない時代錯誤がここにある。
 国の赤字国債を増やし、どこでその付けを払う見通しがあるのだろう。

 経済指数という国民にとって分けの分からない指数を上げられても 実感の湧くもの
 ではないことは 周知のことである。
 そんな実感の湧かない経済指数より、ブータンの前国王の提唱した国民の幸福指数でも
 調べ、発表してくれたほうが 実感が湧く。
 贅沢なものでなく、すべての国民が安定して生活できる衣食住を保障してくれること
 のほうが 余程ありがたい。
 汗水流して働く人間を使い捨ての部品のように切り捨てる企業、それに対してきちんと
 対応しようとしない政府、失業者のことなど人ごとのようにしか見ない国民、
 この国の幸福指数を計れば、どういう指数が出てくるのだろう。
 お金や株などの金融商品を動かし、年収億を超えるセレブたちやることは 
 ブランド商品や外車を買いあさり、社会貢献度など無に等しい。
 企業もこうしたセレブたちは どこまで国民の幸福指数を引き上げたといえるのだろう。
 わけのわからない新製品を作っては、購買意欲をそそり、無駄な消費へと向かわせる
 テレビのコマーシャルは どこまで幸福指数を押し上げたというのだろう。

 物とお金に翻弄された社会は 国民の幸福指数とは無縁なところで、
 生活の格差を生み出していったのは周知の事実である。
 グルメとブランド商品に狂う人間と そんな世界とは無縁な人間に 
 日本は分かれていってしまう。
 社会が不公平で不安定なものになれば、多種多様な新しい犯罪が生まれてくるのは
 当たり前のことである。
 社会が一人一人の幸福を追求することをやめてしまえば、犯罪は増加していく。

 ネパールに生活していく人々は、今の日本の人々よりはるかに貧しい生活をしている。
 グルメともブランド商品とも無縁の生活である。
 今日食事が出来たことを素直に喜び、ビニール張りのスラムのバラックの中にも
 笑いはある。
 貧しくても、肩を寄せ合って生きているという共感があるからだ。
 食べるものが無ければ、あるものが当然のことのように分け合う当たり前の生活が
 あるからだ。

 計画停電の夜の暗闇の中にも家族や近隣との会話があり、夜の闇は 彼らのかかわりを
 阻害するものではない。
 素晴らしいイルミネーションの中の日本人の方が、心の中はもっと暗い寂しいものかもしれない。
 経済指数ということであれば、日本のほうが上かもしれないが、幸福指数ということであれば、
 ネパールのほうははるかに上かもしれない。
 
 幸福を支えるものが何かを考えようとしなければ、物とお金に囲まれた日本社会は
 ますます幸福指数の低い国になってしまうだろう。


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徒然なるままに | 20:58:44 | Trackback(0) | Comments(2)
東京 日本は どこに向かって行くのだろう。
東京 日本は どこに向かって行くのだろう。1

東京 日本は どこに向かって行くのだろう。2

 先日の展示会の展示物の片付けと一緒に 倉庫になっている部屋においてある布などを
 整理していると、やっとどうにか形がついてきて、ほっとしている。
 物は一杯あるけれども、売れなければ、お金にならないのが悩みの種である。

 そんな仕事の合間に テレビを見ると、派遣社員、非正規社員の失業問題を
 よく取り上げている。
 私もそんな状況の中に 片足踏み込んでいるようなものだから、人ごとのようには
 思えず、心が痛くなる。
 バンコクあたりでは、年から年中暖かいから、路上生活者であっても気楽そうに
 見えるが、寒い冬を持つ日本では、寝場所を探すだけでも大変なことだ。
 20代、30代から、こんな生活を続けていれば、彼らの世界観がどうなっていくのか、
 気にかかる。
 帰るべきところがあれば、そこで体勢を立て直すことも出来るだろうが、
 そういう場所すら 失っている人たちである。

 正規社員と非正規社員との割合は 2対1であり、この割合が反対であれば、
 大きな社会問題になり、皆、声を上げるだろうが、実際、この問題を放置しておけば、
 いつかわが身に降りかかってくることもないとは言えない。
 世界金融危機から来る不況の痛みを 少数派の一部の人だけに押し付けることに
 眼をふさぐ社会が正常であるとは言えない。

 別のテレビ番組では セレブ女社長の生活を紹介し、その豪邸を見せ、
 その部屋の中に山のように積み上げたシャネル商品などのブランド物のいくつかを
 視聴者にプレゼントするということを取り上げていた。
 金を儲け、身につけることのないシャネル商品を買い集め、贅沢に走るというのが、
 商売の目的であるなら、これほど情けない姿はないし、その人間の水準すら見るようで
 うんざりしてくるし、こんなことを視聴者に恥ずかしげもなく見せているテレビ局の品位を
 疑ってしまう。
 社会貢献度のない金儲けなど批判されるべきもので 自慢できるものではない。

 今の日本なら、皆で痛みを分け合えば、いまの失業者問題だって、解決するのは
 難しいことではないだろう。
 政府も企業も国民も皆で痛みを分け合おうと どうして言い出さないのだろう。
 一人一人の仕事量を減らし、その分を失業対策に使う。
 あるいは、食の自給自足のために 農業分野に人を回す、そのための開発のために
 お金を回すということすら考えようとしないのはどういうことだろう。

 失業者が増えれば、社会不安が増すのは当然のことである。
 世相はますます暗くなる。
 出来ることはいくらでもあるのに、硬化した脳みそしか持たない政治家には 
 アイデアが湧いてこないし、苦しんでいる人の痛みを感じ取る感受性すら失われている。
 働きたいという人間を受け入れることの出来ない社会、そのシステムを考え出すことの
 出来ない政府や企業に未来があるとは思えないし、それに厳しく対応しない国民に
 明るい未来があるとは思えない。


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徒然なるままに | 01:30:00 | Trackback(0) | Comments(4)
東京 久しぶりに新宿へ
東京 久しぶりに新宿へ

 年に何度か、東京に帰ってくるが、新宿へ出かけたのは 10年以上も前だ。
 たまたま、新宿で人に出会う用事があり、都営地下鉄に乗り、新宿三丁目で降り、
 迷路のような地下道の中を歩くが、壁に貼り付けられている地図で目的地の中村屋近くの
 出口を確かめざるを得ない。
 10年前に比べると 地下道の中もこぎれいになっている。
 こんな地下道の中に 東南アジア、南アジアの人が入り込んでしまうと、
 随分戸惑うだろうなと思う。
 ネパールのカトマンズやタイのバンコクで生活することの多い自分にとっても、
 違和感がある光景だ。

 私が東京の新宿に初めてやってきたのは 今から40年近く前、当時 全盛期だった
 藤圭子の『新宿の女』という唄が流れ、又、その唄の似合うような混然とした雰囲気の
 街だった。

 14,5年前にも何度か新宿に行ったが、その頃の新宿駅西口の構内には ホームレス 
 の人たちの多くが、段ボール箱で囲いを作り、寝転がっているのをよく見かけた。
 このときも、日本はどうなっているのかと驚きを覚えるのと同時に 
 新宿の持っている人間臭さに当時のカトマンズやバンコクの持っていたアジア的なものを
 感じたものだ。

 新宿の中村屋の前で人を待つ間、道行く人を眺める。
 土曜日の夕方のせいか、大勢の人々が行き交う。
 中村屋の店の前の路上で大きなバッグを抱えて、立っている自分がまるでおのぼりさん
 のようでおかしく思えてくる。
 いわゆるおのぼりさんというより、国籍のはっきりしない怪しげな人間に見えているに
 違いない。
 季節はずれのブータンの野蚕シルクの厚手の白いジャケットを着ている姿は、
 黒系のダウンジャケットやコートを着ている人の多い新宿では異様に移るだろう。
 白いジャケット姿に黒い大きなバッグでは 日本人には見えなかったかもしれない。
 
 土曜日の夕方だというのに 皆忙しそうに歩き、これから土曜の夜を
 楽しもうという雰囲気は微塵も感じられない。
 ゆったりした感じが微塵も感じられないのだ。
 大半の人々が 代わり映えのしない同一に近いファッションで忙しげに
 通り過ぎていく。

 自分というものが 今の東京からすっかりずれてしまっているということを
 再確認するばかりである。
 近頃では バンコクもだんだん日本の都会に近づいてきている。
 そうなれば、自分の感覚に1番近いのは ネパールのカトマンズということになる。
 計画停電1日10時間のサバイバル生活であるが、人間が生のままの姿で
 生活している姿はある。
 街の通りも川も空気も、今の東京よりずっと汚い街だし、清潔とは言い難い。
 それでも、人々の表情はもっと明るいし、貧しくても人々の生活には 
 もっと心のゆとりがある。
 発展、経済成長などには興味もなく、人間は死ぬまで生きるものだという楽観主義の
 ようなものがある。
 皆 貧しいから、政府など信用できないから、皆で支え合おうというところもある。
 それが心のゆとりにつながっているのかもしれない。

 日本の社会は ますます私から遠ざかっていく。


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徒然なるままに | 11:29:53 | Trackback(0) | Comments(0)
東京 食べること
東京 食べること 1

東京 食べること 2

東京 食べること 3

東京 食べること 4

東京 食べること 5

 日本に帰ってきて、いつも気にかかることは 日本の異常なグルメ流行りである。
 夜の7時から9時までのテレビ番組を見れば、たいてい食べ物の特集番組があり、
 競うようにして、その美食を紹介している。

 私も自分のブログで食べ物の紹介をすることがあるが、それば ネパールのカトマンズ 
 やタイのバンコクの庶民たちの生活ぶりを紹介するためのことであって、別に美食を
 紹介するためではない。
 ごく当たり前の美味しいものを安く手に入れるために カトマンズやバンコクの
 ごく普通の人たちがどう向き合っているのかを知ってもらうためである。
 それ以外の目的で とりわけお金のかかる食べ物について書くことはない。

 東京に帰ってきても節約の生活であるから、どこかで美味しいものを食べようという
 気にはなれないし、食生活の基本がネパールやタイにあるから、取り立てて、
 美味しいものを求めてという気持ちにもなれない。

 ネパールの庶民の食事といえば、ダル・バート・タルカリ、豆汁とご飯と野菜カレー、
 そして、たまに肉カレーというのが定番である。
 バンコクならご飯を家で炊き、2,3品のおかず(約200円)を買ってきて、3,4人で
 食べるというのが、普通の庶民の食生活で 過食に走ることはない。
 ネパールでもタイでも 肥満に苦しんでいるのは金持ちの贅沢である。

 そんなネパールやタイの普通の庶民の食生活を見ていると、取り立てて食にお金を
 かけて、美味しいものという気になれなくなってしまう。
 アフリカやアジアの発展途上国の飢餓の問題を扱っているテレビ番組の後先に
 グルメ番組を放送しているという節操のなさには驚いてしまうし、それが今の日本を
 象徴しているのだろうと思う。
 日本での自分の食生活と 飢餓に苦しんでいる国々の人々に対する同情の心は 
 別物であるといった日本人の生活姿勢には戸惑ってしまうのである。
 いや、日本だって、本当に食生活に困っている人、生活に困っている人はいるのは
 確かであるが、そうしたことに対して想像力の働かない世界になってしまっている。

 ネパールやタイの普通の庶民の食生活のことを思うと、
 食事というものは 空腹を癒すだけで充分なのではと思ってしまう。
 自分の身近な人間に 美味しいものを食べさせてあげたいという気持ちはわかるが、
 自分の楽しみのためだけに美味しいものを食べるという行為、そうしている自分を
 考えると、どこかに罪悪感を感じてしまうのである。

 少しでも家族に美味しいものを食べさせたいと思うのは 高価な材料を使うことでは
 なく、当たり前のものを如何に美味しく料理するかという工夫であり、それが家族への
 愛情というものだろう。
 それは 日本が貧しかった時代にも実践されていたことである。


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徒然なるままに | 12:24:14 | Trackback(0) | Comments(9)
ネパール情報 ネパールの計画停電は 1日10時間に
ネパール情報 ネパールの計画停電は 1日10時間に 1

ネパール情報 ネパールの計画停電は 1日10時間に 2

 日本滞在も後10日残すだけになった。
 こんな時期に入ると、これから向かうバンコクやカトマンズのことが気にかかり始める。
 カトマンズでは 1日7時間の計画停電が 1日10時間になっているという話である。
 バンコクでは 民主党主導の新政権が出来たが なかなか前途多難のようだ。
 私が行く12月30日までは大きな混乱が起こらないことを祈るだけである。

 それにしても ネパールの1日10時間の計画停電には恐れ入る。
 電気の不足は ここ4,5年前から顕著だったが、それが解決の方向には向かわず、
 放置されていたとは・・・。
 マオイストのダハール首相はこのままでは 1日18時間の計画停電もありうる、
 それを避けるためには 至急火力発電所を作る必要があると言う。
 はったりばかりをきかせる御仁であるから、どこまで真実を述べているのか、
 外国からの援助を期待して、大げさに言っているのかよくわからない。
 確かに雨の降らない乾期には水力発電に頼るネパールでは、ダムの水量が落ち、
 電力の供給量が減るのは いつものことだが、昨年まではそんなにはひどくはなかった。
 このダハール氏(別名プラチャンダ)、首相になって とみに贅沢になったと聞いている。
 貧しい庶民の味方を標榜したマオイストの党首であるが、今はわが身を護ることに
 汲々としているばかりで 国の実態をどこまで把握しているのか、疑いさえ抱く。

 カトマンズの計画停電は地区ごとに時間帯がことなるが、旅行者の集まる
 タメル地区では以下の通りである。

   日曜日 10:30-16:30 21:30-01:30(+1)
   月曜日 20:00-23:00
   火曜日 00:30-06:30 16:00-20:00
   水曜日 02:30-08:30 16:15-20:15
   木曜日 04:30-10:30 16:30-20:30
   金曜日 06:30-12:30 17:00-21:00
   土曜日 08:30-14:30 17:30-21:30

 冬の寒い暗闇の中で過ごす生活を考えると、ぞっとしてしまう。
 私などは カトマンズでは独り暮らしであるから、毎日の夜の停電中の4時間は
 やたら長く感じられる。
 この計画停電の時間表を見ながら、どういった生活をしようかと考えている。
 それと同時に水道水の供給はどうなるのかも気にかかる。
 電気がこなければ、モーターを使うことも出来ず、水道水を引き込むことも出来ない。
 前回の滞在の際は 地下水のくみ上げ用のパイプが壊れ、地下水をくみ上げることが
 出来ず、水には苦労した。

 水と電気が来ないとなったら、これはかなり、サバイバル生活になってしまう。
 お金に余裕のあるものは 停電のための大型のバッテリーを買うなり、発電機を
 買うなりすればいいし、水もタンクローリーの水を買えばいいが、
 私などは そんな生活からは無縁である。
 1日10時間の計画停電、これで首都カトマンズが機能できるほうがおかしい。
 この国は 一体どこに向かおうとしているのだろうか。
 1日10時間の停電で、治安の悪化も考えられる。
 一般的な観光客だって、1日10時間の計画停電には恐れをなすだろう。
 ここ2,30年の政府の無策が一時に問題を拡大してきているネパールである。

 世界金融危機の中で、外国に出稼ぎに行っているネパール人たちも仕事を失い、
 外貨の獲得も難しくなるだろう。
 これから、ネパールに向かう旅行者の皆さん、安全には 充分に気をつけてください。
 私も人事ではありませんが・・・。


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ネパールの事情 | 09:05:03 | Trackback(0) | Comments(2)
ネパール ヤクウールの話
ネパール ヤクウールの話 1

ネパール ヤクウールの話 2
  チベットのヤクウールで織られた織物

ネパール ヤクウールの話 3


ネパール ヤクウールの話 4
  ブータンのヤクウールで織られた織物 ヤタ こげ茶の部分がヤクウール

ネパール ヤクウールの話 5

ネパール ヤクウールの話 6
  ネパールの羊毛で織られた織物

 ネパールのカトマンズに行くと ウールのセーターやウールのショールを売る店に
 行くと ブラウンカラー、グレーカラーのセーターやショールを指差して、
 「ヤクウールのセーターだよ、ショールだよ」と言って、
 商品を売りつけようとするのはいつものことである。
 売りつけようとする店主や店員は ヤクウールがどんなものかはよく分かっていない。
 ヤクウールと言えば、客が珍しがって買うぐらいにしか思っていない。

 実際ヤクの毛はかなり、剛毛でセーターやショールには適さない。
 ヤクウールと言いながら、実際は山羊の毛だったりすることが多い。
 ヤクの毛の柔らかい部分を使えば、良質のセーターやショールを織ることが出来るかも
 しれないが、あまりに量が少なく、そう簡単に手に入れることは出来ない。
 カトマンズで売っているセーターやショールの量をみれば、
 贋物であることは簡単に分かる。
 日本のネットショップなどで ヤクウールで織ったショールなどと言って、
 売っているが、ひどいものになると アクリルウールのものをヤクウールと言って
 売っている業者もいる。
 当人は騙すつもりはないのだろうが、カトマンズの商人がヤクウールと言うのを
 鵜呑みにして、信じて売っているのだろう。

 ブラウンカラーやグレーカラーの天然の色のウールは 山羊毛やヤク毛を利用するが、
 大半はバッグや袋に仕立てて、防水のために使うことが多い。
 チベットあたりでは、暖房、防水のためのブランケットなどを ヤクウールを使って、
 織り上げるが、ごわごわして肌触りのよいものではない。
 ブータンでもヤタという防水のためのウールの織物を織るが、こげ茶の部分には
 ヤクウールを使っており、これもかなりごわごわしている。
 雨水をはじくには有用だが、身につけていて快適とは言いがたい。

 ネパールでもよく似たものを作るようだが、織りも粗く、使っているのは、羊の中の
 毛の黒い部分を使っているようだ。
 ネパールやチベットの羊毛は 固く、あまりセーターやショールには向いていない。
 ネパールの良質のセーターのための羊毛は ニュージーランドから輸入している。

 ネパールや近隣諸国のウール事情を正しく把握しないと、ネパール人の言葉を
 そのまま信用して、いい加減なものをお客に売りつけることになってしまう。

 ヤクウールで編まれたもの、織られたものといえば、大体ごわごわしているものだと
 理解したほうが望ましいだろう。
 今では、ヤクの数もかなり減っているようだし、ネパールで簡単にヤクウールが
 手に入ると考えるほうがおかしい。

 私がここで紹介する写真の織物も20年以上前に買い入れたもので、
 今、手にいれるのは難しい。
 昔からの知り合いにショールを売っているネパール人がいるが、彼に訊いても、
 ヤクウールといえば、売りやすいからと答え、彼自身もヤクウールでないことは
 よく知っている。
 ヤクウールと言うのは 売りたいための嘘なのである。


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ネパールの布 | 14:30:11 | Trackback(0) | Comments(1)
東京 エコーの話はどこへ
東京 エコーの話はどこへ 1

東京 エコーの話はどこへ 2

東京 エコーの話はどこへ 3

 今年の7月に行われた北海道洞爺湖サミット当初は マスコミを上げて地球温暖化の
 問題を取り上げていたが、今は世界金融危機の影響による失業問題中心の話題に
 すっかり変わってしまった。
 食品偽装、安全な食、食料の自給自足も どこかに行ってしまい、来年の景気は
 どうなるのか、そればかりがマスコミに取り上げられる毎日だ。

 馬鹿げた原油高騰も1年もしないうちに 1バレル40ドルを切ってしまっている。
 一体、何に翻弄されたのか、訳がわからない。
 物事の本質を見極めず、右往左往している我々人間の愚かさにはあきれ果ててしまう。

 もうここまできたら、発想の転換をして、皆で生活の水準を下げ、8時間労働のところを
 6時間労働にして、失業者を出さない努力をすることも必要ではないかと思えてくる。
 それでも充分でないというなら、国内の農産物の自給自足の向上のために 田舎に人を
 戻すことも考えればいい。

 エコー、エコー 地球温暖化防止と騒いでいても、今の生活水準の維持、消費の維持、
 あるいは増大を考えていては いつまで経っても エコーも、地球温暖化防止も
 絵に描いた餅である。

 多少の不便さ、生活水準を下げることなくして、エコー、地球温暖化防止など出来ないことは
 みえている。
 工業製品を造りだせば、造りだすほど、環境汚染が拡がっていくのは自明のことだ。

 着るものにしても 天然素材を身につける、室内でもウールの厚手のセーターでも着て、
 室温を下げる。
 木綿にしろ、野蚕のシルクにしろ、羊毛にしろ、それらが育つ自然環境は必要だ。
 その使用を増やすことだけでも、自然環境は改善されるはずである。
 手仕事、手作りで生産されたものには暖かみがあり、使っていて、心地よく、
 物に対する愛情も生まれ、物を大切にしていくことを知る機会にもなるはずだ。

 食べることについても ひどすぎる。
 テレビ番組を見ていても、人間、そこまで贅沢をする必要があるのか、
 食べることにそこまで夢中になる必要があるのかと、眼を覆いたくなってしまう。
 タイやインド、ネパールの庶民の質素な食生活を見ていると、日本の美食狂いには
 あきれ果ててしまう。

 欲望の赴くままの節度のない生活を変え、少し 質素な方向に舵取りを変えても
 いいように思うがどうだろう。
 そして、皆で今の金融危機から来る痛みを分け合うことは出来ないのだろう。
 失職して 苦しんでいる人もいれば、ボーナスが増えるかどうか、来年の賃上げを
 考えている組織もある。
 労働者をいう言葉の意味が 形骸化して、労働者という名の下に手をつなぎあい、
 助け合う社会は もうなくなってしまった。
 皆で痛みを分け合おうという労働組合はなくなり、正社員と非正規社員の間に横たわる
 溝は深い。

 ネパールの素焼きの器やネパールのカミといわれるカーストの鉄職人の造る手造りの
 鉄製の道具が 懐かしく思い出される。
 ネパールでは失職しても 助け合う親兄弟、親戚がある。
 次の仕事を見つけるまで どうにか生活は出来る。
 しかし、政府も企業の社会的責任の喪失の中では 一体誰に頼ればいいのだろう。
 人道主義をいう言葉は 日本では成り立たない言葉なのだろうか。


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徒然なるままに | 00:39:47 | Trackback(0) | Comments(0)
東京 想い出のネパールの手編みのウールセーター
想い出のネパールの手編みのウールセーター 1

想い出のネパールの手編みのウールセーター 2

想い出のネパールの手編みのウールセーター 3

 もう20年以上も昔のことだが ネパールのカトマンズでウールセーターを
 編ませていたことがある。
 生活の糧を稼ぎ出すための方法だった。
 日本からウールセーターのデザインブック、編み棒を取り寄せ、本を見て編み方の
 分かるネパール女性を見つけ出し、始めてみた。

 当時、カトマンズではクリスタルウールと呼ばれる毛糸を作る工場があり、そこで
 毛糸を仕入れ、リキシャに積み込み、セーターを編む場所へと運んだ。
 カトマンズで手に入る羊毛といえば、チベット産のものとニュージーランド産のものが
 あった。
 手紡ぎの技術もあったが、太い毛糸しか紡ぎだせず、それを使ってセーターを編めば、
 編み上げたセーターが 1キロ以上になり、外国人は別にして 重いセーターは
 日本での販売には向いていなかった。

 その頃、バザールで売られていたセーターは 弾力性のないチベット毛を使って
 太い編み棒で織られ、 2,3ヶ月来ていると 10センチ、20センチと
 延びていくという代物だった。

 編み棒を細いものに替えて いろいろ挑戦してみたが、日本での販売ルートを
 見つけることが途中で頓挫してしまった。

 展示会で使った布類をしまい込むついでに 倉庫になっている部屋を
 片付けているうちに 昔、注文して作っていたセーター類が出てきた。
 売れなかったセーター類である。
 20年以上前のネパールのセーターのレベルからすれば、随分 品質の高いものであったが 
 時代の流行とはずれていたのだろう。

 ひとりでなんでもやるというのは 限界がある。
 正確な日本の情報もなかなか入ってこない。
 いろいろ試行錯誤も繰り返した。
 服飾関係の仕事は やはり、チームを組んでやるのが一番だが、
 いつもお金のなかった自分には そんな余裕はなかった。
 それは 今に至るまで状況は変わっていない。
 ひとりで頑張ってきたから、材料の選択、仕入れの経路、商品のチェックなどは
 身についたが、流行に合ったデザイン、パターンの製図、販売網の拡充などは
 私の手に負えるものではなかった。

 まだ、その頃は体力も気力もあったから、頑張れたが、
 その頃から20年以上経った今、同じことをやれといわれても出来ないだろう。
 出来るとしたら アドバイザー、調整役ぐらいのものだろう。
 ネパール語も、ヒンディ語、タイ語も話せるし、布知識についてはそれなりのものは
 持っているから、そのくらいの仕事は出来ると思うが どうだろう。
 誰か、そんな仕事をくれないかな。
 ただし、売るのは苦手。


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徒然なるままに | 13:34:57 | Trackback(0) | Comments(0)
東京 今の世相と若者たち‐2
 私の好きな詩人の一人に田村隆一という人の詩の中にこんな詩がある。

  帰途

  言葉なんかおぼえるんじゃなかった
  言葉のない世界
  意味が意味にならない世界に生きていたら
  どんなによかったか

  あなたが美しい言葉に復讐されても
  そいつは ぼくとは無関係だ
  きみが静かな意味に血を流したところで
  そいつとは無関係だ

  あなたのやさしい眼のなかにある涙
  きみの沈黙の舌からおちてくる痛苦
  ぼくたちの世界にもし言葉がなかったら
  ぼくたちはただそれを眺めて立ち去るだろう

  あなたの涙に 果実の核ほどの意味があるか
  きみの一滴の血に この世界の夕暮れの
  ふるえるような夕焼けのひびきがあるか

  言葉なんかおぼえるんじゃなかった
  日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで
  ぼくはあなたの涙のなかにたちどまる
  ぼくはきみの血のなかにたったひとりで帰ってくる

     (田村隆一 『詩集1946~1976』 河出書房新社)

 今の時代ほど 想像力の枯渇している時代はないのかもしれない。
 思い込みの時代なのである。
 高度成長期に生きてきた人間にとっては、努力次第でいくらでも人生は拓けてくると
 いう思いがある。
 努力は大切だけれど、今の時代、それだけで人生が拓けてくるかという疑問も湧いて
 くる。

 インドの古くからの社会制度にカースト制度がある。
 こうした制度の中で努力次第で 置かれている身分は変わっていくということは難しい。

 今 日本の社会は 別の意味で現代のカースト制度が生まれようとしている、
 一番 大きなものが 正規社員と派遣労働者という新しいカーストだ。
 収入の差、生活の安定ということで はっきりした格差があることは世界金融危機以後、
 はっきりあらわれている。

 収入の違いから 食べるもの、着るもの、住む場所という衣食住にもはっきり違いが
 現れてきている。
 正規社員と非正規社員との収入の格差が2倍に及ぶとなれば、当然の結果である。
 労働人口の正規社員と非正規社員の割合は 2対1である。

 ネパール、タイから帰ってきて 何十日か日本で生活するということになれば、
 私も非正規社員以下の生活だから、その格差が身にしみて分かる。
 食べるものや着るものは 食べたいもの、着たいものより、安いものへと眼が向いて
 いくのは 当たり前のことである。

 貯金もなくぎりぎりの生活しているものにとって 解雇という状況はどんな生活を 
 生み出すことになるのだろう。
 思いやりとは 状況の違う人々に対する想像力である。
 自分とは関係ないからと 相手の状況を思いやることがなければ、
 新しい身分制度を認めたことになる。
 それは社会の安定よりも不安定を生み出すものだろう。
 生活苦や精神的な不安定さから犯罪が増大すれば、一体誰が困ることになるのだろう。
 富を持つものが 富の上に胡坐をかいていれば、
 いつか 災いは自分のところに返ってくるだろう。

 他者に対する想像力の失われた時代、政府も政治家も、企業も経営者も 
 生活に苦しむ人々の生活を想像することは出来ない。
 私は勝手にそんな生活を選んだのだから、我慢は出来るが、同じ日本に生まれ、
 報われることのない生活を送らざるを得ない人々の心の荒廃はどんなものだろう。
 すべての国民が 今の生活の水準を下げ、すべての人々が安定した暮らしに向かうと
 いう発想は生まれてこないのだろうか。


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徒然なるままに | 18:10:55 | Trackback(0) | Comments(0)
東京 今の世相と若者たち‐1
東京 今の世相と若者たち‐1 1

東京 今の世相と若者たち‐1 2

 昨日の『戦中戦後のお姉さまたち』で今の世相についての論議を話題にしたら、
 誤解をされてしまったようだ。
 別に若者批判をしたつもりはではなく、20代、30代の人たちが どういう時代に
 育ってきたのかを言いたかっただけなのである。
 
 今の若者たちに問題があるとすれば、それは彼らを育ててきた前の世代の責任であるし、
 時代の変化を鵜呑みにして肯定し続けてきた私と同じ親の世代の責任でもある。
 不必要な消費を当たり前のように受け入れてきた世代の責任である。
 子供たちの五感を育てることもなく、消費社会の中にどっぷりと使っていたのは
 大人たちなのだ。

 私は 1980年から1990年代の日本の経済成長、バブル、そしてバブル崩壊、
 そして、小バブルの時代の25年間は、1年に2,3ヶ月 日本にいるだけで
 大半はネパールかタイで生活していた。
 私の持っていた日本のイメージは 1980年半ばの日本で、帰ってくるたびに
 そのイメージとは 日本が余りに遠ざかっていって戸惑うばかりだった。

 そして、この世界金融危機、今、日本の労働人口の30%を占めるパート、派遣労働者 
 の解雇が相次いでいる。
 
 私がまだ幼かった頃は どんどん文明の利器が生まれていた時代である。
 テレビ、洗濯機、冷蔵庫、自動車がどんどん一般家庭に入り込み始め、人々は
 未来社会に希望を寄せていたものである。
 いつかは 世界のすべてが機械化され、人間の労働は軽減され、ゆとりのある豊かな
 生活がやってくると…。

 そんな時代から 4,50年も経ってしまった現在、我々が手に入れたものは
 何だったのだろう。
 時間や物に追われ、あの時代より、人々はもっとあくせくと生活している。

 企業と従業員の信頼は失われ、人々は不安の中にいる。
 皆で支え合って生きる社会が失われ、人々は孤立して苦難に耐えなくてはならない。
 派遣労働者は解雇の不安におびえ、解雇された後の生活の不安におびえる。
 これでは安定した社会は望めないし、犯罪が増えていくのも当然である。
 正規社員と派遣労働者という枠組みをつくり、働くもの同士のつながりを分断する
 という企業利益だけを追求する企業の巧妙なやり方である。
 この形を作ってきたのは企業に後押しされた政府の仕事である。
 ここには 安定した社会を提供するという企業、政府の社会的責任の姿はない。

 国民の安定した暮らしのための政府や企業という姿からは程遠い姿勢がそこにはある。
 人間が人間らしく大切にされることはなく、交換可能なもの、部品の一部ぐらいにしか
 考えられていない人間性の喪失とさえいえる。

 社会が 共同体を失い、家族とのつながり、近隣社会とのつながりを失った今、
 仕事を失えば、どうやって生きていけというのだろうか。
 そんな時代の最中に 今の若者たちは置かれているのである。
 孤独、孤立という言葉が、今ほどはっきりした形になっている時代はないくらい
 希望の見えない時代といっていいのかもしれない。


 ** 写真に掲示した布は インド アッサム州で20年以上前に織られた布。
 この時代も今も アッサム州の自治、独立を求めるグループの過激な運動があり、
 特別許可がなければ、入域できない。
 昔、布を運んでくるインドのマルワリ商人に ネパール人だといって、入り込めば
 大丈夫と言われたが実行してはいない。
 その先のマニプル州、ナガランド州なども同様である。
 白地のものは アッサムの野蚕シルクに紋織りが施されている。
 黒地の布はコットンとレーヨンがミックスした工業糸で織られている。
 織りのパターンを見ると ブータンやアルナーチャルの織りの技法に近い。
 ブータンやアルナーチャルに近接する地域で織られたものだろう。
 糸はカルカッタ(コルカタ)から運ばれたものだろう。  **


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徒然なるままに | 13:41:42 | Trackback(0) | Comments(2)
東京 戦中生まれのお姉さまたち
東京 戦中生まれのお姉さまたち  1

東京 戦中生まれのお姉さまたち  2

 展示会場の片づけが日曜日で休みだったので 返却することが出来なかった
 シャッターの鍵を返しに 展示会場のギャラリー TEORIYAに行く。
 布たちが姿を消したギャラリーはすっかり空虚な空間になっている。
 布の持っていた力を再確認する。
 展示会中はそれぞれの布が 自己主張し合っていたことがよくわかる。

 ひとりお客様がお見えになっている。
 TEORIYAに置いてある砧(きぬた:織られたシルク布をたたいて柔らかくする道具)で
 織り上げたシルク布を柔らかくするためにいらしている。

 オーナーの女性は80歳、お客様も70歳前後である。
 最近の世相のおかしさについての論議が 私を含めて3人で始まる。
 戦中戦後を知っているお姉様たちにとっても、今の世相は予想も出来なかったことだし、
 この消費社会にはあきれて物が言えないし、治安の悪化にもあきれ果てている様子だ。

 4,50年前の日本の田舎の生活を知っている私にとっても同じことだ。
 とんかつなどというものを食べたのも、18のときに上京したときが初めてだったし、
 ビフテキなど食べたのも 就職してからのことだ。
 田舎での生活は 家族が多かったから、盆と正月以外は お腹が空かない程度に食べていた
 毎日だったし、肉などを食べるなどたまのことだった。
 そんな生活だったが、人々の生活はもっとのんびりしていたし、暖かいかかわりや自由は
 あったような気がする。

 今の20代、30代はまさに消費社会の真っ只中で育ってきた世代である。
 物を大事に使うことも教えられなかっただろうし、手作りの楽しさ、貧しい中で
 工夫して生活することを必要としなかった世代である。
 古い昔の日本の生活を知らない世代は 今の生活が当たり前だと思い、
 比較するものを持たない。
 消費が当たり前、無駄遣いが当たり前、物は無限にあると思い込む。
 古い世代が 時とともに消え去っていってしまったとき、
 この社会はどうなっていくのだろう。
 歯止めのない殺伐とした人間味のない世界に対する批判は 
 どこから生まれてくるのだろう。
 雪だるま式に 発展という名の下に 経済成長という神話を信じて、
 奈落の底に沈んでいくのだろうか。


 展示に使った布を片付けていると 20年以上前に仕入れたブータンの野蚕の
 シルク布が出てくる。
 20年前に仕入れた当時は 織りたての布だった。
 今のブータンでは20年前と同じように丁寧に織られているのだろうかと気にかかる。
 どこもかしこも開発の手が入り、物質文化に染まりつつある。
 ブータンも例外ではない。
 五感を使う手作りの世界が失われて行けば、今の日本と同じ姿になる。
 そして、物を手に入れることの出来る人間と、出来ない人間とに分断されていく。
 タイやインド、ネパールもそんな世界にすっかり変わってしまった。
 こんなに世界に対する不信がある時代はないだろう。
 どこに批判の眼を向けていいのか、分からない時代なのである。
 世界の不条理が あまりに巧妙に隠されている時代なのだ。


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徒然なるままに | 02:46:12 | Trackback(0) | Comments(2)
東京 部屋での布の片付け
東京 部屋での布の片付け 1

東京 部屋での布の片付け 2

東京 部屋での布の片付け 3

東京 部屋での布の片付け 4

 昨日、展示会場から赤帽を使って、もって帰ってきた布類をダンボール箱から出し、
 片付ける。
 もとあった場所へと片付けるのが一苦労で、あっちの箱をこっちに、上の箱を下へと
 ひと騒動だ。
 朝から2時過ぎまで 時間がかかって、半分ぐらいの仕事が終わる。
 
 12月20日の予定のフライトだったが、日本滞在を延期しないと、いろいろな用事が
 片付かない。
 日本のノースウェスト航空にフライト変更の連絡をする。
 そうすると、12月30日に座席の空きがあるという。
 下手をすれば、年越しになるかと思っていたが、やはり、この前のスワンナブーム
 国際空港占拠事件の影響で タイへの観光客が減っているに違いない。

 私がバンコクで購入した航空チケットは 出発日の変更のたびに 4千バーツの追加
 料金が必要だ。
 今日のレートで1万8百円の追加料金をチェックインの際、支払うことになる。

 今日、首相指名の為の特別国会でアピシット民主党党首が次期首相に指名された。
 タクシン派の前政権支持派の動きが活発になってきたようだ。
 北部タイ、東北タイの支持者に動因をかけ、バンコクでの抗議活動に合流す予定だと
 言われている。
 相変わらず、すっきりしないタイの政治状況である。

 布を片付けているうちに アルナーチャルプラデーシュ州の布が見つかった。
 アルナーチャルプラデッシュというのは インド北東部に位置する地域だ。
 南はアッサム州、東はミャンマー、北は中国、西はブータンに接している。
 この州には26の民族と65の部族が住んでいる。
 又、この地域については この地域の帰属をめぐって インドと中国との国境紛争に
 巻き込まれている地域である。

 この州にも 野蚕シルクの織物があり、ブータンの織物 キラに似たものも織られて
 いる。
 その織物にも中国やミャンマー、ラオスの織物とのつながりが感じられる。
 この地域の民族構成と近隣諸国の民族構成を比較研究すれば、ブータンの織物のルーツ 
 を探ることも出来るかもしれない。
 中国からラオス、ミャンマーに移動していった民族の流れの一部がこのアルナーチャル 
 にやって来たことも考えられる。
 この場所でブータンのあのキラの基本の形が生まれ、ブータン王国の豊かさ、王室の
 援助の中で布文化が発展していったのではと予測できる。

 近頃、二人以上の旅行でガイドつきなら、アルナーチャルに入域出来ることになっている。
 しかし、まだまだ、辺境であることには変わりない。
 辺境であるうちに一度行ってみたいものである。


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展示会 | 00:33:24 | Trackback(0) | Comments(2)
東京 展示会の片付け
東京 展示会の片付け 1

東京 展示会の片付け 2 東京 展示会の片付け 3 東京 展示会の片付け 4
  クリックすれば 大きくなります。

 朝起きると、冷たい雨がしとしとと降っている。
 それでも12月のような寒さはない。
 昔の12月の雨といえば、みぞれ混じりの雨だったように記憶している。
 寒い時期にはあまり日本には帰らなかったけれど、12月のみぞれ混じりの雨の
 記憶といえば、14,5年前のことだ。
 今、東京にいても暖房なしの生活だ。
 住んでいる場所の上下左右が暖房を使っているから それほど寒くはないのだろう。

 午後3時には展示会場に 赤帽がやってくる。
 それに合わせて、12時過ぎに手伝ってくれる人と 神田小川町に向かう。

 都営地下鉄に乗り、優先席に眼を向けると いつものことながら、優先席を必要と
 しない年齢の人たちが座り込んで、携帯でメール交換をしている。
 その後ろの窓ガラスには 携帯使用禁止のマークが貼ってある。
 寒々とした光景だ。
 言葉とは、記号とは何だろうと考えてしまう。
 年寄りが目の前に立っても譲る気などさらさらない人たちである。
 東京はどういう世界になっているのだろう。

 展示会場で展示していた布類を片付け始める。
 布たちにとっては、晴れやかな舞台であったのだろうが 
 見てくれる人の少なかったことに対して申し訳ない。
 再び、箱の中にしまわれ、いつの日かの晴れ舞台の機会を待つだけである。

 その中の1枚の布、インドの超絶的なメタル刺繍のタペストリー、ベッドの枠に張られ、
 4,5人の職人たちが 何ヶ月もかけて仕上げた素晴らしい息を呑むような仕事ぶりだ。
 今の日本では こうした熟練した手で作り上げたものを感じる感受性がだんだん
 薄れて行っている。
 自らの文化を見つめる眼が失われていけば、異国の文化も理解できなくなる。
 手仕事の中には 人間の心が現れている。
 その心を素直に感じ取る力があれば、この世の中ももっと暖かいものになるだろう。
 たった一つしかない手仕事で作られたもの、工場で多量に作られたもの、
 その違いさらも感じ取れなくなっている今の世界だ。

 大切なものが 先進諸国 日本から失われ殺伐していく世界になっていく前に
 そのことを理解している人々は手をつなぎ、声を上げていかなくてはならないだろう。
 そうしないと、人間が身体を使って作り出す世界は、ますます少なくなり、
 人間そのものが尊厳を失い、物と同じように扱われる世界がすぐ近くまで
 迫っていることすら気がつかないだろう。
 人間は感情を持っている生き物である。
 必要がなくなれば、首を切られ、使い捨てられる存在ではないのである。
 この世界金融危機の中で 人間とは何か、人間が生きることが出来る場所は
 どんな場所かが問われている。


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展示会 | 01:00:21 | Trackback(0) | Comments(0)
東京 展示会が終わって
東京 展示会が終わって 1
  東京 展示会が終わって 2

 展示会が昨日 終わり、予想したよりもはるかに少ない売り上げだったので、
 次のことを考えなくてはならない状況に追い詰められてしまった。
 12月20日にバンコクへ飛ぶ予定だったが それも延期する必要がでてきた。
 何か 他の仕事も考えなくてはならないが、この不況の中ではなかなか難しい。
 今ある品物を出来るだけ動かす必要がある。
 ブータンのアンティーク布も合わせると、2,3百点、ラオスの布、今回ほとんど
 売れなかったインド刺繍のアンティーク布、シルクサリー、野蚕のシルク布などが
 山のようにある。
 これらを動かさないと動きが取れない。
 こうした手仕事に対する眼は 25年間のインド、ネパール、東南アジアを歩き回る
 ことで養われてきたように思うが、それを生かす場をもう一度探し出す必要がある。
 お金を手に入れないと、次のステップを踏むことがとても困難なことである。
 そんなことをつらつら、考えている。

 中国の杭州で 20世紀初めに織られた織物のチベットタンカを買ってくれないかと
 願っているのだが、そういう伝もなく、簡単なことではない。
 そんな人がいれば、情報をいただけるとありがたいのですが・・・。

 今回の展示会の中で 人の眼をひきつけたものに インドの二大叙事詩のひとつ、
  『ラーマーヤナ』を手描きで描いた絵巻物がある。
 インドで “カラムカリ”と呼ばれている伝統的な描画で 高さが3メートル、幅が
 4メートル近いものだ。
 インドの神様 ラーマの物語を 生き生きと描き出しているものだ。
 20年近く前に仕入れたもので 今もこれだけの仕事が残っているのかどうかは
 わからない。

 色付けには天然素材の色が用いられている。
 インド更紗の伝統的な手法が すべてこの絵巻物の中には 投入されている。
 多くの人に見てもらいたかったが、今回の展示会では人でも少なく、残念なことだった。


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展示会 | 10:17:07 | Trackback(0) | Comments(2)
東京 展示会最終日
東京 展示会最終日 1 東京 展示会最終日 2 東京 展示会最終日 3
 クリックすれば、拡大します。

 6日間があっという間に過ぎてしまった。
 成功というにはあまりに程遠い展示会だったけれど、今の不況の日本では
 こんなものかもしれないとも思う。
 どこかで浦島太郎になっていた自分だったように思う。
 20年前の感じで展示会を開いた自分の甘さがあった。

 それでも私のブログを読んでくださっている方々が、何人も訪れてくださったのは
 大きな収穫、感謝の気持ちでいっぱいです。
 どこかに共感できるものを持った人々でした。


 この前から 織物のチベットタンカのことが気になって、インターネットで
 いろいろ調べているが、どうもはっきりしたことがわからない。
 技法としては ジャガード織りのようであるが、どういう形の織機であったのかは
 わからない。
 日本にジャガードの技法が入ってきたのは 20世紀初頭のことだ。
 京都の西陣あたりでもそれから ジャガード織りの技法が盛んに取り入れられるように
 なっている。

 私がブログで紹介した織物のチベットタンカを織るために使われた中国の織機のことを
 調べているが その詳細な記述を探し出すことが出来ない。
 Weaving Thangkaなどと検索しているが見つからない。
 バンコクのリバーシティというアンティーク物を扱うビルの一つの店によく似たものが
 あるということを聞いて調べてみたが、刺繍のタンカはあったが、織物のタンカは
 見つからなかった。
 綴れ織、刺繍のタンカについては 写真で見ることは出来たが、技法は同じではない。
 こんなことに興味が湧いて、毎日のようにインターネットで調べている。
 ちょっとした知的好奇心からである。
 自分の持っているものの出自はやはり、はっきりさせたいという気もある。

 明日は展示会の片づけだ。
 駄目は駄目でも この1ヶ月間 出来るだけのことはしてきた。
 何か次のステップにつながればと期待するだけである。
 長いトンネルの先には 希望の光があることに望みをつなげよう。


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展示会 | 00:27:13 | Trackback(0) | Comments(0)
『アジアの布展 インド刺繍の世界』のご案内
『アジアの布展 インド刺繍の世界』のご案内 1

『アジアの布展 インド刺繍の世界』のご案内 2 
日程と会場の地図です。
クリックをすれば、大きくなります。

 案内状にありますように 神田小川町にあるギャラリー『TEORIYA』にて
 12月8日から12月13日まで 展示会『アジアの布展 インド刺繍の世界』を
 開催いたします。

 インド ラジャスタン・グジャラート、パキスタンのアンティーク刺繍布、
 刺繍を施したシルクショール、シルクサリー類の展示も行います。
 インドの美しい工芸、手仕事の世界を味わって頂きたいと願っています。

 ** 野蚕のシルク布を使った洋服類、ネパールの手編みのウールセーターも
     用意しました。
     これらの商品に関しては 半額セールで売り出します。**

 インドのバザールのような雰囲気が出せればとも考えています。
 会場では インド ラジャスタンのフォークミュージックも流し、
 お越しの皆様には インド的世界を味わってもらおうと企画しています。

 どうぞ皆様、こぞってお出かけください。


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展示会 | 17:00:00 | Trackback(0) | Comments(8)
東京 展示会5日目
 今回の展示会は 最悪の結果に終わりそうだ。
 売れる 売れないは別にしても 客足がないことには宣伝効果も期待できない。
 日本の染織に対する関心もだんだん薄れていることが、今回の展示会で身にしみて
 わかった。
 この展示会がうまく行けば、次のステップとして、東南アジアからブータンへという
 テーマで 展示会を考えていたが、景気が好転しないことには難しいようである。

 今日は最終日であるが、土曜日であることから、少しは期待したいと思うがどうだろう。
 今回の展示会は ブログで知り合った方、当方のブログを読んでくださっている方が
 いらっしゃってくださり、それで救われたといった感じである。
 ブログ関係の方のご訪問がなければ、もっと最悪の状況になったようだ。

 ご訪問、本当にありがとうございました。本当に助かりました。

 昨日は 中原様、ご訪問ありがとうございました。
 バンコク、カトマンズへのご旅行の際には、又、声を掛けていただければ、
 嬉しく存じます。

 今日は最終日、お暇があれば、皆様お出かけください。


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展示会 | 09:35:28 | Trackback(0) | Comments(4)
東京 展示会 織物のチベットタンカと空引き機
東京 展示会 織物のチベットタンカと空引き機  1
  中国の空引き機 二人一組で織る

東京 展示会 織物のチベットタンカと空引き機  2
  空引き機を使って雲錦織りで織られた布

 展示会で現在展示している織物のチベットタンカは 中国浙江省杭州で20世紀初頭に
 織られたものようだが、使われた機は 二人で織る空引き機のようである。
 織物の技法としては 雲錦の技法が使われているようだ。
 この技法で織る織物が以下に大変なものであるかを 知りたければ、
 次のホームページを読めばわかる。
  http://8031.teacup.com/cszj/shop

 25cm四方の錦織の布を織り上げるのに 2ヶ月近い月日を要するようである。
 この錦織の技法は 中国の歴代の皇帝がその衣服を飾るのに用いられていたようである。
 図柄としては竜の模様が多用されている。
 展示している織物のチベットタンカは それよりももっと精密に織られており、これを
 織り上げるのにどれだけの時間を要したのか考えると 気が遠くなる。

 仏教画を織り上げるということで、衣服とは違った姿勢で織り上げたに違いない。
 細部まで神経が行き届いており、見本の描かれたタンカを忠実に復元しようという
 姿勢がうかがわれる。

 布としての価値、そしてシルク糸で織り上げたタンカという希少性を考えると
 大変な価値のあるもののように思われるが どうなのだろう。

 こういう世界に造詣の深い方にいらしてもらって是非 ご教授願いたいものである。



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展示会 | 10:16:29 | Trackback(0) | Comments(0)
東京 展示会 第4日目 チベットタンカの織物
展示会 第4日目 チベットタンカの織物 1

展示会 第4日目 チベットタンカの織物 2

展示会 第4日目 チベットタンカの織物 3

展示会 第4日目 チベットタンカの織物 4

 今回の展示会で展示するつもりはなかったのだけれど、見たいという方があったので
 布で織られたチベットタンカを展示した。
 このチベットタンカは 浙江省杭州で絹糸を使っておられている。
 このタンカの下の部分に 中華民国浙江省杭州と織り込まれている。
 中華民国は1912年から1949年まで中国本土を中心にした国家であったことから、
 この布タンカは 1912年から49年の間に 描かれたチベットタンカを見本にして、
 チベットからの注文によって織られたもののように思われる。

 浙江省杭州は 昔から絹織物の産地として名高い場所であり、ジャガード織りの
 前身である空引機を用いて織られる雲錦織は 清代の宮廷の衣装にも多く用いられて
 いる。
 その技術を使って 織られた布タンカのようである。
 全面を織り込み、出来るだけ 描かれたチベットタンカを忠実に再現するために
 緻密な集中力を必要とされただろう。
 コンピューターのないこの時代、ここまで図柄を織り込む作業は 神業のように
 思われる。
 4000年前から行われていたという中国の絹織物の集大成が この布タンカの製作には
 つぎ込まれている。

 20世紀初頭にどのくらいの布タンカは織られたのかはわからないが、
 このタンカ以外、私は 見たことがない。
 ブログの知り合いの方がバンコクで見かけたことがあるといわれる。
 しかし、製作の大変さを考えると、多量に織られたものであるとは思われない。

 チベットタンカに興味のある方は、是非ごらんになって頂きたい。
 そして、ご意見を頂ければ、嬉しく思います。

 今日もわざわざ、浜松から私のブログを読んでくださっている方が
 お見えになってくださった。
 感謝、感激です。
 Tumaki様 どうもありがとうございました。

 展示会は あまりよくありませんが、多くの心温まる出会いがあったことは
 何よりも得がたいことでした。

 明日もがんばります。


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展示会 | 00:57:14 | Trackback(0) | Comments(2)
東京 展示会3日目
 昨日は 暖かい上天気であったが、客足は伸びない。
 1日の売り上げは ギャラリーの会場費、案内状、案内状の切手代、その他にも
 満たない有様、ちょっと、あせっている。
 売り上げはともかく、客足が伸びれば、それなりの宣伝になり、次のステップに
 なると思っていたが、それも難しいようだ。

 来てくれたお客様は 展示物の質と量に驚いてくださるが、来てもらわないことには
 そのことが伝わっていかない。
 昨日は 漆塗りをやっていらっしゃる方が、ギャラリーのオーナーが留守ということで
 手伝いに来てくださるが、最近の世相について話すが、お金はあるところにはあるが、
 それを引き出すのは難しいと話になる。
 彼も展示会、注文、委託といった形で 漆塗りの器を自分で作り、販売しているよう
 だが、結構 固定客がいるようである。

 展示会場の前のスキー、スノーボードの店には ひっきりなしに客が出入りしているが
 全く こちらのほうは 閑古鳥である。

 20年間 貯め置いていたインド刺繍のアンティークな展示物、
 インド最高級のシルクサリーも見る人もなく、飾っているだけである。
 展示会の日程も半分を終えたが、あせりは増すばかりであり。

 昨日はブログからのお客様が二人、お見えになった。
 インドのオリッサ州の絣の布、ご主人のためにインドの野蚕シルクのシャツを
 お買い上げくださった。
 サイズは、あったのだろうか。
 ブログでコメントを頂いている西森様もいらっしゃり、奥様のためにやはり インドの
 野蚕シルクのワンピースをお買い上げくださった。
 奥様は 気に入ってくださっただろうか。

 展示会の閉会間際にいらした方は、20年前のブータン展のときにもいらした方で
 そのときのことを憶えていらした。
 工芸ヤクの名前は 忘れていらしたようで、期待もなくただ立ち寄ってくれたようだが、
 来て、展示物の内容に驚いていらしたようである。
 染織の仕事を長く続けておられる方である。
 見る人が見れば、その価値のわかる展示物であるが、来てもらわないことには 
 そのこともわからない。
 後3日 時間のある方は是非いらしてください。
 お待ちしています。



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展示会 | 09:17:01 | Trackback(0) | Comments(2)
東京 展示会2日目
 雨模様の中で展示会の2日目が始まる。
 そのせいか、展示会に訪れる人も少ない。
 それだけでなく、世界金融危機、世の中の不況の影が 展示会にも影響を
 与えているようだ。
 15年前、20年前の過去の展示会に比べても 勢いがない。
 年々、手紡ぎ、手織り、手仕事に関心は 日本の社会から薄れていっているのだろう。
 
 インドの砂漠地方 ラジャスタンやグジャラートのアンティーク刺繍の手仕事の布類は
 かなり水準の高いものだと思っているが、販売となるとなかなか難しい。
 シルクサリー類も 日本ではなかなか見ることの出来ないもので、20年の月日の中で
 集めたものだけれど、なかなか人が集まってこないのは、少し落胆してしまう。
 日本の時代の流れが 私の思っていたものとは変わってきてしまっていることに
 改めて気がつく。

 今日は ブログを読んでくださっている方が 二人お見えになった。
 中国の中華民国時代(1912年から1946年)に チベットからの注文で織られた
 珍しいチベットタンカをわざわざお見えになれた方、鎌倉から2時間かけて、
 野蚕シルクの洋服をお求めになるためにやってこられた方、
 雨の中、ありがとうございました。

 気分転換をして 明日、又、がんばろう。


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展示会 | 00:56:03 | Trackback(0) | Comments(0)
東京 いよいよ 展示会始まる
東京 いよいよ 展示会始まる 1

東京 いよいよ 展示会始まる 2

東京 いよいよ 展示会始まる 3

東京 いよいよ 展示会始まる 4

東京 いよいよ 展示会始まる 5

 昼の12時から始まる展示会のために、朝の10時半に展示会場に入り、こまごました
 最終の準備を始める。

 最初のお客様は ブログ仲間のmario様、ブログで知り合っているだけで、
 お互いに顔見知りではなかったので、ブログという架空の世界から、現実の世界に
 移ってきたような気がしてくる。
 午後1時にいらっしゃるとおっしゃっていらした藤山様もお見えになる。
 展示会の紹介をブログでよく紹介してくださった方である。

 韓国刺繍をなさっているなな様のお友達、1981年前後にカトマンズで海外協力隊の仕事を
 なさっておられたというご夫婦、いつもブログを読んでくださっていると言われる。
 タイとのかかわりの深いピキヌー様、皆様 ご来場ありがとうございました。

 ブログという架空のインターネットのコミュニケーションの世界から、
 現実の出会いが始まるという不思議な体験、とても不思議な心持になっている。
 タイにいても、ネパールにいても、大半はタイ語会話、ネパール語会話の多い生活から 
 日本語の会話の流れの中に入り込んでしまう。
 1年分の日本語会話の世界を堪能したという気持ちにもなる。
 ふだん あまり使っていない脳みその部分が再稼動したといった感じで、
 今日はすっかり、疲れ果て、家に帰ると、眠り込んでしまった。
 そして、午前4時に起きだし、このブログの記事を書いている。

 後5日、残っていますから、皆様のご来場をお待ちしています。
 どんな出会いがあるのか、楽しみにしております。



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展示会 | 05:27:20 | Trackback(0) | Comments(2)
東京 インド刺繍布の展示会の準備‐05 展示会の設営
 ギャラリーのオーナーから鍵を借り、午前11時から 展示会場の設営を始める。
 昨日 搬入したダンボール箱から 展示物を出し、大きいものから順番に展示していく。
 インドのラジャスタン、グジャラートの刺繍のタペストリーを並べ、インド刺繍サリー、
 半額セールのネパールのウールセーター、野蚕シルクの洋服類を並べる。

 並べていくうちにインドのバザールのような雰囲気が出てくる。
 アンティークな刺繍布が 強烈にインド世界を紡ぎだしていく。
 ところ狭しと 展示物であふれている。

 20年前の展示会の様子と同じように 濃厚な空間が生まれてくる。
 整頓された展示会よりも インド的な雑多な雰囲気を大切にしたい。
 そんな中で インドの砂漠のジプシーの歌声、シタール、サーランギーの音楽が
 流れる展示会場、狭い空間の中の小さなインド、皆さん、是非いらしてください。

 夕方の6時過ぎに どうにか形になっていく。
 昨日から 久しぶりに20キロ近い荷を運び、筋肉痛、デリーからラジャスタン
 ラジャスタンのバールメールからジャイプールへと 何十キロものの荷を運んでいた
 頃を思い出す。

 20年も昔に 今、展示している荷を送るために 段ボール箱と白い布を買い、
 そして、太い糸と太い針を買い、荷を詰めた段ボール箱を覆う袋を縫って、
 インドのデリー、カルカッタ、ジャイプールのジェネラル・ポスト・オフィスまで荷を運び、
 日本へと荷を送ったことも昨日のことのようだ。

 展示しているものの一つ一つが インドの思い出と結びついている。
 物は私の手から離れていっても 思い出や関わった人々のことは 消え去っていかない。
 もうあんな時間は 持つことは出来ないだろう。
 若いエネルギーだけが インドでの生活を支えてくれた。


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展示会 | 23:01:51 | Trackback(0) | Comments(0)
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