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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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カトマンズ ダサインの風景‐2 生贄の山羊たち
カトマンズ ダサインの風景‐2 生贄の山羊たち 1

カトマンズ ダサインの風景‐2 生贄の山羊たち 2

カトマンズ ダサインの風景‐2 生贄の山羊たち 3

カトマンズ ダサインの風景‐2 生贄の山羊たち 4

カトマンズ ダサインの風景‐2 生贄の山羊たち 5

カトマンズ ダサインの風景‐2 生贄の山羊たち 6

 昨日は 夕方からカトマンズに出かけた。
 パタンとカトマンズに架かる橋 バグマティ橋を渡り、マイティ・ガールに向かい、
 ネパールの国会議事堂になっているラナ家の宮殿であるシンハー・ダルバールまで
 やって来て、そのまま 真っ直ぐ プットリ・サラックに入る。
 プットリ・サラックの途中で左に向かう大通りに入ると、その通り一帯には、
 ダサインの祭りの時期に入ると 多くのカシ(去勢山羊)、ボカ(雄の山羊)、
 ベラ(雄の羊)が売られる。
 15日間のダサインの祭りの日の中のアストミといわれる日に 女神ドゥルガに
 生贄として捧げられるためだ。
 カシは生贄としては用を為さず、ダサインの祭りの間に各家庭で食されるためのものだ。
 ボカやベラにしても 女神ドゥルガに生贄の血を捧げたあとは 家庭で食される。

 アストミの日には ハヌマンドカの広場では、政府の予算で、154頭のランゴ
 (雄の水牛)、154頭のボカ、154頭のカシなどが首を切られ、女神ドゥルガに
 捧げられる。
 ヒンズー教を国教からはずし、信仰の自由を謳った共和制政府は、最初の予算では
 ハヌマンドカでの生贄のための費用は削っていたが、利権を抱える一部ネワール族の
 反対に合い、又予算の復活をしてしまった。
 ここで生贄にされた動物たちの肉は 軍、警察、管理、一部ネワール族に回される。
 カトマンズ庶民にとっては、益のないハヌマンドカの行事である。
 山羊や水牛にとっては、受難の日は終わらない。

 そんな運命であるとは露知らず、山羊や羊たちは寄り添って草を食んでいる。
 ダディン村からやって来た農夫たちが ボカやカシを引きつれ、この場所に売りに
 やってきている。
 直接売れば、一応1キロ250ルピー計算にはなっているが、値引きが当たり前の
 ネパールでは、1キロ220,230ルピーが売り値だろう。
 この通りでこうした農夫からカシ、ボカを買い付け、売っている商人に売るとなると、
 1キロ 200ルピー以下の値段になってしまうだろう。
 ダディンからやってきた農夫たちは どうしようかと思案している様子である。
 グルン、タマン、ネワール族の農民たちだ。

 村からまとめてボカを連れてきて、商いをしているタマン族の女もいれば、
 父子でボカやカシを打っているバウン族もいる。
 普段は 運転手の仕事をしていると言う。
 車を使って、村々を回り、ボカやカシを買いつけ、この場所で商いをしている。
 大体、ボカ、カシの1頭の値段は 6千から8千ルピーである。
 一般庶民の手に届く値段ではない。
 バウン族やチェットリ族の中産階級以上のものたちが買っていく贅沢な代物である。

 仏教徒であるグルン、シェルパ、タマン、キラティーを信仰するライ・リンブー族に
 とっては、ダサインはさほど重要なものではない。
 240年間に渡りネパールを支配した支配勢力、チェットリ、バウン族が 
 他の民族に押し付けたもの以上のものではない。
 王制が廃止され、共和制が生まれたにもかかわらず、何の批判も自覚もないまま
 ダサインの祭りは 国家的行事として 継続されていく。
 共和制になっても 何一つ 変わってはいないネパールである。


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カトマンズ 街の風景 | 14:41:10 | Trackback(0) | Comments(0)
カトマンズ 川辺の子供たち‐8 洗濯をする少女
カトマンズ 川辺の子供たち‐8 洗濯をする少女 1

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カトマンズ 川辺の子供たち‐8 洗濯をする少女 6

カトマンズ 川辺の子供たち‐8 洗濯をする少女 7

 ダサインの祭りも形だけは始まり、本格的な祭りが始まるのは プルパティと
 呼ばれる日の10月6日からプルニナまでの1週間だ。
 プルパティまであと3日残すだけだ。
 ネパール最大の祭りといわれているダサインの祭り中も 週30時間近い計画停電は
 続き、改善の兆しはない。
 今日も朝7時から10時まで、夕方は5時45分から夜の9時15分までの停電だ。

 午前中の停電の間、近所を散策することにした。
 ほとんどの学校は ダサインの祭りの休みに入り、通りには子供たちの姿が目立つ。

 何日かバグマティ川の河川敷の広場には行っていなかったので、そこまで足を延ばす
 ことにした。
 田んぼの稲も すっかり実り、もう稲刈りも始まり、刈りいれた稲を干してある。
 田んぼの脇の細い道を抜けると、広場に入る。
 時間が早いせいか、広場で遊んでいる子供たちの姿はない。

 広場の向こうに見える井戸の周りでは インド人たちの洗濯が始まっている。
 井戸まで近づくと、この前、芝の上に干した洗濯物を番していた少女がいる。
 今日は髪の毛を三つ編みにし、少し大人びて見える。
 父親らしき男の洗濯の手伝いをしている。
 父親が石の上に叩きつけながら洗った洗濯ものをゆすぎ、搾るのが彼女の役目らしい。
 小さな手で洗濯物と格闘し、着ている服はびしょ濡れだ。
 そのそばには、小さな男の子もいる。彼女の弟のようだ。
 この前居た祖母は 家で朝食の準備でもしているのだろう。

 一人前に仕事をしている少女の顔は 大人の顔である。
 仕事に没頭する姿が、この前よりも少女を大人に見せたのだろう。
 同じ年齢の日本の子供たちの持つ顔つきとは 明らかに違ったものだ。
 家族の中での自分の役割をしっかり自覚した顔である。
 仕事をしている最中、ふと顔を上げ、私に気づくと驚いた顔をしている。
 それでも仕事の手は休めない。
 弟といえば、仕事に飽きて、幼い弟のそばで座り込んでいる。

 インドから家族総出でやってきて ドビと呼ばれる洗濯の仕事を 家族で助け合って、
 こなし、そして、生計を立てていく。
 そして、大人になっていく。
 楽な生活ではないかもしれないが、何か家族同士の信頼関係がそこにはあるような気がする。
 皆で頑張れば、いつかは洗濯屋の店を開くこともできるかもしれない。
 路上で自転車を引いて 果物の行商をするインド人たちが、いつかは自分の店を
 持つことを夢み、そして実現してゆくように、彼らもいつかは店が持てるかもしれない。
 そういうエネルギーが インド人たちにはある。
 少しでも今の状況から前に踏み出し、一歩一歩先に進んで行くことを願うばかりである。

 インド人たちにとっては ダサインの祭りは重要ではない。
 ネパール人たちが ダサインの祭りで浮かれている間も 
 この家族の仕事は休むことなく続いていく。


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カトマンズ バグマティ川の辺にて | 01:19:59 | Trackback(0) | Comments(0)