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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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カトマンズ 金子光晴を読む
カトマンズ 金子光晴を読む 1   カトマンズ 金子光晴を読む 2   カトマンズ 金子光晴を読む 3

 計画停電の電気待ちの時間、寝る前のひと時、詩人 金子光晴氏の旅行記
 『どくろ杯』『西ひがし』『ねむれ巴里』の三部作と『マレー蘭印紀行』を読み返して
 いた。
 この本は25年前からカトマンズに置いてある本で何かにつけて何度も読んだ本で
 あるが、読むたびに新しい発見があって興味深い本である。

 さすが詩人であるだけに 文章の表現力も素晴らしく、東南アジア マレーシア、
 シンガポール、スマトラあたりの描写は ねっとりと熱帯の空気が纏わりついてくる
 ような雰囲気を持っている名文である。

 一番感銘を受けるのは 彼の持つ飽くことのない好奇心と、旅費を稼ぐために
 ジャングルの奥地へと向かう行動力である。
 そして、そこで眼にしたものを的確に表現していく力には圧倒されてしまう。
 詩人の研ぎ澄まされた視線は 正確に 当時の東南アジアに住む日本人の姿、
 中国人、現地人の姿を捉える。

 これ以上の旅行記を書いた日本人は いまだかつていない。
 旅行記三部作に登場する日本人たちも 個性的で生命力にあふれている。
 時代が 人間の生き方を創り上げていくというのが真実であれば、今の日本人旅行者も
 時代によって造られたものだろう。

 25年間に初めてバンコクを訪れた頃は、金子光晴の眼にしたアジアの片鱗があった。
 どうしようもなくけだるい雰囲気、法などあっても十分に機能していない、成り行任せの
 バンコクの姿だった。
 悪も善も混然とした世界の中で 人々はそれぞれの生活を謳歌していた。
 近代化した日本の社会から見れば、腐りかけた果実のような魅力にあふれていた。
 そこには 皆がそれぞれの生き方を認め合うという優しさもあった。
 それは 今のバンコクでは失われつつあるものだ。

 金子光晴の旅行記を読んでいると、そんな昔のバンコクの混然とした世界が
 思い起されてくる。
 それは同時に 世界がこの2,30年の間にあまりに変化してしまったことを
 思い起こさせる。人間も然りだ。
 一般大衆にとっては、どちらの時代が幸福だったのか、自由だったのか、
 考えさせられてしまう。

 お互いがお互いを干渉しあうことで 人々は自由から遠ざかって行っている。
 かといって、助け合いの社会があるわけでもない。
 怖い世界である。
 つまらない理屈ばかりがはびこり、人の心が読めなくなる。
 人の心が読めなくなれば、優しさもなくなる。
 世界は 息苦しくなるばかりである。
 それが爆発して 予想しなかったような犯罪が生まれてくる。
 こんな世界を本当に人々は 望んでいたのだろうか。


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徒然なるままに | 18:42:50 | Trackback(0) | Comments(0)
カトマンズ 明日は バンコクへ
カトマンズ 明日は バンコクへ  1

カトマンズ 明日は バンコクへ  2

カトマンズ 明日は バンコクへ  3

 今日は ダサインの祭りの中の ダサミ・ティカの日である。
 目上の親戚の家に出かけ、年上の人からティカをおでこにつけてもらい、
 日頃のつながりを確かめ合うのである。
 ダサインのために買ったり、買ってもらったりした新しい衣服を見につけ、
 皆、目上の親戚の家へと出かけていく。
 ダサインの祭りは ヒンズー教徒の祭りであることから、バウン族、チェットリ族に
 とって、互いの絆を確かめ合う重要な祭りであるが、長い240年以上のゴルカ王朝も
 国家的行事として祝ったことから、他の民族も形だけは祝うようになっている。

 旅行者にとってはあまり縁のない行事で、ダサインの祭りも、店、官庁、レストランが
 閉まるばかりでむしろ迷惑なものである。
 ティカの始まりの今日などは、大半の店は閉店だ。

 そんなダサインの最中 明日はバンコクへと旅立つ。
 問題の多いネパール航空も明日は飛ぶらしい。
 バンコクへの航空チケットを買った旅行社とネパール航空本社へ問い合わせる。
 予定通りという話である。
 今は2機の国際便用の飛行機があり、ここ3回ばかり利用したネパール航空だが
 予定通りに飛んでいるというのは、奇跡としか言い様がない。

 フライト時間は 午前8時30分、チェックインは 午前6時30分、朝の6時には
 家を出なくてはならない。
 目覚ましをかけて、朝の5時には起きなくては。

 今回のネパール滞在はいつもよりは短い期間だったせいか、よく動き回り、
 少々疲れてしまった。
 ダサインを迎えて、街中が混雑し、自転車も利用できず、ほとんど歩きのカトマンズだった。
 歩く速さでのんびりと街や人を眺めることで、見えてくるものが多かった。
 次のカトマンズ訪問は いつになることか、お金の都合がつけば、4ヵ月後には再び、
 やって来たいと思っているが、どうなることやら。
 そのときは、もっと違ったカトマンズの姿を、報告できるのではと思っている。


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徒然なるままに | 11:21:54 | Trackback(0) | Comments(0)
アジアの街角 1枚の写真から‐45 迷路に向かって
アジアの街角 1枚の写真から‐41 迷路に向かって

 カトマンズの街の中には、迷路のように錯綜した路地がある。
 その路地がどこにつながっているのかを知っているのは、
 カトマンズの先住民族のネワール族だけだろう。
 自らの王国 マッラ王国を ゴルカから征服者 プリティビ・ナラヤン・サハに
 奪われてから240年、自らの生活を隠し、護るために 迷路のような街づくりを
 したのかもしれない。

 主要な通りから脇に入っていく路地は、旅行者にとっては別の世界を予測させ、
 魅力的なものだ。
 この路地に入っていくと、ネワール族の生活の場につながり、
 大通りの喧騒は 嘘のようになる。

 カトマンズのネワール族の王宮のあるハヌマンドカと中心として、
 カトマンズの街には様々の迷路が錯綜している。
 迷路の中に迷い込むと、突然広場に出会うこともある。
 そこはネワール族の仏教徒カースト サッキャ・カーストの集落であったりするし、
 ネワール族の農民カースト マハルザンの集落であったりする。
 広場では老人たちがのんびり話しこんでいたり、子供たちが遊び戯れていたりする。
 表通りからは 覗うことの出来ないネワール族ののどかな日常を 垣間見ることも出来る。
 旅が楽しくなるのは そんな瞬間である。

 カトマンズに古くから住むネワール族の生活を見たいなら、迷路の中を
 彷徨ってみなくてはならない。
 異国を理解することは、そんなかかわりの中から生まれてくるものだ。


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アジアの街角 1枚の写真から | 00:34:09 | Trackback(0) | Comments(0)