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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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カトマンズ アガサ・クリスティ ~ 『五匹の子豚』 から
カトマンズ アガサ・クリスティ 1

カトマンズ アガサ・クリスティ 2

カトマンズ アガサ・クリスティ 3

カトマンズ アガサ・クリスティ 4

カトマンズ アガサ・クリスティ 5

カトマンズ アガサ・クリスティ 6

 アガサ・クリスティは 昔から好きな探偵作家で 暇があれば、蔵書の中から
 選び出しては読んでいる。
 つい最近も何冊か読み、その中で『五匹の子豚』の中に出てくる家庭教師の言葉に
 なるほどと思ってしまった。

 ここに引用すると

 ~ たくさんの子供が、いいえ大部分の子供は、両親が世話をやきすぎるために
  いい影響をうけていないのです。あまり子供をかわいがりすぎて、世話をやきすぎるのです。
  それが こどもにとってはうるさく感じられるため、それからのがれようということばかり
  考えるようになります。
   これはひとりっ子の場合に例が多く、もちろん母親がいちばんの責任者です。
  この子供に対する偏愛の結果、結婚生活に破綻をきたすことも少なくないのです。
  いわば、主人がかまわれないために、慰安を外に求めるようになるのです。

  なんといっても、子供にもっともいいのは、親が愛しながら、必要以上にかまわないという
  “健全な なおざり”を実行することだと思います。
  こういうことは、子供がたくさんいる貧乏な家庭に自然に行われていることです。
  母親はあまり忙しくてかまっている暇がないのです。
  子供のほうは、母親が自分たちを愛してく れていることはじゅうぶん承知していながら
  よけいに世話をやかれないことが嬉しいのです。 ~

   - アガサ・クリスティ 『五匹の子豚』 訳 桑原千恵子 ハヤカワ文庫より -

 
 これを読んで、カトマンズの庶民といわれる貧しい家庭の子どもたち、中流家庭以上の
 子供たち、そして、4,50年前の日本の子供たち、今の日本の子供たちの姿が
 浮かんできた。
 カトマンズの貧しい庶民たちの子供たちは 親の制限をそれほど受けることもなく、
 学校が終われば、自由に遊びまわり、暗くなり、お腹が空くと家に帰っていくという
 生活を繰り返している。
 一方、中流以上の家庭の子供たちは、私立学校、寄宿舎制の学校に通い、
 絶えず大人に監視されている生活の中にいる。
 確かにその大人の監視から逃れようとしていることも確かである。
 ぐれる子供たちはこうした家庭の子供が多い。
 あまりに多くのことを親や周りの大人から期待され、期待に応えられず、
 押しつぶされてしまうこともある。

 ”健全ななおざり“の中で 庶民の子供たちは 生活力、たくましさを身につけていく。
 親による友達の選り好みもないから、多様な人間関係を結ぶことも出来る。
 原っぱで知り合えば、皆、友達なのである。
 こうしてたくましく育った子供たちは 可能性があれば、どんなことでも選んでいく。
 ここ10年以上、ネパールの外国への出稼ぎは増大している。
 中流以上の家庭では、出稼ぎは アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリア、日本なら、
 世間体がよいし、お金を稼げる。
 マレーシアや中東は 稼ぎも少ないし、自分たちのステータスには合っていないと感じ、
 避ける傾向がある。

 貧しい庶民の家庭の子供たちは そうではない。
 生活向上の可能性があれば、どんなチャンスでも掴もうとする。
 ネパールからコネの世界がなくなれば、実力の世界になる。
 そんなときに力を発揮するのは、彼らであることを期待したい。


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徒然なるままに | 16:41:15 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク カトマンズからバンコクへ‐1
バンコク カトマンズからバンコクへ‐1 1

バンコク カトマンズからバンコクへ‐1 2

バンコク カトマンズからバンコクへ‐1 3

バンコク カトマンズからバンコクへ‐1 4

 午前1時に寝付いたのはいいが、うとうとするばかりで4時前には起きてしまった。
 目覚ましは午前5時にかけておいたのだが、寝過ごしてしまうのは怖い。
 残っていた片付け、野菜の始末、残っていたご飯は おにぎりにして、空港の中での
 朝ごはん用に、そんなことをしているうちに午前6時、パッキングしていたバッグ、
 畿内持込用のリュックを背負って、通りへと出る。
 
 朝の仕事始めのタクシーに出会うが、空港まで4百ルピーを吹っかけてくる。
 2百ルピーで交渉するが、交渉不成立。

 バウン族の雑貨屋はもう店を開けている。
 このあたりでは、店を開けるのが一番早い。
 この店の前の椅子で一休み、店主と話をしながら、タクシーを待つ。
 次にタクシーが来たら、店主が交渉してくれると言うので、任せる。
 上限は250ルピーとした。

 ここ2,3年でタクシー料金は上がる一方である。
 3年前は 空港まで、百ルピー、2年前は150ルピー、今年の初めには2百ルピー、
 今回は バウン族の店主の交渉で250ルピー、石油と物価の値上がりの影響は大きい。

 乗ったタクシーの運転手は カトマンズ近郊のカブレ県からやってきている24歳の
 タマン族の若者、結婚はしており、3歳の娘がいるという。
 そんな世間話をしながら、15分でトリブバン国際空港に到着。
 空港入り口は込んではいない。
 空港に入ってすぐのところで、荷のチェック、空港税1695ルピーを支払い、
 レシートを持って、ネパール空港のチェックイン・カウンターへ ここも混んでいない。 
 カウンターの職員に訊くと 今日は混んでいないと言う。
 それではと思い、左側の窓際の席を要望、いつもは通路側を頼むが、
 この時期にはよくヒマラヤが顔を見せる。

 イミグレも簡単に通過して、待合室に、日本人の姿は一人も見かけず、中国人、
 韓国人、タイ人、ネパール人、そして、ヨーロッパの旅行者ばかりだ。
 タイ人は20人ぐらいのグループ旅行でやってきている。
 タイ航空は料金が高いので、ネパール航空を利用しているのだろう。
 ダサインの祭りは 海外で働く出稼ぎ労働者が帰ってくる時期で、
 ダサインの祭りの最中の今日、海外へ向かう出稼ぎ労働者の姿はない。
 再び、彼らが海外へと向かうのは ダサインの祭り終了後だ。

 バンコクへと向かう日本人に出会えば、話をして時間でもつぶそうと思ったが、
 一人もいないようだ。

 空港内の飲み物はやたら高く、プラスティックのコップに入った不味いミルクティでも60ルピー、
 街の路上のミルクティが5ルピーであるから、その12倍の値段である。
 馬鹿馬鹿しくて飲む気にもなれない。

 午前7時には登場口待合室へのチェックが始まる。
 このときにいつもライターを取られてしまうので、取られてもいいような使用済み寸前の
 ライターを用意していくが、日本のパスポートを見せると機内持込用のバックも
 チェックせず、そのまま通過である。

 ここでもやることはなく、近くのネパール人と話す。
 オーストラリアへ2年間の予定で留学すると言う。
 チェットリ族の若者で、親がビジネスでお金を儲けたから、そのお金で留学すると言う。
 なんとも頼りない雰囲気の若者だった。

 午前8時に航空機への搭乗が始まる。
 時間通りに飛びそうである。
 航空機に向かうバスに乗り込む。


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徒然なるままに | 12:55:44 | Trackback(0) | Comments(0)
アジアの街角 1枚の写真から‐46 栄光
アジアの街角 1枚の写真から‐46 栄光

 世界中にまだ 北京オリンピックの余韻が残っている頃だった。
 近頃のように様々な出来事が次々と起こると、2ヶ月前のオリンピックも
 はるか昔のように感じられてしまう。

 インターネット料金の支払いのために ラーマ1世通りに出て、
 スーパーマーケット ロータスに行きかけると、道端に大勢の人たちがあふれている。
 パトカーのサイレンが鳴り響いているので、王族関係者の行幸かと思ったが、
 それにしては、警備の体勢ではない。
 近くにいたタイ人に訊くと 北京オリンピックで金メダルを取ったボクシングの選手の
 祝賀会のパレードで、今から、国立競技場脇の室内競技場に入っていくところだと云う。

 タイのテレビのスウィッチをひねると、メダル獲得者のことが、報道されている。
 タイは ボクシングで金と銀、女子重量挙げで金、女子テコンドーで銀を獲得した。
 タイでは 金メダルを取ると、国と企業から1500万バーツ、
 銀メダルだと1000万が贈られるということだ。
 その後のテレビ出演、広告などを加えると 手にするお金はそれ以上だ。
 日本の貨幣価値からすれば、1億円以上の計算になる。
 タイの庶民がこれだけのお金を手に入れようとすれば、宝くじでも当てるより方法は
 ない。
 タイの中学での若者の給料が、6,7千バーツであることを考えれば、
 メダルを取ることは 現代のシンデレラ物語である。
 中国でも、韓国でもこんなケースはよくあるものなのだろう。

 能力が拮抗していれば、勝ってメダルを取るという動機付けは、こうしたシンデレラ
 物語は 大きな支えになるだろうし、勝ちにもつながるものだろう。
 国のためというより、自分の未来をかけてオリンピックに参加しているのだ。

 1964年 日本で 東京オリンピックが 開催された。
 このオリンピックで体操、バレーボール、柔道、レスリング、重量挙げなどの競技で
 多くのメダルを取ることができた。
 その当時の選手は 国のためという気持ちのほうが強く、報奨金など期待も
 していなかっただろう。
 ただひたすら、国家の名誉のためという意識の方が強かったのだろう。
 オリンピックに参加しているものも、観戦している国民も同じ気持ちだっただろう。

 あれから、44年の月日が流れ、北京オリンピックが開催された。
 日本選手の意識も国のためというより、自分のため、自分を支えてくれた人のためと
 いう意識の方が強いのだろう。
 日本という国のために頑張れといわれても、ぴんとこないのも事実だろう。
 金メダルを取っても、名誉は得ることは出来、名を残すことが出来たとしても、
 後の生活に対する保証がなければ、勝つという動機付け、意志には大きく影響を
 与えていくだろう。
 今回のオリンピックを見ていてもそんなことを強く感じてしまった。
 精神主義だけではどうしようもない時代になっているのである。

 今の日本では オリンピックは 国家意識の高揚の役割を果たさなくなっている。
 そういった部分がなくなっただけでも、日本にとっては よいことなのかもしれない。
 その方が参加する選手にとっても 精神的負担は少ないだろう。
 時代が変わっているのと同じように、オリンピックの意味も日本人とっては
 変わってきている。

 他の国とっては、どうかは知らないが、日本にとっては
 『オリンピックは参加することに意味がある』
 それで充分な気がする。


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アジアの街角 1枚の写真から | 00:33:31 | Trackback(0) | Comments(0)