投稿日:2008-07-07 Mon



翌日、早速、雨の中、傘をさしながら、学校に行ってみる。
小さな門をくぐり、中に入ってみると、広い中庭(学校の校庭としては狭い)になっており、
四方を建物が取り囲んでいる。
今日は、ネパールの大きなお祭りインドラ・ザットラのため休日になっており、
生徒たちの姿は、見えない。
後ろ側にある建物の窓の中に、学校の先生らしき人がいたので、
校長は、いるかと尋ねてみると、いると言う。
上に上がってくるようにと言うので、木製の古い階段を登っていくと、
校長室に3人の人間がいる。
いぶかしそうに、私を見つめ、一体何の用事で来たのだろうと怪訝そうである。
いつもそうであるが、日本人には見られないのだ。
自分は、日本人で、ネパールの公立学校について知りたくて来たと言うと、
一斉に彼らの緊張がほぐれ、笑みが浮かぶ。
この学校について、色々質問をしてみる。わかったことを羅列すると、
学校の名前 プロガディ・シスチャック・サタナ中学校
生徒数 四百人
学年 幼稚園から10年生まで
授業料 第1学年から第5学年までは、授業料はただ、教科書代もただであ
が、英語、英語で書かれた数学のサイドテキストは、実費
第6学年から10学年は、授業料は、平均して年額2千ルピー、
教科書は、実費購入。
問題点 校舎の老朽化
教師の給料 小学校教師の給料 月6千ルピーから7千ルピー
中学校教師の給料 月 1万1千ルピー
こんなことを聞いたのであるが、この学校に来る生徒の6割は、ネパール人の家で
下働きをしている子供、レストランや商店で働いている子供であると言う。
民族的に言えば、タマン族、タライのタルー族などが多く、
親が子供の教育に無関心な民族が多い。
他には、村から出てきたバウン、チェット族などもいる。カトマンズの昔からの住民、
ネワール族も子供は少ないということである。
働いている子供が多いせいか、15,6歳で5年生ということもある。
又、働きながらの勉学であるせいか、途中でやめていく子供も多いようだ。
この学校では、働きながら勉学に励む貧しい子供たちのために、奨学金を、工面して集め、
2百人の生徒が、奨学金の恩恵を受けているそうだ。
ネパール政府の援助など無いに等しく、出しているのは、教師の給料のみで、
学校の整備保全は、寄付に頼っている有様だ。
建物の外を眺め、どうして この建物を壊すのか、疑問に思ってやってきたのであるが、
建物の内部を見ると、確かにひどい状態なのである。
木製の天井も、ペンキが剥げ、雨漏り、壁の崩れと、子供たちの安全も保障されない
ひどい有様なのである。
ひとたび、地震でも起きれば、どうなるかわからないような建物の内部である。
ネパールでは、70年前にも大地震が起きており、その時は、多大の被害があったということだ。
その時の地震に耐えて、この建物、今もその姿を見せているのであるが、
次の地震(ここ何年かの内にという噂もある)の時は、どうなることやら、
予測も出来ない状況だ。
日本からの援助の話も嘘(ネパール人の噂話には確認が必要だ)で、
学校の補修のための援助を探していると言うのが、事実であった。
カトマンズでは 90パーセントの子供が、施設のよい私立学校に通っているにもかかわらず、
この学校には、建物の危険におびえながら、苦しい環境の中で学ぶ子供もいるのである。
貧しい子供のもとには、援助の手は届かず、金のある者には豊かな教育が保障されている、
ここに今のネパールの不平等が、現れているのである。
ネパール政府にとって、自国民の教育など、どうでもいいのである。
愛されない国民が、国を愛するはずがないのは、当然のことだ。
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投稿日:2008-07-07 Mon
ネパールの歯医者といっても、今のネパールの歯医者のことではない。
今のネパールの歯医者は随分立派になっているはずである。
これから、私が話そうとするのは、20年近く前の歯医者のことだ。
今から20年前のことである。
カトマンズのニューロード・ゲイトの近くのネパール人が良く利用するゲストハウスに
泊まっていた時のことである。
夕方から急激に歯が痛み始める。何事かと、口の中を触ってみると、親知らずが
生えかけているのである。
どうも、虫歯の状態で生えてきたようなのだ。
もうどこの歯医者も閉まっている時間だ。
仕方がないので、一晩我慢して翌朝に行くことにした。
早速朝、ゲストハウスの主人に良い歯医者はないか、ネパールで有名な歯医者は
どこかと尋ねる。
この主人、ただのゲストハウスの主人ではないのだ。
何を隠そう、日本の外務省の国際協力機関のネパール人のトップの地位にある人なのである。
ちなみに民族はタカリ族、日本人にも信頼が厚いのだ。
親切に 彼は、ナヤバネソールの中国トロリーバスの車庫近くにある歯医者がいいと
教えてくれる。
どうにかこうにか、探し当てて、歯医者に辿りつく。
奥さんらしい受付の女性の受け答えもしっかりしている。
壁には、イギリスで学んだという証明書も飾ってある。
これなら、大丈夫だと、診察室に入っていく。
歯医者も立派そうに見えるし、使っている器具も新しい者だ。
さすが、タカリのあの主人、信頼するに値する。
歯のレントゲンを撮り、その歯医者もそれを診て、もう虫歯になっているから
抜いた方がよいと言う。そうだ、そうだ、見立てもまちがってない。
その憎らしい親知らずを抜いてもらう。
私の歯はなかなか頑丈で抜くのに手間取っていたようであるが、どうにか抜けたようで、
又、レントゲンを撮って、確かめる。
レントゲンを診ながら、完全に抜けたと言う。
これで今日は、ゆっくりと眠ることが出来ると、一安心と、鎮痛剤をもらって、
ゲストハウスに帰る。
ところがところである、痛みがいつまで経っても、収まらないのである。
どうもおかしい、歯医者は、2,3時間で痛みは収まると、言ったはずだが。
口の中に手をいれ、抜いた場所に指を触れてみると、
なんと、まだ残りがあるではないか。
全部きれいに抜いたとは医者は言ったではないか。これはどういうことだ。
又、一晩、激しい歯の痛みに耐え、翌朝、再び歯医者へ。歯医者のところへ行き、
― どうも完全に抜けてないようですよ。
― そんなはずはない、レントゲンでも調べたから、まちがいはない。
― じゃあ、抜いたところを触ってみてください。
歯医者は、私の口の中に指をいれて、確かめる。
― あ、本当だ、まだ残っている。これはおかしい。
おかしいもくそもない、全く、又、残りを抜くのに一騒動である。
再び、レントゲン、今度は大丈夫だと言う。
私のほうも今度は大丈夫かと、口の中に指を入れ確かめる。
本当に大丈夫そうだ。
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