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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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カトマンズ 久しぶりにキルティプールへ‐2 休日のひと時
休日のひと時

休日のひと時 2

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休日のひと時 5

休日のひと時 6

休日のひと時 7

休日のひと時 8


 キルティプール旧市街に入る門を潜ると、ネワール族の一時代前の日常が始まる。
 喧騒のカトマンズからやって来ると、心休まる瞬間だ。
 迷路のように入組んだ路地に入り込んでみると、至る所に古い宗教的遺産が静かに
 佇んでいる。
 こうした遺跡の周りはきれいに清掃され、人々の心の中で宗教が 
 まだ生き生きと生き続けていることがわかる。

 今日は土曜日の休日、キルティプールの人々は それぞれに自らの時間を過ごしている。
 女たちは休日にもかかわらず、こまごまとした仕事に明け暮れている。
 男たちはといえば、パッティと呼ばれる寄合い所で、賭け事にふけっているのは 
 いつものことである。
 ネワール社会は男にとっては天国のようなところである。
 昔ながらのカトマンズの生活が、化石のように存在し、
 時の流れは、この町の中ではゆったりと流れていく。
 25年前と同じ時間の流れを 今なお留めている不思議な場所だ。
 丘の上に建つ町という特殊な条件は、大して人口増加をもたらすこともなく、
 現在に至っている。

 しかし、この町の周辺は、時代の流れの真只中にあり、急激な建築ラッシュである。
 旧市街とその外の対比がはなはだしければ、はなはだしいほど、キルティプールの
 良さは際立ってくる。

 まだ充分に観光化されていないこの町には カトマンズ、パタン、バクタプールと違って 
 ぎすぎすしたところもなく、無理に自分たちの町を自慢する態度もなく、
 自然に自分たちの住むところを受け入れている穏やかさもある。
 とりたてて、外国人に自慢するような豪華な王宮があるわけでもなく、
 自慢できるものといえば 当たり前の静かな日常だけである。
 ネワール族の昔ながらの平和な日常、あわただしい先進諸国からやって来た旅行者に
 とっては、これほどの贈り物はない。

 我々日本人が失ってしまった大切なものが ここには凝縮されている。
 濃厚な人間関係を持った共同体、敬虔な信仰への姿勢、貧しいながらも日々の糧に
 喜びを感じる心、当たり前に生活することがどんなに価値あることであるかが
 無意識に実践され手いる社会、それが、キルティプールにはまだ残っている。

 発展、所得倍増、モダンライフと謳い続けてきた日本は、人々の生活に何を もたらした
 のだろう。
 つつましく美しい日本人の生活はどこに行ったのだろう。
 今の日本に自慢すべきものが経済発展だけであるとすれば、こんな悲しいことはない。
 おかしいことに気がつかないままに、どうして味気ない日本になってしまったのか 
 わからないままに突き進んでいく日本、無感動、無批判、諦め、とんでもない罠に
 嵌っているような気がしてならない。
 あと2,30年もすれば、その悲惨な結果がはっきりしてくるだろう。
 今だって、凶悪な犯罪という形で、その姿を現し始めている。


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ネパール キルティプール | 13:51:54 | Trackback(0) | Comments(0)
カトマンズ 久しぶりにキルティプールへ‐1 辛い石段
辛い石段 1

辛い石段 2

辛い石段 3

辛い石段 4

辛い石段 5

辛い石段 6

辛い石段 7

辛い石段 8


 日中、外に出ると、真夏の暑さだ。カトマンズもすっかり本格的な夏を迎え、
 照りつける陽射しの強さには負けてしまいそうだ。
 毎日変ることなく計画停電が続き、今日は午前10時から午後2時までと
 午後8時から12時までの2回である。
 体調は先日からよくないが、電気のない家の中ではすることも限られ、電気を待つ
 気持ちも鬱陶しいので、カトマンズの郊外に出かけてみることにした。

 カトマンズのほうには向かわず、カトマンズのカリマティに近いバス停を目指して
 歩き始める。
 もう歩きまわるには 快適な気候とは言えなくなってしまった。
 真っ黒に汚れたバグマティ川にかかる橋を渡り、テクにある停留所に到着する。
 目的地をキルティプールかダッチンカリのどちらかに決め、マイクロバスかミニバスで
 早く来た方に目的地を決めることにする。
 やはり、本数の多いキルティプール行きが先にやって来た。
 運賃はテクからキルティプールまで9ルピー、20分近くで到着する。

 キルティプールは丘の上に造られたネワール族の古い町である。
 その歴史はカトマンズ盆地に住みついたネワール族の歴史でもある。
 待ちを覆うように多くのレンガ造りの建物が建ち並んでいる。この町並みを見ると
 キルティプールにやってきたという実感が湧いてくる。

 キルティプールの旧市街へ行くには、石造りの階段を登りつめていかなくてはならない。
 その石段の横を走っている通りが、ナヤ・バザールと呼ばれている通りで、
 旧市街の外にあたる。
 キルティプールのメインバザールだ。

 キルティプールに向かう石段の前に立ち、ため息をつく。この階段を一挙に登りつめるだけの
 体力は、今の私にはもうない。
 一段一段、石段を踏みしめ登っていくと、目の前に幼い子が立っている。
 彼らにとっては、石段を登るのは日常のこと、いとも簡単に行き来しているのだろう。
 ハアハアと息を吐きながら、登っていくと、70歳近い老人が私と同じように辛そうに
 登っている。
 それでも私のように休憩はせず、ゆっくりゆっくりと登っていく。

 後ろを振り向くと、ネパールの国立大学 トリブバン大学の敷地が見える。
 25年前は、キルティプールの子供たちと一緒にこの敷地内で夕方になると、
 サッカーをしたものだ。
 まるで昨日のことのように子供たちの顔が目に浮かぶ。
 彼らももう30過ぎの大人になっているはずだ。
 その向こうには、スワヤンブナートが霞んで見える。
 25年の空気の汚染は、山も遠景も霞んだものにしてしまった。

 この石段の途中にダマイカースト(縫製職人)のプルナの家があったはずなのに、
 なくなってしまっている。
 ダマイというとネパールの低カーストに属することから、ときどきそのことでからかわれていたが、
 素直ないい子だった。
 マハルザンのラムやラッチマンと一緒に毎日のようにいえに遊びに来ていたものだ。
 その近くの畑地では老婆が、猫の額のような畑で作業している。
 その様子を見ながら、やっとのことでキルティプールの旧市街の門にたどり着いた。
 25年の歳月の経過は、確実に私の体力の衰えを証拠だてている。


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ネパール キルティプール | 00:49:17 | Trackback(0) | Comments(2)