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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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アジアの街角 1枚の写真から‐40 神様の散歩
アジアの街角 1枚の写真から‐40 神様の散歩

 四月、五月にカトマンズの市街地を歩いていると、竹で作った棹の両端に
 荷をぶら下げ、通りを歩いている人を見かけることがある。
 その人の後ろには、大きな太鼓やシンバルを持った昔ながらの音楽隊が 
 続き、その後ろには着飾った人々が列を成して続いていく。
 この行列は ネワール族のマナンダールと呼ばれるカースト
 (菜種油の製造・販売に従事するカースト)のデワーリと呼ばれる宗教的な行事で
 ある。
 ハルメンの音楽隊のような雰囲気すらする。
 自動車の行きかう車道を 何十人かの行列が昔ながらのやり方で
 神様を先頭に 通り過ぎていく。

 ネワール族には クル・デェオタと呼ばれる一族の護り神がいる。
 この神様の像は 一族以外に見せることは許されない。
 この神様はネワール族の中のカーストにかかわらず、すべての一族の本家に
 置かれているものだ。
 その神様が、仏教の神様でもなければ、ヒンズー教の神様でもない。
 どうも土着の信仰のようだ。
 遠い昔、ネワール族の祖先が、カトマンズ盆地に移住してきた時からの
 土着の信仰なのかもしれない。
 一族の護り神であり、災いから家族・一族を護るものだ。

 その神様を担いでその一族とともに 街中を練り歩くのがデワーリと呼ばれる
 行事である。
 街を練り歩くのはマナンダールのデワーリの行事の形であるが、
 カーストによってそのやり方は違うようだ。
 外を練り歩くにしても、その神様を、一族以外のものに見せることは出来ないから、
 その神様の上には、金属製の器がかぶされている。

 世の中はいつも変転している、その世の変化を一族の神様に眺めてもらいたいと
 いうことだろうか。
 素朴に心を寄せて信じるものがあることは、人々に心の安定を与えてくれるはずだ。
 家族・一族の護り神である神様と街中を練り歩いたあとには、宴会が待っている。
 自分たちが米で作ったロキシー(蒸留酒)を酌み交わしながら、一族の繁栄を
 願う。
 そして、互いのつながりを確かめ合う機会でもある。

 そんな世界が日本にもあった。
 そんな世界が失われていくにしたがって、日本の何が変わり始めたのだろうか。
 祈りもなく、人への信頼も失われた世界の中で、人々は何を求めて生きていくのだろう。


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アジアの街角 1枚の写真から | 23:24:32 | Trackback(0) | Comments(0)
カトマンズ ダサインの風景‐1 ダサイン商戦
ダサインの風景‐1 ダサイン商戦

ダサインの風景‐1 ダサイン商戦 2

ダサインの風景‐1 ダサイン商戦 3

ダサインの風景‐1 ダサイン商戦 4

ダサインの風景‐1 ダサイン商戦 5

ダサインの風景‐1 ダサイン商戦 6

ダサインの風景‐1 ダサイン商戦 7

 一帯どこから湧き出てきたのというぐらいの人、人、人のカトマンズの中心部だ。
 スーン・ダーラ周辺、ニューロード、アッサン・バザール、ラットナパーク周辺と
 歩くことすら難しい人の波である。

 日本には年末商戦ということがあるが、ネパールも同じようにダサインというお祭りが
 近づくと 同じ様相を示し始める。
 形の上ではダサインの祭りには入っているが、プールパティからプルニナまでの
 1週間にダサインの祭りの主な行事が集中することから、10月6日から官庁も休みに入り、
 カトマンズに出稼ぎにやってきている人やカトマンズで仕事をしている人たちは、
 10月6日に郷里に向かい始める。

 両親、兄弟、妻や子供のためのダサインのための贈り物である衣服や靴などの
 買出しの真っ最中の時期が今なのである。
 この時期に自転車でカトマンズの中心部に行こうとすれば、交通渋滞、人ごみで
 身動きが取れなくなる。

 通りという通りには 衣料品、アクセサリー、靴などの露店が 所狭しと並び、
 道行く人々に大声で呼びかけている。
 売られているものの大半は 安い中国製品である。
 品質の方は 保証はないが、見た目だけで言えば、洒落たものも多い。

 衣料品や下着類が山のように詰まれ、女たちは目の色を変えて、好みのものを
 探し出している。
 ダサインの休みの始まりまでは あと3日、売り手も買い手も、血眼の形相である。
 1年のうちで最大の購買力の上がる時期だ。

 お金のあるものも ないものも 自分の懐具合に合わせて、何か土産物を 村に下げて
 帰らなくてはならない。
 待ちわびる親や子供のことを考えれば、手ぶらというわけには行かない。
 この日のために 食事も節制し、贅沢もせず、ひたすら我慢して 
 お金を貯めてきたのだ。

 しかし、昔のダサインはもっと静かだったような気がする。
 こんなには 物はあふれていなかったし、布地を買って、ダマイと呼ばれる仕立て屋の
 ところに持っていき、ダサインのための新しい衣服を縫ってもらい、それを子供たちに
 与えていた。

 今は、Tシャツ、ジーンズ、洒落たトレパンと様変わりし、縫って貰うより安上がりに
 なってきている。
 ネパールで生産された布で衣服を縫うなど、見向きもされなくなっている。
 すべて 工場生産の商品へと目が向いてしまっている。
 ダマイと呼ばれている縫製カーストの人たちの仕事も先細りである。
 物の供給のバランスが崩れ始めているのである。

 購買の熱気にあふれているカトマンズであるが、昔の静かなダサインが懐かしい。



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カトマンズ 街の風景 | 13:36:51 | Trackback(0) | Comments(0)
カトマンズ 橋の上で‐2 雨の日には
カトマンズ 橋の上で‐2 雨の日には 1

カトマンズ 橋の上で‐2 雨の日には 2

カトマンズ 橋の上で‐2 雨の日には 3

カトマンズ 橋の上で‐2 雨の日には 4

カトマンズ 橋の上で‐2 雨の日には 5

カトマンズ 橋の上で‐2 雨の日には 6

カトマンズ 橋の上で‐2 雨の日には 7

カトマンズ 橋の上で‐2 雨の日には 8

 旧王宮に近いこの橋を渡ると カリマティという場所に出る。
 カリマティも ビシュヌマティ川をはさんで隣にあるテクも物騒なところである。
 テクに近いバグマティ川沿いには ビニールを張ったバッラクの建ち並ぶスラムがある。
 明るいうちは 別に問題はないが 夜遅くなると、強盗も出るような場所だ。
 夜8時を過ぎれば、歩きたくない場所のひとつだ。

 25年前、カトマンズ郊外のキルティプールという小さな町に住んでいた頃、
 自転車に乗って、よくカトマンズに出かけたものだ。
 バソンタプールの旧王宮広場の一角にネパール人の知り合いがいて、
 その知り合いに会いに キルティプールの丘の上から、カリマティまでやって来て、
 この橋を渡り、旧王宮広場までの上り坂を上って行ったものだが、
 遅くなるとこの橋を渡って、キルティプールへ帰って行くことはなかった。
 この橋、周辺は貧民窟という雰囲気があったのである。

 雨期最後の雨と思いながらも、よく雨が降るカトマンズだ。
 そんな日に再び、この橋に行ってみた。
 今回はしとしとと雨が降る中を旧王宮広場から下って橋に向かった。
 こんな雨の中で 橋の上で露店を開き、日々の糧を求める人たちはどうするのだろうと
 気になったからだ。

 橋に近づいていくと、いつもの賑わいはない。
 雨の中では仕事にならず、手回しミシンで仕事をする路上の仕立て屋の姿も、
 中国衣料の露店もない。
 あるのは野菜売りの姿だけである。
 朝 仕入れた野菜だけは売ってしまわないと、痛んでしまう。
 僅かの利益だけで 生活の糧を得ている人にとっては、雨の日でも休むことは
 できない。

 路上の物売りたちは 傘をさして、商いに励んでいるが、いつもほどの人通りはない。
 傘をささず、ビニール袋をかぶって頑張っている人もいる。
 いかにも村から出てきた人といった様子だ。

 雨が降ると傘をさすというのが 当たり前の姿であるが、25年前のネパールでは
 傘は高級品で 誰でも持っているというものではなかった。
 あってもインド製の黒い傘が 各家庭に1本あれば、いいほうだった。
 家の誰かが 傘を持って出かければ それまでである。
 雨が止むまで雨宿りを決め込む人、雨の中を濡れながら、歩いていく人、
 そんな姿をよく見かけた。
 今は中国からの見栄えのよい安い傘が 巷に出回るようになり、
 皆 傘をさして 街中を動き回っている。

 この小さな橋の上の市場でも 昔風の黒い傘ではなく、色とりどりの傘をさして、
 商いに精をだしている。道行く人もそうである。

 雨も小降りになり、物売りたちは増え始め、路上にビニールを敷き、野菜を並べ始め、
 少しずつ、活気も出てくる。
 母親に抱かれている幼児にカメラを向け、写真を撮り、その写真を見せると、
 その母親は 姑に 「おばあちゃん、この子の写真を観て」と声をかける。
 孫の写真を見て、おばあちゃんも喜んでいる。
 そのおばあちゃんの写真も1枚、撮る。

 カメラを向けると 嫌がる人、嫌がらずにポーズをとる人といろいろだ。
 男や子供は大体嫌がらないが、女は逃げ出すもの、顔を背けるものが多い。

 マガール、グルン、タマン、ネワール、チェットリ、ダマイ、カミと
 この橋の上には 多くの民族・カーストの人たちが 集まっている。
 社会の表舞台には 出てこない人々だ。
 彼らの生き生きとした楽しげな表情を眺めに来るだけでも 
 一見の価値のある橋の上である。


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カトマンズ 街の風景 | 02:01:49 | Trackback(0) | Comments(0)
アジアの街角 1枚の写真から‐39 神様と子供
アジアの街角 1枚の写真から‐39 神様と子供

 二千年以上の歴史を持つカトマンズの街の中には、
 数え切れないくらいの神々の像がある。
 路上にも、街の広場、寺院の境内、家の前にも神々の像が置かれ、
 そして敬われている。
 その場所は、カトマンズの子供たちの遊びの場所でもある。
 子供たちは、生まれた時から神々の像とともにあるというのも嘘ではない。

 カトマンズのネワール族の生活の中には 宗教的行事が多い。
 仏教、ヒンズー教、土着の宗教が、入り混じり、人々の生活の中に入り込んでいる。
 朝夕に祖父母、父母が、近くの神々の像を敬い、礼拝を欠かすことはない。
 その姿を見ながら、子供たちは成長し、祖先から伝わってきた信仰を受け継いでいく。
 ここにカトマンズのネワール族の安定した家族関係、共同体の安定の基礎を
 見るような気がする。

 ネワール族の何人かの人たちは、ネワール族はたくさんの行事があって大変だと言う。
 しかし、それが共同体、家族の絆を深め、強固なものにしていることには気づかない。

 ネワール族の子供たちの世界を構成しているものは、クル・デェオタといわれる氏神を
 中心とした強固な氏族集団、仏教、ヒンズー教の祭りなどをともに催す集落共同体の
 世界でもある。
 信仰とつながりの深い共同体の中で生活しているネワール族の社会では、犯罪は少ない。
 親族を大切にするネワール社会では 親殺し、子殺しなど考えられない。

 寺院や集落の中にある大小の広場は、子供たちの遊びの場所であり、触れ合いの場所だ。
 その中心には必ず神々の像が置かれ、広場は集落の宗教行事の中心的な場でもある。
 子供たちの遊びには干渉しないが、大人たちの目が行き届いている安心して遊べる場所だ。

 子供たちは 日々の生活の中で大人たちの生活を眺め、大人から子供への文化の伝承が
 この広場の中で自然に行われている。

 近代的な価値観が、入り込んで来ているカトマンズではあるが、ネワール社会の中では
 まだまだ、昔ながらの生活習慣が生き続けている。


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アジアの街角 1枚の写真から | 01:12:09 | Trackback(0) | Comments(0)