FC2ブログ
 
■プロフィール

ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

■最近の記事

■Automatic translation WEB site
■最近のコメント
■最近のトラックバック
■月別アーカイブ
■カテゴリー

■FC2カウンター

■あしとも

■ブログ内検索

■RSSフィード
■リンク
■ブロとも申請フォーム
バンコク カトマンズからバンコクへ‐2
バンコク カトマンズからバンコクへ‐2 1

バンコク カトマンズからバンコクへ‐2 2

バンコク カトマンズからバンコクへ‐2 3

バンコク カトマンズからバンコクへ‐2 4

バンコク カトマンズからバンコクへ‐2 5

 歩いても2,3分の距離だが、航空機までのバスに乗り、航空機まで
 いつも見慣れた2百人乗りのボーイング機である。
 座席番号が航空機後方なので 後ろよりに据え付けられたタラップから
 機内に入っていく。
 少し経って 乗客の数を眺めると 定員の半分にも満たず、がらがらである。
 私の座席は28の番号だったが、私の後ろの35の番号まで誰も乗客はいない。
 私のところも3人掛けの席が独り占めである。
 全く快適である。

 少し先にタイ人たちの団体客、私の席の前はネパール人の女の子たちだ。
 少し話をする。
 フィリピンのマニラに医者の勉強に行くということで、彼らの前にも二人のネパールの
 若者が座り込んでおり、男二人、女三人のグループである。
 女の子は カトマンズの先住民族 ネワール族のプラダン・カースト二人と、バウン族、
 男の子のほうは ネワール族のラーズバンダーリとチェットリ族、いずれもネパールの
 高カーストの子弟たちである。
 バンコクの空港内で10時間のトランジット、そしてマニラへと向かう。
 近頃は、マニラの大学にも大勢のネパール人留学生がいると言う。
 昔は 医者の勉強と言えば、バングラディッシュ、インド、お金がもっとあれば、
 イギリスということが多かったが、この頃は安く資格が取れる国へとその範囲が
 拡がっている。
 といっても、財産家の子弟に限られ、バウン族、チェットリ族、ネワール族、
 タカリ族になどの民族が大半で、それ以外の民族には 医者になるチャンスは
 皆無と言ってもよい。

 飛行機が離陸を始めると、10分もしないうちにヒマラヤの山々が見えてきた。
 10月も中旬を過ぎると、ヒマラヤの山々がよく見えるようになる。
 いつもながらの雄大な風景である。

 タイ人の団体客の方に眼を向けるが、このヒマラヤの風景を見ようと、席を移動して
 左の窓際に移って しっかりこの風景を眺めようとするものはいない。
 ちょっと拍子抜けである。
 私の後方には いくらでも席は空いているというのに。

 機内食が出る前あたりから、タイ人の団体旅行者の中に一人だけ混じっていた、
 6,7歳の男児が 機内を運動場のようにして走り回り始める。
 跳んだり跳ねたりの大騒ぎであるが、注意をしようとするものはいない。
 タイでも中産階級の子供たちの躾は出来ていない。
 こんな子供の姿を見ても、注意をする大人はいない。
 バンコクで起こっている首相官邸占拠の中心になっているのも 
 バンコクの中産階級である。
 タイのこの2百年の歴史の中で、利権を一手に手にしてきた人々の身勝手さが
 この子供の行動に象徴されている。
 昔からバンコクに住み着いてきたのは、王族と中国人、
 そしてその後は 中国人と通婚した人々によって、利権を手に入れてきた人々である。
 1980年以降の東北タイ イサンからの出稼ぎの人々は 労働力を提供しているだけで、
 安い賃金で苦しい生活をしている人々で、儲けを昔からのバンコク市民に提供するだけの
 存在である。

 首相官邸を占拠する人たちは 昔から持っている自分たちの利権を護ろうとする
 バンコクの旧支配勢力を代表して、騒いでいるに過ぎない。
 バンコク市内では支持を得ることは出来ても、一歩バンコクの外に出れば、
 状況は一変し、中国系を除けば、支持者を得ることは難しい。
 それだけ、地方住民の声が大きくなっているのだ。

 そんなことを考えながら、うとうとしていると もうバンコク上空にさしかかる。
 飛行機の上から、タイのデルタ地帯を眺めると、その広さからしても 
 食料生産の豊かさを感じる。
 この国では 餓える人はいないだろうと思わせる広大さである。
 このデルタ地帯に住む人々と東北タイ イサンの塩分の多い荒地に住む
 農民の姿の違いはあまりにも大きい。
 このことを理解できなければ、バンコク市民と地方農民との理解は生まれてこない。

 飛行機はスワンナブーム国際空港に無事着陸、午後12時52分、
 イミグレに少し時間がかかったが、荷物も受け取り、急いで空港の外の市内へと向かう
 エアポートバス乗り場へと向かった。


++ブログランキングへの協力をお願いします。++

  ** 忘れないで **
       ↓
日本ブログ村ブログランキングに参加しています。
**面白いと思ったらクリック**
   ブログランキング・にほんブログ村へ

人気ブログランキングに参加しています。
**面白いと思ったらクリック**
  人気ブログランキングへ



スポンサーサイト



徒然なるままに | 11:22:30 | Trackback(0) | Comments(2)
アジアの街角 1枚の写真から‐47 セブンイレブン哀歌
アジアの街角 1枚の写真から‐47 セブンイレブン哀歌

 ここ10年で すっかりタイで定着してしまったコンビニ セブンイレブンだ。
 バンコクなど『犬も歩けば棒に当たる』ではないが、至るところにセブンイレブンが
 あり、この多さは日本の比ではない。
 バンコクの繁華街に行けば、通りのこっちと向こうにセブンイレブンが 
 顔を突き合わせていることもざらだ。

 売っているものはといえば、飲み物、お菓子、軽食、タバコ、酒、日常生活雑貨などが
 狭い店内に 所狭しと 並んでいる。
 このセブンイレブンの林立の影響で、バンコクの主だった通りにあった小さな商店は
 すっかり姿を消してしまった。
 百、2百メートルごとにセブンイレブンが並ぶようでは、小さな個人商店など
 やっていけるものではない。
 それに24時間営業では 到底 便利さからいっても、太刀打ちできるものではない。

 出来た頃は、客に対する応対もきちんと教育されていたようだか、
 この頃では 「ありがとうございました」の声すら聞かないことも多くなった。
 聞くことはあっても、機械がしゃべるような話し方で、仕方なく言っているようにも
 思えてくる。
 タイのセブンイレブンでは 従業員は 24時間を3交代制で働いている。
 正社員であれば、週一日は休みである。
 3交代制といえば、一人当たりの仕事は、8時間ということになるが、引継ぎ、
 商品の搬入などがあれば、10時間以上というのもざらである。
 1、2時間の残業は 残業手当に含まれない。

 狭い店内では休憩する場所もなく、全くの立ちっぱなしである。
 客はひっきりなしでぼんやりしていることなど出来ない。
 かなりの重労働でも 時給 30ルピー、約百円である。
 中卒で正規社員であれば、諸経費を引かれると 月6千から6千5百バーツ
 (約2万円)が精一杯で 交通費など出ない。

 苦労して働いても、バンコクの物価、生活費を考えると、親元がバンコク在住で
 あればともかく、地方からの出身者は大変だ。
 勤務時間中の食事は、米だけは支給され、おかずだけ買ってきて、交代で摂る。

 店のマネージャー助手、マネージャー、地区管理者へと昇進の形もあるが、
 大半は高卒、高卒より大卒にチャンスがあり、中卒にはチャンスは限られている。
 同じ仕事をしていても給料には 中卒、高卒、大卒で差がある。

 安い給料、きつい仕事ということであれば、中卒での従業員の入れ替わりも激しい。
 1年、2年と勤めているうちに 高卒、大卒(二流大学)の同僚は昇進していくのに
 中卒の昇進はなく、いつまで経っても同じ仕事のままである。
 儲かっているのは経営者だけだ。

 諦めて、別の仕事を探しても 結局あるのは 同じような条件の外食産業だけだ。
 仕事を辞め、簡単にお金を手にしようとするものは、薬物などの違法犯罪に 手を
 染めていくことになる。

 バンコクに行って、セブンイレブンに行く機会があれば、従業員たちが、こんな条件の
 中で、仕事をしていることを 頭の片隅に置いていれば、多少の無愛想も許せるかも
 しれない。


++ブログランキングへの協力をお願いします。++

  ** 忘れないで **
       ↓
日本ブログ村ブログランキングに参加しています。
**面白いと思ったらクリック**
   ブログランキング・にほんブログ村へ

人気ブログランキングに参加しています。
**面白いと思ったらクリック**
  人気ブログランキングへ



アジアの街角 1枚の写真から | 00:40:47 | Trackback(0) | Comments(0)