FC2ブログ
 
■プロフィール

ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

■最近の記事

■Automatic translation WEB site
■最近のコメント
■最近のトラックバック
■月別アーカイブ
■カテゴリー

■FC2カウンター

■あしとも

■ブログ内検索

■RSSフィード
■リンク
■ブロとも申請フォーム
ネパールにあるハンディクラフト‐1 洋服
ネパールにあるハンディクラフト‐01 1

ネパールにあるハンディクラフト‐01 2

ネパールにあるハンディクラフト‐01 3

ネパールにあるハンディクラフト‐01 4

ネパールにあるハンディクラフト‐01 5

ネパールにあるハンディクラフト‐01 6

ネパールにあるハンディクラフト‐01 7


 カトマンズの街の中を歩いていると、至るところに外国人旅行者のための洋服屋がある。
 ネパールでは、タイなどとは違って、取り立てて目を惹くような民族服はない。
 多くの民族が混在しているネパールであるが、手の込んだ刺繍、織物を見つけることは
 難しい。
 洋服のための布素材の大半は、インドからの輸入品だし、あとは 中国からのものである。
 ネパールでの手織り布はあるが、縞模様のもの、縦糸に工業糸、横糸に太目の紬糸を
 使ったヘビーコットンと呼ばれる布が 洋服作りに使われる程度だ。

 洋服のデザインといえば、日本の業者が持ち込んだものやヨーロッパの業者が
 持ち込んだものが多い。
 オーダーされたものをこなすと、店頭に並ぶ。
 そうすると、それを真似た商品が各店に並ぶ。
 だから、どの店も同じようなものが並ぶことになる。
 布素材もデザインもほとんど同じものだ。

 今 流行っているのは、ピエロルックのもので、継ぎはぎタイプのものが、
 どこでも並んでいる。
 どう見ても若者向けで、年配の人など着れたものではない。
 地元に住むネパール人など見向きもせず、彼らはバンコク製、中国製の当たり前の洋服を好む。
 だから、タメルあたりの土産物屋の洋服を着ているのは旅行者ぐらいのもので、異様に
 目立つ結果になる。

 私も一時 洋服作りに手を出したことがある。
 ネパールの布素材にはあまり惹かれなかったので、インド、それもインドのアッサム地方で
 織られている手紬の天然シルク、インド ビハール州とベンガル州との境の村で織られている
 天然シルク、ブータンの天然シルク布を使って、少し高級感のある洋服作りを目指したが、
 日本人の求める縫製技術をネパール人に要求するのは至難の技だった。
 10年ぐらいは頑張ったが、良い縫い子を見つけることが出来ず、挫折してしまった。
 私がネパールにいる間は、それなりにチェックできるが、いない間はいい加減なものを
 つくる。
 こちら側のフラストレーションが どんどんハイになっていくのである。

 ネパールにやってきた若者たちが楽しむ洋服は、変っていればそれでいいのかもしれない。
 奇抜なデザインが可愛く映るらしい。
 それを着て、カトマンズを歩いている日本の若者の姿を見ても、浮き足立っているようで、
 どうも頂けない。
 下手をすると、軽薄にすら見えて、ネパールの旅行者相手の不良どもの餌食にも
 なりかねない。

 ネパールにやってきてもある程度節度ある服装も必要だし、その程度によって、
 出会う人間も違ってくるというのが、東南アジア、インド、ネパールの一般的な姿である。

 しかし、この頃は、あえて、ネパールの若者を求めてやってきている日本の若者も
 いるようだから、何ともいえないが、不幸な結果にならないことを望むだけである。

++ ブログランキングに参加しています。ご協力を! ++

      忘れないで
        ↓
**面白いと思ったらクリック**
  人気ブログランキングへ

**面白いと思ったらクリック**
   ブログランキング・にほんブログ村へ



スポンサーサイト
ネパールにあるハンディクラフト | 23:15:11 | Trackback(0) | Comments(0)
ネパール パタン‐15 ラトー・マチェンドラナートの祭り‐2
ラトー・マチェンドラナートの祭り‐2 1

ラトー・マチェンドラナートの祭り‐2 2

ラトー・マチェンドラナートの祭り‐2 3

ラトー・マチェンドラナートの祭り‐2 4

ラトー・マチェンドラナートの祭り‐2 5

ラトー・マチェンドラナートの祭り‐2 6

ラトー・マチェンドラナートの祭り‐2 7

ラトー・マチェンドラナートの祭り‐2 8

ラトー・マチェンドラナートの祭り‐2 9

ラトー・マチェンドラナートの祭り‐2 10

ラトー・マチェンドラナートの祭り‐2 11
ラトー・マチェンドラナートの祭り‐2 12


 ラトー・マチェンドラナートを乗せた山車が動き出すまで、あたりを散策することにした。
 山車が止まっているあたりは、銅・真鍮の器を作るカースト タムラカールの人たちの
 居住区である。
 そこを過ぎると、今度は、仏教徒の高カースト サッキャの人たちが住む。
 時間つぶしにサッキャの人たちに話し相手になってもらう。
 この祭りの主役といえば、仏教徒のサッキャと農民カーストのマハルザンだ。
 サッキャの人たちは祭儀をする人という役割で参加しているだけで、祭りの担い手は
 マハルザンの人たちだ。
 山車を引いたりする人や、太鼓やシンバルを使った音楽隊はすべてマハルザンの人たちの
 役目である。
 マチェンドラナートは ヒンズー教の神様であるが、
 大々的に信仰するのはネワール族だけである。
 私の勝手な思い込みであるが、昔からのマハルザンの人たちの土着の神様に、
 ヒンズーの神様の一人、マチェンドラナートを重ねたのではと思っている。

 そんなことを思いながら、散策を続けていると、小さな1軒のネワール料理の店が
 眼に入ってきた。
 祭りの前の腹ごしらえに 卵入りバーラと水牛肉のカレー煮込みを食べた。
 美味である。

 再び山車の置いてある場所に戻ってみると、どんどん人々が集まり始めている。
 神様を乗せた山車が動き出す準備を始めている。
 近くの家々の窓に集まった人たちが、動き出すのを今か今かと待ちわびている。
 近くの寺院の境内も人だかりである。
 黒い制服を着た王宮からの兵隊が、笛を吹きながらやってくる。
 今度は、太鼓とシンバルを打ち鳴らしながら農民カースト マハルザンたちの集団が
 やってくる。
 晴れ舞台の時である。
 その周りではマハルザンの男たちが踊りだす。
 太鼓をシンバルの激しいリズムの中で人々の心も高揚していくのがわかる。
 どんどん人は増え続け、山車の周り一帯はびっしりと人で埋まっている。

 山車を引く人たちは太い綱を握り、山車を引く準備が整う。
 そばにいた王宮からの兵隊が 旧式の銃で空砲を撃つ。
 1発目が、小さな音だったので、そんなものかと思っていると、今度は耳がじーんと
 なるような大きな音、その音を合図に山車は動き始めた。
 少し傾いたラトー・マチェンドラナートを乗せた山車、倒れやしないかと心配になったが、
 大丈夫なようである。
 それでも頭の中では、倒れたときの逃げ場所を確かめている。
 これだけ人が集まると逃げようもない。

 ラトー・マチェンドラナートの山車の後を ミムナートの山車が、ゆっくりと追いかけてゆく。
 カトマンズの華やかな祭りはたくさんあるけれど、路上で人々を楽しませる祭りは、
 ネワール族の祭りだけである。その中心は農民カースト マハルザンである。
 カトマンズ盆地に古くから住み着き、ネワール族の様々の文化を創り出してきた人たちだ。
 支配者になることなく、ひたすら大地とともに歩んできた人たちである。
 山車を引き、太鼓とシンバルを叩きながら、ラトー・マチェンドラナートを載せた山車、
 ミムナートを載せた山車とともに遠ざかっていった。


++ ブログランキングに参加しています。ご協力を! ++

      忘れないで
        ↓
**面白いと思ったらクリック**
  人気ブログランキングへ

**面白いと思ったらクリック**
   ブログランキング・にほんブログ村へ


ネパール パタン | 12:22:42 | Trackback(0) | Comments(0)
ネパール パタン‐15 ラトー・マチェンドラナートの祭り‐1
ラトー・マチェンドラナートの祭り‐1 1

ラトー・マチェンドラナートの祭り‐1 2

ラトー・マチェンドラナートの祭り‐1 3

ラトー・マチェンドラナートの祭り‐1 4

ラトー・マチェンドラナートの祭り‐1 5

ラトー・マチェンドラナートの祭り‐1 6

ラトー・マチェンドラナートの祭り‐1 7

ラトー・マチェンドラナートの祭り‐1 8

ラトー・マチェンドラナートの祭り‐1 9

ラトー・マチェンドラナートの祭り‐1 10


 先日 パタン最大の祭り ラトー(赤い)・マチェドラナートの祭りを見てきた。
 祭りの始まりの日、その前の日もパタンにはいたのだが、見逃してしまった。

 カトマンズ盆地の中では、水・天候の神様 マチェンドラナートの祭りは二つある。
 1つは セト・マチェンドラナートのお祭りで、カトマンズで行われるもの、これは、
 1ヶ月前に終わった。今年は山車が、近くのマイクロバスに倒れ掛かり、何人かの
 負傷者を出した。
 山車が倒れると、その年は縁起のよくないことが起こると言われているが、
 このセト・マチェンドラナートの山車は倒れることが多いようだ。

 ラトー・マチェンドラナートの祭りを見に行くということで、近所の人間に 
 「今 山車はどこにある?」と尋ねると、
 「パタンのスンダーラにある」と教えてくれる。
 「そこに行くには、どうすればいいのか」と再び、尋ねると、
 ラガニケルからが近い、モンゴルバザールから近いと、はっきりしない。
 どっちでもいいやと思い、早く来た乗り合いテンプーに乗ればよいと決めて、
 通りに出ると、ラガニケル行きの乗り合いテンプーがやって来た。
 乗っている乗客に 
 「マチェンドラナートの山車を見るには、どこで降りればいいか」と尋ねると
 ネワール族の中年の女性が、自分も近くまで行くから、教えると言う。

 テンプーを降り、二人で一緒に歩き始めると、5分もしないうちに山車が見えてきた。
 山車が置かれていたのは、いつも歩いているタムラカールの居住区で、銅製品が数多く
 売られている場所で、モンゴルバザールのすぐ近くだった。
 正解は モンゴルバザールだった。

 パタンのザウラケルから運んできた山車が 再び動き始めるのは、夕方の4時過ぎから
 ということだ。2時間の待ち時間がある。

 人々は山車に鎮座している赤いマチェンドラナートの功徳を得ようと、賽銭・米を
 投げ入れ、そのお返しに、マチェンドラナートの神様を飾っている花々の一片を貰い受け、
 頭に飾っている。

 山車の上にいる人たちは、パタンの仏教徒の高カーストのサッキャやバジャチャーレである。
 お参りに来る人たちのためにプザ(祭儀)を執り行っている。
 山車が動き出すまでののんびりした光景である。

 この祭りにはラトー・マチェンドラナートの神様に寄り添うようにして、
 一緒に練り歩くミムナートと呼ばれている神様の小ぶりの山車もある。
 マチェンドラナートの神様が、田畑に雨を降らせ、安定した天候を与え、農民の作物に
 恵みを与える神様であれば、ミムナートの神様は、命を与える神様である。
 これらの神様はネワール族の神様で、バウン族、チェットリ族からすれば、
 重要な神様ではないと言う。
 農耕民族であるネワール族にとっては、大地に命をもたらし、そして、雨と安定した天候を
 もたらす二つの神様は、彼らの信仰の理にかなっている。

 バウン族、チェットリ族のインドからのヒンズー教の焼き直しで形式的な儀礼のみの
 信仰に比べれば、余程生き生きとした信仰の有様である。
 千年以上にもわたるネワール族の歴史が 祭りには凝縮されているのだ。
 自らの王国をゴルカ王朝に奪われてから、240年、途切れることなく祭りを続けて
 きたネワール文化の底力が感じられるのである。

 まだ2時間 山車は動き出さないので、それまであたりを散歩することにした。


++ ブログランキングに参加しています。ご協力を! ++
      忘れないで
        ↓
**面白いと思ったらクリック**
  人気ブログランキングへ
**面白いと思ったらクリック**
   ブログランキング・にほんブログ村へ



ネパール パタン | 02:27:26 | Trackback(0) | Comments(0)