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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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カトマンズ 雨と停電の中で
カトマンズ 雨と停電の中で 1

カトマンズ 雨と停電の中で 2

カトマンズ 雨と停電の中で 3

 昨日は 雨と停電の一日だった。
 午前中の停電は 午前5時から8時までだったが、
 どういうわけか午前7時には電気は来ていた。
 電気が来ているうちに コンピューターを使う仕事は済ませる。
 午後3時から6時まで再び停電が始まるからだ。

 昼前にコンピューターを使う作業は終え、昼飯にバグマティ橋を越えたタパタリの
 交差点にあるいつものネワール料理の店に行こうと通りに出ると ぽつぽつと雨が
 落ちてきた。
 そのうち止むだろうと歩き始めると、顔見知りのネワール族のタンドゥカール・
 カーストの雑貨屋あたりでひどくなってくる。
 この店の軒先を借りて 雨宿りだ。
 レインコートをまとったインド人の自転車の果物売りが通り過ぎていく。
 雨などものともせず、頑張って働くインド人である。

 ネパールでは 雑貨屋の店先といえば、男たちの井戸端会議の場所である。
 女たちは 家事、畑仕事、育児と忙しいから井戸端会議の暇はない。
 すぐ近くの八百屋のだんながやってきていて演説をぶっている。
 彼は ネパール南部のタライ地方からカトマンズにやってきているチョーダリと
 呼ばれているタライ地方の先住民族タルー族である。
 彼らの話に耳を傾けていれば、近所のことは大半わかってくる。

 彼の店の前には ここ何ヶ月か前、4階建ての立派な家が建てられた。
 1階は店舗として貸し、2階、3階は貸フラットとして貸し、4階に大家が住む。
 この大家は このあたりの人間ではなく、出身はネパールの西部を郷里とする
 ネワール族でマレーシアで マレーシア警察に勤め、その退職金と貯金で土地を買い、
 家を建てた。
 その2階にこの雑貨屋の親戚が 家賃9千ルピー(1万4千円)で借りて住んでいる。
 3DKのフラットという話だ。
 この土地をいくらで買い、それが今では土地価格が何倍にもなっている。
 そんな話が、いくらでも耳に入ってくるのである。

 私のことなども きっと彼らの噂の種になっていることは 確かである。
 カトマンズの隣近所の様子を知るには 雑貨屋の店先で井戸端会議に加わるのが
 1番である。

 店の店主がネワール族であれば、ネワール族中心の噂話が、店主がバウン族、
 チェットリ族であれば、近所に住むバウン、チェットリ族のことがわかる。
 近頃は、ライ族の店も増えてきているから、ライ族のことを知りたければ、
 ライ族の店主と親しくなるのが近道である。
 そんな感じで 近所の情報を得るために いくつかの店で品物を買うように
 心がけている。

 こんなネパール人とのかかわりの中で ネパールに住む各民族の文化、生活習慣の違い、
 性格のようなものの違いも 少しずつ見えてくる。

 午後3時近くなったので 停電が始まると思い、今度は傘をさして、
 バグマティ橋近くのネワール食堂に向かう。
 モモ、ツウェラと焼きそば半皿を食べ、雨の中を歩いて帰ってきたが、
 停電は始まっておらず、喜んでいたのだが、停電が1時間遅れて午後4時に始まり、
 午後7時まで続いた。
 近頃、計画停電の時間が守られず、いい加減で予定が立たず困っている。
 新しい政府になってからの政府機関のたるみは ひどくなっているようだ。


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徒然なるままに | 19:36:40 | Trackback(0) | Comments(0)
カトマンズ 川辺の子供たち‐6 女の子たちの昼ご飯
川辺の子供たち‐6 女の子たちの昼ご飯 1

川辺の子供たち‐6 女の子たちの昼ご飯 2

川辺の子供たち‐6 女の子たちの昼ご飯 3

川辺の子供たち‐6 女の子たちの昼ご飯 4

川辺の子供たち‐6 女の子たちの昼ご飯 5

川辺の子供たち‐6 女の子たちの昼ご飯 6

川辺の子供たち‐6 女の子たちの昼ご飯 7

川辺の子供たち‐6 女の子たちの昼ご飯 8

 今日は 朝11時から午後2時までの計画停電だ。
 1週間分の溜まった洗濯物を済ませ、屋上に干し、ブログの更新と大忙しだった。
 いつものようにバグマティ川の河川敷あたりを散策することにする。
 川沿いの広い道を通るオートバイの数が 今日はやたら多い。
 (どうもインドラ・ザットラに対する政府の予算廃止に反対する団体による道路封鎖で
 オートバイ使用者が 抜け道としてこの道を利用したようだ)

 その道からわき道の中に入っていくと その先には河川敷の広場がある。
 今日は上天気、広場の端っこにある井戸の周りでは、間借り住まいの人たちが 
 洗濯、水浴びと忙しい。
 皆 インドからやって来た人たちで 彼らは 一日一回 水浴びしないと
 満足しないようだ。

 その横を通り過ぎて、雑木林の中に入っていくと、何人かの女の子たちが、
 ピクニックのような様子で、何やら料理している。
 近づいていくと、このあたりに住んで廃品集めをしている女の子たちだった。
 カメラを向けると 一斉に顔を隠してしまう。
 いつものことである。
 私も 料理をしている即製のかまどの前に座り、女の子たちとおしゃべりする。
 インド・ネパール国境周辺のインド側、ネパール側の村を 家族とともに逃げ出し、
 カトマンズにやって来た子供たちだ。
 廃品を集めて、どのくらいのお金になるのと訊くと 50ルピーぐらいと答える。
 目の前の料理の材料もそのお金から 買ってきたものだろう。
 いつ頃 カトマンズにやってきたのかと聞くと、手を上げて、こんな小さいときと
 指し示す。
 もう5,6年近くになるようだ。

 どんな料理を作っているのと訊くと、フライパンの蓋を開け、中味を見せてくれる。
 大きな唐辛子、ナス、じゃがいも、豆、かぼちゃの新芽を混ぜ合わせた野菜カレーが
 美味しそうに煮えていた。
 そして、蓋をした皿の中には用意したご飯もあった。
 皆で一緒に食べるのだと言う。

 女の子たちの見張り番の犬の写真を撮っていると、カメラのモニターに写る犬の姿に
 関心を示し、やっとカメラの方に真っ直ぐ顔を向けてくれた。

 女の子たちに別れを告げ、黒い吊橋を渡り、川辺のシバ寺院の川辺を歩いていると、
 向こう岸に 昼ご飯を食べ終わった女の子たちが、フライパンやステンレスの皿を
 バグマティ川の岸辺で洗っている。
 「ご飯はもう食べたか」と向こう岸にいる女の子たちに声をかけると
 「ご飯は もう食べたよ」という声が返ってきた。


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カトマンズ バグマティ川の辺にて | 02:08:53 | Trackback(0) | Comments(0)
アジアの街角 1枚の写真から‐30 三世代家族
1枚の写真から‐30 次世代

 ネパールのカトマンズの路地に入り込んでいくと、チョークと呼ばれる広場がある。
 その場所は、その地区に住む人たちの交流の場、憩いの場になっている。

 農作物の収穫時に穀物を干したりすることもあるし、そこには水場はあって、
 近所の主婦たちが 一緒におしゃべりをしながら、洗濯をしていたりする。
 みんな 血の濃い薄いはあっても どこかで血のつながりあっている人たちだ。
 幼い子供たちの面倒を見ているのは、祖父母たちである。

 孫たちは 一族の血を伝えていく宝物なのだ。
 ずっと昔から途切れることなく続いてきた祖父母、父母、子供、孫、曾孫で
 成り立ってきた家族、その形が彼らの生活を支えてきたし、これからも支えていく
 だろう。
 歳を取れば、誰でも体力は衰え、出来る仕事も限られてくる。
 それでも老人にとっては、誰かの役に立っていることは喜びであるし、
 生きがいにもなる。
 幸福とは こんな小さなことから得ることが出来るが、それは生まれたときからの
 積み重ね、先祖代々からの積み重ねの結果である。

 片手で筵の上のとうもろこしの実を満遍なく陽に当たるようにひっくり返し、
 もう片手で孫の面倒を見る。
 息子や嫁たちは、農作業、日雇い仕事に出かけているのだろう。
 のんびりした幸福な午後の時間だ。
 平穏な一生とは こんなものなのだろう。

 こんな時間を過ごしている人たちには 幼児虐待などということはないだろう。
 子供が一族の宝物であれば、老人も一族の宝物である。

 こんな光景を日本の都会で見かけることは、数少なくなってきている。
 田舎や村でも、老人はいても、若い世代の姿はない。
 部屋がないから、自由を尊重すると言いながら、老人たちは、子供たちの自由に
 任せている。
 結婚すれば、別の世帯を持つというのが当たり前になってしまった都会生活である。
 誰かのために役立つ生活というものが、身近なところから失われてしまっている。
 家族というものが、幸せの源泉でなければ、社会の安定、幸福などあるはずもない。
 豊かな地域共同体も生まれようもない。

 いつの間にか、子供も若者も老人も 生きる場所、生きられる時間を
 失ってしまっている。
 政府の話や政策を鵜呑みにしている内に、知らぬ間にこんな風になってしまっていたと
 いうのが 本当のところだろう。
 こんなはずではなかったと思っている人は 大勢いるはずだ。

 いつまでも家族と一緒に過ごし、歳を取ったら、孫の世話をして過ごすというのは
 当たり前の願いなのではないだろうか。
 そんなことを言い出しにくい世の中になってしまったほうがおかしいのではないか。
 つい50年前までは、家族が一緒に生活し、三世代一緒に生活するというのが、
 当たり前だったし、それまでは、延々と続いてきた人類の歴史でもあった。
 それが壊れてきたのは、それを壊そうとしてきた輩の悪知恵の結果なのではないかと
 疑いたくもなる。 


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アジアの街角 1枚の写真から | 01:46:41 | Trackback(0) | Comments(0)