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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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カトマンズ ダサインの風景‐3 賭け事
カトマンズ ダサインの風景‐3 賭け事 1

カトマンズ ダサインの風景‐3 賭け事 2

カトマンズ ダサインの風景‐3 賭け事 3

カトマンズ ダサインの風景‐3 賭け事 4

カトマンズ ダサインの風景‐3 賭け事 5

 ネパール人は本来賭博好きの国民である。
 法律では賭博を禁止しているが、ダサインの祭り、そのあとに始まるティハールの
 祭りの間は、賭博は許可される。
 といっても、こうした祭りの日以外でも、皆 結構普段から、隠れてトランプ賭博など
 に興じており、賭博で身上をつぶしたなどという話もよく聞く。

 祭りの間は、路上でもよく賭博が開かれている。
 6種類の図柄の描かれたビニールなどを置き、その図柄の上にお金が置かれている。
 ラングルブルザと呼ばれる6面に異なった図柄が描かれたさいころのようなものを
 6個使う。
 ビニールの上に描かれた図柄の上に各自お金を置き、さいころを転がし、
 6個のさいころのうち、自分の賭けた図柄が二つ以上出れば、勝ったことになる。
 二つ出れば2倍、三つ出れば3倍のお金が戻って来、最大6倍までだ。
 遊び方は、全く単純である。

 路上のいたるところで 朝から晩まで、子供から大人まで、この遊びに興じている。
 どっちにしても勧進元が儲かるように出来ているのだろう。
 中には 賭け事に熱中しすぎて 1年間、汗水たらして貯めたお金を 村には持って帰らず、
 賭け事ですってしまい、村に帰れなくなる出稼ぎの若者もいることだろう。
 あまり、後先を考えないネパール人だから、あり得る話である。

 余っているお金を使って消費し、それを神様に捧げるという意味合いもあるようだから、
 ダサイン、ティハールの間は、特別に許されるのだろう。

 政府とマオイストの内戦中、マオイストの支配地域では、酒、賭け事は 厳しく禁止
 されたようだが、マオイスト主導の新しい政府も この賭け事には 今のところ、
 制限を設けていない。
 インドラ・ザットラ、ダサインに対する政府の援助を年間予算から削減したが、
 一部の人間から、猛烈な反対に合うと、あっさり予算を復活してしまった。
 マオイスト主導の政府といっても、国会の議席数の3分の1の議席しか持たず、
 連立でしか政権を維持できない弱みがあるのだろうが、国民を充分に説得するという
 努力をしているようには思えない。

 マオイストの党首であり、国の首相であるプラチャンダも 外遊に忙しく、
 内政には 充分目を向けていないようだ。
 娘を比例代表制で国会議員にし、今回のアメリカ外遊でも、息子を連れて行き、
 行き過ぎた家族優先主義に非難が集中している。
 これでは、国民会議派政党の前首相 ギリジャ・コイララと同じだという落胆の声も
 大きい。
 アメリカでも豪遊に近い費用を使い、これが人民の側に立つ人間かと、
 マオイスト内部でも問題視され始めている。
 どうもネパール人は 権力を手に入れると 押しなべて 質素、倹約の精神は
 どこかへ行ってしまう。
 マオイストの頭首であっても同じことらしい。
 山の人が、贅沢の味を知ると どうも歯止めがなくなるらしい。
 賭け事の味を知るのと同じことである。


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カトマンズ 街の風景 | 18:14:27 | Trackback(0) | Comments(0)
カトマンズ もう1つのスラム
カトマンズ もう1つのスラム 1

カトマンズ もう1つのスラム 2

カトマンズ もう1つのスラム 3

カトマンズ もう1つのスラム 4

カトマンズ もう1つのスラム 5

カトマンズ もう1つのスラム 6

カトマンズ もう1つのスラム 7

カトマンズ もう1つのスラム 8

 カトマンズのバグマティ川の辺には ビニールと竹で作ったバラックの建ち並ぶ
 スラムが2ヶ所ある。
 1つは カトマンズとパタンに架かるバグマティ橋のたもとに広がるスラムと
 もう1つは もっと下流のバルクー近くにあるカトマンズで最も大きなスラムである。
 世帯数は 400世帯以上だろう。
 1年前のダサインの祭りの時には もう出来上がっていたから、1年半以上も前から
 人々は住みつき始めたのだろう。
 
 スラムの中は、やっと雨漏りが防げる程度のもので、8ヶ月前に訪れた時から
 ほとんど同じ姿のままである。
 狭い通路が 迷路のように錯綜していて、行き交うことも難しいくらいだ。
 電気もなければ、水道もないという最悪の環境だ。

 8ヶ月前にここを訪れたときに このスラムの中に教会を造るという女性二人に
 出会った。
 彼女たちの試みがどうなったのか、確かめてみたくて再び訪れてみたのである。
 どの通路から入れば、その当事 作りかけだった小屋に到るのか、わからず、
 スラムの中を歩き回って、やっとそれらしきものに出会った。

 二つの小屋のうち一つは 学校になっているが、教会もかねているのだろうか、
 入り口の粗末な扉には 十字架のマークが取り付けられている。
 中には長い机と椅子が並び、一応 学校の体裁を整えてはいるが、これが学校かと
 思わせるような貧弱なものだ。
 スラムの住民でお金を出し合って、作ったというが キリスト教団体からの援助の手は
 なかったのだろうか。
 このスラムには 多くのキリスト教改宗者がいるというのに。

 何かにつけて、華々しく日本で宣伝しているNGOなどは こうしたカトマンズの
 スラムの状況には 無関心なのだろうか。
 村での学校づくりと暇があれば、寄付を募っている日本のNGO団体であるが、
 カトマンズのスラムに目を向けないというのも不思議なことである。
 自助自立のための援助プログラムがあってもいいと思うが、
 そうした動きも感じられない。
 きれいごとの好きな日本のNGOばかりだから、こんなところには入ってこないの
 だろう。
 道造り、橋造りといった見栄えのいい援助ばかりの経済大国日本も 
 こんなところには眼を向けない。

 前回会った二人の女性は このスラムには住んでいないようだ。
 スラムの外のネパールのキリスト教団体から派遣されてきているようだ。

 バグマティ橋のたもとに広がるスラムは 明るい印象があり、日々変化していると
 いった様子が感じられるが、ここは変化もあまり見られず、変わったことといえば、
 貧弱な学校が出来たきりで、スラム住民の生活の向上は見られず、ビニール張りの
 バラックもそのままの姿である。
 身につまされる思いである。

 スラムから表通りに出ると、ほっとする。
 スラムの子供たちの遊び場は この表通りである。
 大人たちは生活の重さに打ちひしがれていても、子供たちは元気一杯で遊んでいる。
 昨年のダサインのときは ダサイン名物のブランコ ピンも用意されていたが、
 竹を組合しただけで ブランコはなかった。
 今年は、竹すらも用意されていない。
 ダサインの祭りからは 程遠いスラムの姿である。


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カトマンズ バグマティ川の辺にて | 10:19:07 | Trackback(0) | Comments(2)
アジアの街角 1枚の写真から‐41 飲み水
アジアの街角 1枚の写真から‐41 飲み水

 カトマンズの水事情は、年々悪くなる一方だ。
 乾期も終わりに近づいてくる4月、5月になると水不足は最悪の状況になる。
 3日に一度の2時間の水道局の水の供給も、計画停電と重なれば、
 水を引き込むことも出来ない。
 市水道局の水を期待していたのでは、生活は成り立たない。

 そんな中での救いは、5百年近く前のネワール族のマッラ王朝時代に造られた
 ドゥンゲ・ダーラと呼ばれる石造りの共同水場である。
 長い列に並び、時間をかけて、飲料水、料理用の水を確保する。
 ほとんどの人たちが、間借り生活の貧しい人たちだ。
 大臣や高級官僚の家には、特別の水道管が敷設され、水に困ることはない。
 お金があれば、私設業者の給水車から、水を買うことも出来るが、
 大半の庶民にはそんな余裕はない。

 カトマンズからバンコク、そして、日本に帰ってくると 水が充分に自由に
 使える便利さには 喜びを感じる。
 カトマンズやバンコクの水道水は、そのまま飲むことは出来ない。
 市販のペットボトルに入った水を買うか、沸かして飲むかのどちらかである。
 それか、業者が売りに来る20リットル入りのフィルターを通した水を買うことも
 出来る。
 カトマンズなら20リットル入りのものなら、百円前後、バンコクなら2百円前後だ。

 日本の水道水は、美味しい不味いを 別にすれば、水道水は安全だし、
 市販のフィルターをつければ、充分に飲むことの出来るものだ。
 私が日本で生活していた頃には、水を買って飲むなどということはなかった。
 その当時から比べて、水道の水が飲みにくくなったとも思えない。
 だから、未だにペットボトル入りの水を買って飲む気にはならない。
 飲むことが出来る水があるのに、何で買ってまでして飲む必要があるのか、
 そう感じてしまう。
 冷蔵庫で冷やして飲めば、高級飲料水も水道の水もさほど差はないように思う。

 昔、山歩きをしていた頃、湧き水や小川の水を飲んでその美味しさに
 感動したこともある。
 それと同じものを、日常生活の中で、買ってまで飲もうとは思えわい。
 水道の蛇口から安全な飲料水が出てくるだけでも幸せに思ってしまう。

 食べ物といい、飲料水といい、今の日本人は、あまりに贅沢になりすぎているのでは
 ないだろうか。
 東京の水道水が耐えがたく不味いものとは、到底思えない。
 買った水は美味しいという思い込み、流行に左右されているように思えてならない。
 ネパールの水事情の中にいると、日本人の水に対する意識は、逆におかしいものの
 ように思えてくる。
 百円も2百円も出して、ペットボトルの水を買うお金があるなら、
 水で困っている国にでも援助した方がよほど賢い選択のように思えるが、どうだろう。
 水で困っている国々の情報は テレビの番組で報道されているが、豊かさ、贅沢さの
 中で生活している今の日本人には 想像の外の出来事なのだろう。


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アジアの街角 1枚の写真から | 04:17:24 | Trackback(0) | Comments(0)