FC2ブログ
 
■プロフィール

ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

■最近の記事

■Automatic translation WEB site
■最近のコメント
■最近のトラックバック
■月別アーカイブ
■カテゴリー

■FC2カウンター

■あしとも

■ブログ内検索

■RSSフィード
■リンク
■ブロとも申請フォーム
カトマンズ 路上の視野
カトマンズ 路上の視野 1

カトマンズ 路上の視野 2

カトマンズ 路上の視野 3

カトマンズ 路上の視野 4

カトマンズ 路上の視野 5

カトマンズ 路上の視野 6

 カトマンズ滞在もあと何日は残すだけになった。
 計画停電、水不足、雨、インドラ・ザットラ、ダサインの祭りと息つく暇も
 ないような今回の滞在だった。
 私のように歩くことを基本にしている人間にとっては、1ヶ月という滞在期間は
 瞬く間に過ぎ去ってしまう。

 私がカトマンズにやって来て、最も心惹かれるものは、路上を生活の場をして
 生活している世間から忘れ去られている人々の姿である。
 政治の表舞台で生きる人々は 絶えず、世間の注目を浴び、話題を集める。
 ネパールでは 路上に生き、細々とした小さな商いで わずかばかりの収入を得て
 生計を立て生活してきた人々には 政治の力は及ばない。

 社会の底辺で生きる人々に目を向けることなく、政治を語っても意味のないことだと
 私は思っている。
 ネパールの政治は この240年間に渡って、強者のための政治であって、
 弱者のための政治であったことはない。
 今もそうである。
 ネパール政治の裏話を耳にしても、又かと思う程度で 週刊誌程度もので 
 興味は 湧いてこない。
 政治は 政治屋とその蜜に群がるジャーナリストに任せておけばいいとすら思えてくる。

 路上で生き抜く人たちには どんな政治の中でも 生き抜いていく雑草のような
 たくましさと生命力がある。
 今回の滞在では、こんな市井に生きる人々の姿を見つめてみたかった。

 今年で25年目に入るネパールとのかかわりであるが、この25年のかかわりの中で
 感じ取ってきたネパールの底辺を流れる生活のエッセンスのようなものが
 伝えられたらと思い、ブログに励んでいる。
 それが 25年間のかかわりの恩返しだとも思っている。
 カトマンズの人々の生活の光の当たらない場所に 光を与え、カトマンズの
 見えにくい部分が少しでも日本の人々に伝わっていけばと願っている。

 人間というものは ネパールにしても タイ、インドにしても どの階層の人と
 出会うかによって、その国の印象を作り上げてしまうものだ。
 私がいつも行く雑貨屋の井戸端会議の参加者たちの大半は 土地持ち、家持であり、
 ある程度収入のある人たちで ネパールでは中流以上の人たちだ。
 バウン族、チェットリ族、ネワール族の人たちが主で、政治には興味を持っている
 人たちで、何かにつけて議論を戦わしている。

 3階、4階建ての家屋を持ち、最上階に住み、他の階は 賃貸していたり、
 1階部分には店舗を何軒か持ち、かなり豊かな人たちだ。
 この井戸端会議には 狭い部屋を間借りして住んでいる人たちには無縁のもので、
 マガール族、タルー族、ライ族、タマン族、南ネパールのタライ地方からのインド系
 住民など地方からの出稼ぎ、あるいは地方で食べることが出来ずカトマンズにやって
 来た人々にとっては 生活に追われ、政治に関心を持つ暇などない。

 いくら政治、政治と言ってもその利益に預かっているのは カトマンズに住み着いた
 バウン族、チェットリ族、先住民のネワール族の土地持ちか高カーストの人ばかりで
 あることを 間借生活の人たちは知っている。

 彼らの持つ家屋に間借りして住む人たちと彼らの生活の違いはいやと言うほど
 身にしみている。
 こういう貧しい間借り暮らしの人たちは 口を閉じ、政治的な信条を口に出さない。

 私が興味を持って、見つめたい人々はこういう人々の生活である。
 ネパールでは カトマンズを離れれば、大半の人たちは貧しい。
 そこで生活できずに、カトマンズにやって来た人は それにも増して貧しい。

 いくら政治を熱く語っても、路上で生活し、ぎりぎりでその糧を稼いでいる人に
 眼が向かなければ、政治は意味を持たない。
 ネパールでは 貧しい者たちの政治は行われたためしはない。
 政治の形が変わるたびに その中枢に群がる人間を富ませてきただけである。
 一部の民族だけが その恩恵を受けてきた社会なのである。
 だから、私は出来るだけ 路上を歩き回り、路上に這いつくように生活する人たちを
 見つめて生きたい。


++ブログランキングへの協力をお願いします。++

  ** 忘れないで **
       ↓
日本ブログ村ブログランキングに参加しています。
**面白いと思ったらクリック**
   ブログランキング・にほんブログ村へ

人気ブログランキングに参加しています。
**面白いと思ったらクリック**
  人気ブログランキングへ



スポンサーサイト



徒然なるままに | 20:23:56 | Trackback(0) | Comments(0)
カトマンズ スラムから集落へ‐2
カトマンズ スラムから集落へ‐2 1

カトマンズ スラムから集落へ‐2 2

カトマンズ スラムから集落へ‐2 3

カトマンズ スラムから集落へ‐2 4

カトマンズ スラムから集落へ‐2 5

カトマンズ スラムから集落へ‐2 6

カトマンズ スラムから集落へ‐2 7

カトマンズ スラムから集落へ‐2 8

 カトマンズのバグマティ川に沿って、いくつかのスクンバシと呼ばれる密集した
 スラムがある。
 ここ1年半の間で出来たスラムは カトマンズとパタンに架かるバグマティ橋の袂に
 拡がるスラムとバルクーと呼ばれる地域のバグマティ側沿いに広がるスラムだ。

 何年か前に出来て 建物もいつの間にかレンガ造りや木造の建物に変わり、
 集落らしい体裁を整えているものもある。

 どれも国の土地である河川敷に違法に住み着いたものであることには変わりない。

 これらのいくつかのスラムやスラムから形を変えた集落を見ながら、
 複雑な思いに駆られることもある。

 カトマンズから遠く離れた山の人たちが 村を逃げるようにして カトマンズに
 やって来ても 高い間借り住まいでしか住居を得ることしか出来ない。
 それに耐えられなくなった人々が、こうしたバグマティ川の河川敷にバラックを
 建て住み始める。
 間借り住まいであれば、6畳1部屋の家賃が千ルピーから2千ルピーほどかかる。
 スラムにバラックを建てて住めば、その分 節約できる。
 ビニール張りのバラックを建てる費用は 5千ルピーもかからない。
 人目さえ気にしなければ、安上がりであることも確かである。

 水も電気もない生活であるが、彼らにとっては、村での生活とは変わりはない。
 電気はなく、水といえば何キロも歩いて水場まで通うという生活は 山の中の村では
 当たり前のことである。
 スラムに住んでいても 近くの共同水場へ行けば、水は手に入る。
 スラムに住む人々にとっては、山の村に住むことも、不便なスラムに住むことも 
 さほど変わりないことである。

 又、インド人やネパール人のカーストの低い人間は 水場を一緒に使うと水が穢れると
 いうことから、部屋を貸さない大家もいる。

 生活苦からスラムに住み始める人もいれば、そうでない人もいる。
 カトマンズ盆地の中の土地は この人口増加の中でうなぎ上りである。
 不動産投資は お金儲けの手っ取り早い手段になっている。
 カトマンズの外からやって来た人間が 土地と建物を手に入れることは至難の技で
 手に入れることが出来る人間といえば、違法なビジネスでお金を稼いだ人間か、
 賄賂、不正によって蓄財を果たした政治家ぐらいのものだろうと言われている。

 村からカトマンズに出てきたお金も土地も持たない人にとっては、河川敷のスラムに
 住み着くことは、土地を手に入れる唯一のチャンスでもある。
 そんなふうにして土地を手に入れ、バラックの家からレンガ造りの家と建て替えた
 人間も多くいるのだ。
 それが今では スラムから集落へと変貌している。
 いつ何時、政府から追い立てを食らうかもしれないという不安に駆られながらも
 もしかしたらという思いを描いているのである。

 ちょっと頭の働く人間は カトマンズに家を持っていても、ここに住み着き、
 土地をうまく手に入れようとする人間もいる。
 早々とレンガ造り、セメントブロック造りの家を建てる人間も出てきている。
 どこかに早い者勝ちという姿もないではない。

 バグマティ橋の袂のスラムもバルクーのスラムも 制憲議会選挙のどさくさの最中に
 形成されていった。
 貧しいものの味方、マオイストが政権を取れば、ひどいこともしないだろうという
 期待からだ。
 その予測が当たるのか、当たらないのかはわからない。
 今のところ、不安定な政権の中にいるマオイストは 静観を決め込んでいるようだ。

 二つのスラムのうち、バグマティ橋の袂のスラムは 学校を作り、住民組織を作り、
 既成事実を積み重ねている。
 バルクーにあるスラムでは いつでも追いたてを食らっての困らないように、1年前と
 同じ姿のままである。
 追い立てのときの被害を最低限食い止めるためである。

 お金のある人間は 1千万ルピー(千5百万円)の建売住宅を買い、
 貧しいものたちは洪水の危険はあっても、河川敷に住み着こうとする。
 カトマンズでは 凄い勢いで貧富の差が拡がっている。
 目を覆いたくなるようなカトマンズの現実である。



++ブログランキングへの協力をお願いします。++

  ** 忘れないで **
       ↓
日本ブログ村ブログランキングに参加しています。
**面白いと思ったらクリック**
   ブログランキング・にほんブログ村へ

人気ブログランキングに参加しています。
**面白いと思ったらクリック**
  人気ブログランキングへ



カトマンズ バグマティ川の辺にて | 10:44:26 | Trackback(0) | Comments(4)
アジアの街角 1枚の写真から‐44 おしゃれ
アジアの街角 1枚の写真から‐44 おしゃれ

 バンコクのチャオプラヤ川の川向こうには、20年の間、時間が止まっていたのでは
 と思われるような美容室がある。
 バンコクでもサイアム・スクウェアーあたりにある日本と同じような洒落た美容室とは
 似ても似つかない。
 エアーコンディションもなく、天井に取り付けられた扇風機が回っているだけだ。

 20年以上のバンコクでは若い女の子たちの着ているものといえば、
 大き目のTシャツとジーンズというのがほとんどだった。
 今のように肌を露出させることもなかった。
 男だって、今のようにネクタイに背広という姿でもなかった。
 水浴びのあとには、サルメチール入りの白い粉を顔に塗りつけている女の子も
 よく見かけた。
 まだTシャツにタイ風巻きスカートを身に着けた女の子も多かった。
 ファッションとはまだまだ程遠い世界だった。
 田舎から出稼ぎに出てきた女の子、スラムに住む女の子が安心して利用した美容室は
 トンブリ地区にあるような美容室であり、おしゃれのためというより、
 髪を切ってもらうためのものだったのだろう。

 それがここ20年の月日の流れとともに変わってしまった。
 テレビ番組といえば、中流階級上を舞台にしたドラマ、音楽番組もアメリカ・
 ヨーロッパ風のファッションを身に着けたシンガーが視聴者を刺激している。
 同じファッションを身に着けたい、同じ生活をしたい、女の子たちはそれを
 夢見るようになる。
 昔は 身体を売ることは、生活のためだった。
 それが今では、遊びのためのお金がほしいというだけで、
 身体を売るようになっている。
 日本と同じだ。
 中学生、高校生がディスコや風俗店に行って、身体を売る。
 そのあまりのひどさに タイ政府は、お酒を出す店では、身分証明書の提示を
 義務付けたぐらいだ。
 タイの経済成長が何をもたらしたのか、日本の経済成長が何をもたらしたのか、
 人間の幸福とは何か、そんなことが問われることなく、ただ闇雲に突き進んできた
 結果だ。

 そんな世界と無縁の美容室、古めかしい設備に 木造の飾りのない店、何一つ
 奇をてらうものは置かれていない。
 人間のおしゃれなどこの程度で充分でないかと思えてくる。
 見苦しくないように身を整える。
 アジアのおしゃれの基本はそこにあったような気がする。
 アメリカ化、ヨーロッパ化されればされるほど、アジアの心は失われ、
 アジアの人々の美しさ、清楚さは失われていく。
 そして、伝統・文化も失われ、自分を見失ってしまう。


++ブログランキングへの協力をお願いします。++

  ** 忘れないで **
       ↓
日本ブログ村ブログランキングに参加しています。
**面白いと思ったらクリック**
   ブログランキング・にほんブログ村へ

人気ブログランキングに参加しています。
**面白いと思ったらクリック**
  人気ブログランキングへ




アジアの街角 1枚の写真から | 00:14:23 | Trackback(0) | Comments(0)