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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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カトマンズ ネワール族 仏教徒の悲哀‐5
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ネワール族 仏教徒の悲哀‐5 7

ネワール族 仏教徒の悲哀‐5 8


 1768年にゴルカからの豪族 プリティビ・ナラヤン・サハの侵略を受け、
 征服されたカトマンズの民 ネワール族の新たな悲哀の歴史は続いていくのである。
 カトマンズ盆地の中で大半の人口を占めていたネワール族 まとまって反乱を起こせば、
 再び、国を取り戻す機会もあったように思われるが、カースト制にこだわり、
 まとまりを欠くネワール族は、ゴルカ王朝に逆らう勢力を形成することは出来なかった。

 憧れの桃源郷 カトマンズ ネパールで唯一の文明社会を手にした、
 プリティビ・ナラヤン・サハの喜びの程は、如何程のものであっただろうか。
 ゴルカ王朝では、上級警察官、上級将校にはチェットリ族を配し、下級兵士、下級警察官には
 マガール、グルン、ライ・リンブー族を用い、ネワール族の監視を強めていったのだ。
 当然のことであるが、ネワール族の兵士、警察官などはいなかった。
 反乱の原因になる職業にネワール族を抱えるはずもない。
 ネワール族とすれば、新しい支配体制の手足となり、ネワール族を監視する仕事に就くことは
 嫌っただろう。
 下級兵士として支配体制を支えたグルン、マガール、ライ・リンブー族の人たちは
 後のラナ家専制(ラナ家による摂政制)の時代には イギリス軍の傭兵 ゴルカ兵として、
 名を馳せるようになっていく。その命を引き換えに。

 サハ家、ラナ家の支配体制は、ネワール族の力を削ぐことに専念したことだろう。
 チベット・インドとの貿易も支配体制に協力的なタカリ族を優遇し、ラナ家の時代には
 インドのマルワリ商人を優遇することで、ネワール族の経済力も削いでいったのだ。

 世界に名を広めたネワール族の建築様式も、ラナ家の時代には、
 イギリスの建築様式のものに変わっていく。
 イギリス人の建築技師をネパールに招聘し、ラナ家の宮殿、シンハ・ダルバールを初めとして
 一族のために数多くの宮殿などを完成させていった。
 寺院などもインド様式のものを建て、ネワール様式のものは、新たに建てられることはなかった。
 国教もヒンズー教に定め、ヒンズー教徒優遇の体勢になっていく。

 貿易、商業に従事していたサッキャ、トゥラダの経済力にも陰りが見え始めただろうし、
 寺院も工芸を支えていたウダース(タムラカール、スタビ、シルッパカール、シラッカールなど
 工芸に従事するカーストのグループ)たちの仕事も目減りをしていっただろう。
 マッラ王朝時代の支配カースト シュレスタ・カーストの人々も、新たな生活の道を
 探す必要に迫られただろう。
 あるものは商業への道へ、あるものは新しい支配体制に従順を誓うことで、
 下級官吏の職を得ただろう。

 新しい支配体制の中での生き残りをかけて、すべてのネワール族は新しい生活の形を
 模索し始めたのである。それを支えたのが、各カーストの中にあったつながりであり、
 一族の強固なまとまりだ。
 それが クル・デェオタを守り神とする一族集団で構成するグッティであり、
 各地域ごとのグッティであり、同一カーストをまとめた組織だった。

 プリティビ・ナラヤン・サハによって カトマンズに成立したゴルカ王朝も 
 有能な摂政であったビムセン・タパ(1839年没)までは安定していたが、
 その後は王位継承争うに絡んだ側近たちのパンディ・チェットリとタパ・チェットリたちの内紛に
 明け暮れ、ラナ家の創始者、ジャン・バハドール・ラナの台頭を許すことになる。
 ジャンバハドールは 国王を幽閉し、権力を争う中で、残虐性を発揮し、
 ラナ家の専制制の基礎を作ったが、そのジャン・バハドール・ラナもジャングルでの狩の際に、
 1877年に なぞの死を遂げる。どうも暗殺だったようだ。
 7年前に起こった王宮殺害事件のような血生臭い事件が ラナ家の中にも起こり、
 ジャン・バハドール・ラナの直系である息子・甥たちのすべてが、ジャンバハドールの兄弟たちに
 よって殺害され、シェムシェル・ラナ家に権力は移っていく。
 それは ラナ家の殺戮の血の歴史でもある。
 首相であり、マハラジャであり、軍の指揮権を手にしたシェムシェル・ラナ家は、
 強権・恐怖政治の中で力を発揮していくことになる。
 こうしたラナ家の血で血を洗う姿を眼にしていたネワール族にとっては、
 ラナ家は恐怖の対象でしかなかったはずだ。


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カトマンズ ネワールの街と文化 | 17:02:45 | Trackback(0) | Comments(0)
カトマンズ ネワール族 仏教徒の悲哀‐4
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ネワール族 仏教徒の悲哀‐4 9


 ネワール社会にカースト制を導入したジャスティス・マッラ王の時代から、ヤクシャ・
 マッラ王の時代までの百年、栄華を極めたマッラ王国だったが、ヤクシャ王の6人の息子による
 後継者争いから王国は バクタプール、パタン、カトマンズと三つの王国に分かれてしまう。
 ヒンズー教色の強いバクタプール、仏教色の強いパタン、ヒンズー教と仏教が混然としていた
 カトマンズ、それは サッキャ、バジャチャーレ、ウダースを中心とした仏教徒の人口比の多少に
 よるものだろう。

 一人の国王を中心に 国を支配していくという体勢が崩れ、マッラ王国の国力は分散していく。
 バクタプール、パタン、カトマンズの三つの王国同士の争い、あるいは王国内での後継者争い、
 それに群がる王国を支えていたシュレスタ・カーストの争いも頻発しただろう。
 そうした不安定な時代が 三百年にわたって続いていくのである。
 その間、カトマンズを取り巻く状況は急激に変化しているにもかかわらず、
 三つの王国同士の争い、後継者を巡る支配階級内の争いに明け暮れ、
 カトマンズの外の大きな変化には対応できなくなっているのだ。

 インドではイスラムのムガール王国の成立、イスラム勢力との争いに敗れた多くのインドからの
 クシャトリア(チェットリ族)の移住、そして 彼らのネパールでの各地での支配体制の確立にも
 目を向けないまま 三百年の時が過ぎていくのである。

 ゴルカを本拠地にすえたチェットリ族の豪族 トックリ・サハチェットリは 耽々と
 カトマンズ進出を狙っている。
 ゴルカ王朝の始祖、プリティビ・ナラヤン・サハは行儀見習いと称して、バクタプールに入り込み、
 カトマンズ盆地の状況を探り、カトマンズ侵略の手立てを練るのである。

 三百年、カトマンズの外の世界に眼を向けることのなかった三つの王国には訓練された
 軍隊すらなかったのだ。
 絶えず内紛に明け暮れていたカトマンズ盆地の中では、ネワール族のまとまりも
 失われていたのだ。
 強固なカースト制を作り上げた支配下級のシュレスタ・カーストと被支配階級の溝は、
 広がっている。

 そんな状況を見て取ったプリティビ・ナラヤン・サハは兵を起こし、兵士として
 訓練したグルン、マガール族を先頭に立て、1768年に兵力に欠けるカトマンズを
 いとも簡単に征服してしまうのである。

 チベット、インド貿易に従事していた仏教徒のサッキャやトゥラダ・カーストの人たちは
 カトマンズの外で起こっている変化には充分に気がついていたはずである。
 外国貿易に従事していたものが、カトマンズの外の状況の変化に無関心なはずはないのだ。
 被支配階級にいた仏教徒たちは 権力の中枢にはおらず、ただひたすら貿易・商業、
 そして生産に従事していただけだ。
 ヒンズー教を信仰する支配階級 シュレスタ・カーストの人間たちは 被支配階級で
 あった仏教徒 サッキャ、トゥラダ・カーストの声などには耳も傾けなかっただろう。
 皆、それぞれカーストの内側に閉じこもり、視野をどんどん狭くしていく。
 カースト間の交流はなく、正確な情報を得ることも出来なくなっていた。
 こんな状況では国家を苦難から救うことは出来ない。
 今のネパールも 別の形で同じ状況にある。
 カースト間の交流の無さが、民族間の交流の無さに変わっているだけだ。
 それが互いに理解しあうことを阻害し、国の発展を妨げ、混乱を生み出しているのである。


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カトマンズ ネワールの街と文化 | 00:39:19 | Trackback(0) | Comments(0)