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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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カトマンズ 川辺のシバ寺院‐1 静寂の中で
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 雨期がやってきたのかと思われるぐらいに、午前中は曇り空の毎日だ。
 午後になると晴れてくる。そんな時には近所を散歩することにしている。
 今日は 久しぶりに歩いて10分位のところにあるバグマティ川の岸辺にある
 シバ寺院へと足を運んだ。
 このヒンズー教の寺院は、私のフェーバリット・テンプルの1つである。
 いつもこの寺院には訪れる人の人影もなく、のんびりとしている。
 時間の流れが穏やかで、心の落ち着く場所でもある。
 このあたりにいる人といえば、この寺院に住んでいる家族ぐらいのものだ。

 前を流れるバグマティ川の流れは、すっかり汚染されてしまっているが、
 昔は 多くの人々がやってきて、寺院の前に沐浴していたに違いない。

 この寺が建てられたのは かれこれ二百年前のことである。
 マッラ王朝時代に建てられたシバ寺院かと思っていたら、ゴルカ王朝時代のラナ家
 独裁制前のサハ家の亡き王を偲んで その后が建てたものらしい。
 すっかり荒れ果てているから、てっきりネワール族のマッラ時代のものかと思ってしまった。

 数少ないサハ家の建てた寺なら、もっと大切にすればと思うが、先祖の建てた寺には 
 関心がないようだ。
 王制を永久に存続させる気持ちがあるなら、寺の維持に気を使うのが当然だと思うが、
 そんなことには気も金も使う心はどこにもないようだ。
 これでは、民衆からの支持を得ることは難しい。
 タイでは 国王は宗教の擁護者であることから、仏教の寺のみならず、キリスト教会、
 イスラム寺院にも多額の援助を与えてきた。
 懐の深さが どうも違うようである。
 あるネパール人が言っていたが、国王はけちでは駄目だ、まさにその通りだ。
 ヒンズー教の教えの中では、国王はビシュヌ神の化身であるといわれている。
 その国王が、寺をないがしろにして、自らの蓄財に耽っているようでは 
 国民の信頼など どこからもやって来はしまい。

 そんな扱いを受けている寺だから、信仰のために訪れる人も少ないのだろう。
 一体チェットリ族は、どこの寺へ参拝しているのだろう。
 私は、ラナ・チェットリ族の家に住んでいるが、この家の人たちは 家に祭っている
 神には毎日礼拝しているようだが、どこかの寺院に出かけたという様子は見かけたことはない。
 寺のための寄進の話など聞いたこともない。
 家での祭儀だけに 興味を示す不思議な人たちだ。

 何度も何度もこの寺を訪れているうちに親しみも湧いてくる。
 何の制限もないから、じっくり自由に見て回れる。誰一人、寺の中にいる私に関心を
 示すものもいないのは 嬉しいことだ。
 寺の中にいる犬すら私に興味を示さない。
 今のカトマンズでは 味わうことの難しい贅沢な静寂を ここでは 充分堪能できる。
 それだけでも、この場所に来るだけの価値はある。


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カトマンズ バグマティ川の辺にて | 19:37:11 | Trackback(0) | Comments(0)
カトマンズ タンドゥカールと老人
タンドゥカールと老人 1

タンドゥカールと老人 2

タンドゥカールと老人 3

タンドゥカールと老人 4

タンドゥカールと老人 5

タンドゥカールと老人 6

タンドゥカールと老人 7


 私の住んでいる地域には ネワール族のタンドゥカールというカーストの人々が
 たくさん住んでいる。
 農業に従事するカーストのようであるが、かといって ネワールのジャプーと呼ばれている
 農民カースト マハルザンとも違うカーストの人たちである。
 カーストとしては、マハルザンの下に位置づけられている。
 彼らの主な仕事は 農業と米の商いだというが、それだけでもないようだ。
 いろいろな人に聞いているのだが、納得のいくはっきりしたカースト上の職種はわからない。

 つい先日、このタンドゥカール・カーストの84歳の高齢の葬儀を見かける機会が
 あったことから、タンドゥカールの人たちの宗教、生活習慣についていろいろ尋ねてみた。
 彼らの生活の中での年寄りたちの生活を中心に尋ねてみた。
 農業に従事するネワール族のタンドゥカールやマハルザンの人たちには、年間を通して
 多くの宗教行事がある。
 他のネワール族の人たち、上位カーストのシュレスタ、サッキャ、バジャチャーレと比べても
 はるかに多い。

 カトマンズの祭りなども中心的な役割を果たしているのは、農民カーストの人たちである。
 祭りや宗教的な行事があるたびに一族一党が集まり、そのつながりを深めている。
 大きな行事であれば、集落全体がまとまりを見せる。
 家族・親戚、地域の同じカースト同士が協力しあうことで、その絆の深さを確かめ、
 同時に 神々とのつながりを深めていく。

 そんな農民カーストの世界には、年寄りたちにとって重要な行事がある。
 ジャンクーと呼ばれている行事だ。
 家に居る年寄りが 77歳7ヶ月7日を迎えると、その年寄りのための大きな祭事が
 ある。
 年寄りのために山車を造り、77歳になったことを祝い、神に感謝し、その山車に
 当の年寄りを乗せ、その孫たちが綱を引き、町中を練り歩く。
 年を取ることで、神々に近づいたことを喜ぶのである。
 もし、その年寄りに妻がいれば、妻がその年齢に達していなくても、一緒に山車に乗って 
 街の中を練り歩く恩恵に預かることができる。
 そして、その日から4,5日間は 神に感謝する祭儀、お祝いの会食を
 多くの家族・親戚とともに祝うことになる。

 その次は81歳になった時だ。今度は山車ではなく、81歳になった年寄りを乗せる
 神輿のようなものを造る。
 前と同じように孫たちが年寄りを乗せた神輿を担いで、街中を練り歩く。
 ネワール族のお祭りの際には、神々の像を担いだり、引いたりしながら、街中を練り歩く。
 それと同じ扱いだ。

 84歳になれば、今度は、年寄りを通常の入り口から運び出してはいけない。
 窓から、外へ運び出し、終われば、又、窓から運び入れなくてはならない。
 そして、一回目のジャンクーと同じように山車に年寄りを乗せて、街中を練り歩く。
 3回のジャンクーを経験した年寄りは神様と同じ存在に近づいたということで、
 家族・親戚は大喜びである。一族・一党に神々が繁栄をもたらすと信じているからだ。
 4回目は 95歳のときに行うらしいが、誰もが、このジャンクーは見たことがない
 と言う

 ネワールの農民カーストの社会では、年寄りは大切にされる。
 宗教行事などの手順は年寄りの支持が必要だ。様々の知恵、宗教的な教えは、
 年寄りから孫たちへと伝わっていく。
 カトマンズ盆地の中の人口は今や250万人を越えようとしているが、
 カトマンズの中心部でもまだまだ村的な要素の強い家族制度、共同体は 
 農民カーストの中では 生き生きと生き続けている。ここには老人問題はない。
 老人を粗末にすれば、神々から見放されてしまうのだ。老人は神々に近い存在だ。
 宗教と家族制度が美しく機能している世界、家族同士のつながりの深い濃厚な世界だ。
 これは ネワール族が誇れる素晴らしい文化である。
 彼らは決して日本のように豊かな人たちではない。しかし、やるべきことは惜しまずに
 やる民族だ。
 
 こういうネワール族社会に生きている老人は決して孤独ではない。
 家族とともに生活し、家族のそばで当たり前のことのように穏やかな死を迎える。
 日本のように老人医療の恩恵を受けることなくても、死を自然に受け入れ、与えられた
 寿命を全うするだろう。家族に囲まれながら。


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カトマンズ ネワールの街と文化 | 01:26:14 | Trackback(0) | Comments(0)