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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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バンコク 大晦日はワット・アルンへ散歩
バンコク 大晦日はワット・アルンへ散歩 1

バンコク 大晦日はワット・アルンへ散歩 2

バンコク 大晦日はワット・アルンへ散歩 3

バンコク 大晦日はワット・アルンへ散歩 4


 午後からサウナのように暑くなる部屋にいても、仕方がないので
 チャオプリヤ側へと散歩に行ってきた。
 正月休みに入ったバンコク、いつもは混みあっている道路も空いていて、
 47番のバスは、あっという間に、ティアン船着場(ター・ティアン)に到着した。

 調子のよかったのはそこまでで 船着場には旅行者の群れ、
 外国人ばかりでなくタイ人観光客も凄い数だ。
 こんな雑踏の中で、船を待つのも嫌なので、隣の船着場へと行く。
 旅行者があまり知らない、パークロン市場のすぐ近くにあるパークロン船着場だ。
 ここは混んでいない。
 別にワット・アルンが目的ではないので対岸に渡れれば、それでいいのである。

 古い中国寺院や、古いモスク、昔は貴族が住んでいた住居を探しながら、
 のんびり散歩、トンブリ地区には朽ちかけているような古い建物が多くあって
 興味深い。
 どこへというわけもなく、当てのない散歩、これもこれで楽しいものだ。

 そうこうするうちにワット・アルンの近くへやって来た。
 すぐにはワット・アルンの境内には入らず、すぐ外のこの前食べたかき氷の店へ、
 タイ風のカキ氷も暑い日差しの中を歩いてくると、のどの渇きを癒してくれる。
 品のいいおばさんのやっている小さな店、中に入れる寒天や豆を自分で選ぶと
 カキ氷をのせ、赤いシロップ、コンデンスをかけてくれる。
 カキ氷を食べながら、ほっと一息。
 トンブリを散歩したときには ここでカキ氷を食べることに決めた。

 ワット・アルンの境内の中に入り、入場料を払う中には入らず、
 じっくりとワット・アルンを外から眺める。
 ワット・アルンは外から眺める方が美しいのだ。
 私は、中にも入ったことが何度かあるからこれでいいのだ。

 今日は12月31日、大晦日、ワット・アルンで1日を締めるのもよい。
 そろそろ夕暮れ時、目の前にはシルエットになってきたワット・アルン、
 対岸には、ワット・ポートワット・プラケオ、絵になるではないか。
 さあ、渡し舟にのって、向こう岸へ。


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徒然なるままに | 23:42:46 | Trackback(0) | Comments(2)
バンコク 仏陀橋(サファン・プット)の上にて
バンコク 仏陀橋(サファン・プット)の上にて 4

バンコク 仏陀橋(サファン・プット)の上にて 3

バンコク 仏陀橋(サファン・プット)の上にて 2

バンコク 仏陀橋(サファン・プット)の上にて 1


 ここ1週間のバンコクの暑さは異常である。4,5月の夏のバンコクだ。
 昨日は、歩き回ったせいか、すっかりばててしまった。
 
 73番の冷房バスに乗って、チャップリヤ川に架かるサファン・プット(仏陀橋)へ
 その橋を歩いて渡り、川向こうのトンブリ地区へ行ってみた。
 橋の下にはメナム・チャップリヤが悠々と流れ、荷を運ぶ船、水上バスが
 忙しく行きかう。
 その向こうには 暁の寺 ワット・アルンがその姿を見せている。
 せわしいバンコクの中にあって、のんびりと時間の流れている場所だ。
 
 井上陽水の曲 『タイランド ファンタジア』が思い浮かぶ。
 あまり話題にならなかった曲かもしれないが、
 バンコクの雰囲気をうまく表現している名曲である。

 あこがれて風はメコンに流れ
 ふりそそぐ雨をコントロール
 にぎやかな声が市場にあふれ
 雨だれの後はタイ料理

 軽やかにすべるライムの風に
 戯れてそよぐ子供の髪
 鮮やかな色の見知らぬ花に
 誘われて進むセイルボート

 愛のないハートで叫びながら
 Blue Love、青空の果てまで夢と流されて
 (井上陽水作詞 タイランド ファンタジアより)

 バンコクに来れば、一度はこの橋の上に立って
 流れ行くメナム・チャップリヤを眺めてみたい。
 大きく変わり行くバンコクではあるが、
 唯一変わらぬものがあるとすれば、
 このメナム・チャップリヤの川の流れである。



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バンコク ある風景 | 11:58:40 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 中華街 時の止まった竹細工の店
バンコク 中華街 時の止まった竹細工の店 1

バンコク 中華街 時の止まった竹細工の店 4

バンコク 中華街 時の止まった竹細工の店 2

バンコク 中華街 時の止まった竹細工の店 3


 バスの上から、見た竹細工の店、昔と少しも変わっていない。
 懐かしくなって、帰りによって見る。
 時間が止まっていたように、20年前と同じだ。
 店頭に飾っている竹製品も、店の中におかれているものも、ほとんど同じだ。
 こんなことってあるものだ。
 不思議な心持になってしまう。
 この20年の間にバンコクはすっかり様変わりしてしまったというのに、
 こんな世界も残っていることに感動する。

 20年前にこの店の竹細工に惹かれて、いくつか買ったことがあるのだ。
 出てきた店の人も、以前に応対してくれた女の人のようだ。
 20年も変わりないということは、
 タイの発展とは無縁なところに この店があったということだ。
 竹細工という手工芸をひたすら守り続けてきた姿が見えた。
 時間は流れ、時代も変わった、
 そして、私も店の人も老いてしまった。
 今、この場所に立っていること、移り行く世界の中で、
 時間の止まったようなこの店の前に立っていることが、
 何かの悪戯のように思えて仕方が無いのだ。
 明日、もう一度、訪れて見れば、この竹細工の店は跡形もなく、
 消え去っているということもあるのではと思えてくる。

 変わることが幸せなのか、変わらないことが幸せなのか、そんな問いを自分に問う。
 手作りの美しいものは いつかは失われていくのだろうか。
 そのときは、時代は、社会はどうなっているのだろう。
 手で確かめながら、生きていく生活、心のこもった手作りの世界が
 失われたとき、われわれの心に残るものは何だろう。


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バンコクの運河 | 13:35:19 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク バンコクの運河めぐり
バンコク バンコクの運河めぐり 1

バンコク バンコクの運河めぐり 2

バンコク バンコクの運河めぐり 3

バンコク バンコクの運河めぐり 4

バンコク バンコクの運河めぐり 5

バンコク バンコクの運河めぐり 6



 ワット・プラケオのすぐ近くにあるチャン船着場(ター・チャン)に行き、
 バンコク・トンブリ地区を流れるバンコクノーイ運河を上り、
 上流のバーンヤイまで至る運航船に乗ることにした。
 このバーンヤイへ向かう運行船は、午前中は朝6時から8時近くまでは
 バーンヤイからチャン船着場まで、午後は3時半から9時までは
 チャン船着場からバーンヤイまでの一方通行で、往復はしない。
 というのも、この運行船は、バンコクノーイ運河沿いに住む人々が
 バンコクへの通勤・通学の行き帰りに利用されているものだからだ。
 だから、バーンヤイに着いてしまえば、帰りの船はない。
 旅行客と見られ、運賃50バーツを要求される。
 地元の通勤客はもっと安いはずであるが、今回は文句を言わず支払うことにした。

 午後4時30分、乗客がすべての席に座り込むと、バーンヤイに向かう運行船は、
 チャオプリヤ川に向かって滑り出していった。
 チャオプリヤ川の上流に向かって進むと、船は左に迂回しながら、
 バンコクノーイ運河へと入っていく。
 運河の奥に入っていくに従い、運河沿いの家々は、昔ながらのバンコクの水上家屋に
 変わっていく。
 50年前のバンコクに時代が遡行していくようである。
 大きな船着場はなく、通勤・通学の人々は、自分の家の前にある小さな船着場に
 船を停めてもらい、家路へと向かって船を下りてゆく。
 夕暮れ時のやわらかい太陽の光が、伝統的なバンコク式の家々や川面に射している。
 のんびりとした優しい時間が流れていく。
 ごみごみとしたバンコク都心からは考えられない美しい風景である。
 川辺の人々は、この夕暮れ時をゆったりと楽しんでいる。
 朝 見送った家族が、夕暮れ時に帰ってくるのを迎える姿も好ましい。
 未だに、昔ながらの川辺の生活が消えることなく、生き生きと続いているのだ。
 こういう人々の生活がなくなれば、バンコクは魅力を失ってしまうだろう。
 日常の生活品を売る人の小船が行きかう。隣人を訪ねる川辺の人の小船が行きかう。
 家の軒先に並べた椅子に座り込んで話しに弾む人々、すべてが走馬灯のように
 浮き上がってくる。
 まだ こんな美しい生活が残っているのだ。

 運行船はバーンヤイに到着、最後まで乗っていたのは、
 私と韓国人の二人の旅行者だけだった。

 バーンヤイからの帰りの船はない。
 バーンヤイからバスに乗り、ノンタブリの対岸の町に、
 そして渡し舟でノンタブリの船着場へ、
 そこからチャオプリヤ・エクスプレス・ボートに乗って、
 チャン船着場へと帰ってきた。



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バンコクの運河 | 10:25:40 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク バンコクノーイ 水上集落
バンコク バンコクノーイ 水上集落 2

バンコク バンコクノーイ 水上集落 1

バンコク バンコクノーイ 水上集落 3

バンコク バンコクノーイ 水上集落 4


 バンコクノーイにやってきたのは20年ぶりのことである。
 地図も持たず、やって来たら全く訳がわからない。
 船着場のトンブリ駅に降り立ったのは良いが、
 あたりは建築ラッシュで工事中、
 すぐに見つかると思っていた鉄道のトンブリ駅は見当たらない。
 商店街の方へ行けばどうにかなると思って、
 うろうろするが 自分が思っていた姿とは違う。
 もっと古い街並みかと思っていたのだ。
 メナム・チャオプラヤと運河が出合うあたりまで行けば、
 何か面白いものに出会うかもしれないと思い、
 運河の上に架かる橋を越えてみると、
 運河の水の上に浮かぶ集落に出会った。
 運河の水の中に杭を立て、その上に住居を建てているのである。
 この集落もイスラム教徒の集落であった。


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バンコクの運河 | 02:03:22 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 滅びゆくもの 2
バンコク 滅びゆくもの 2 1

バンコク 滅びゆくもの 2 2

バンコク 滅びゆくもの 2 3

バンコク 滅びゆくもの 2 4

バンコク 滅びゆくもの 2 5


   この建物を見るのも 今日が見納めだ
   百年の夢物語も 終わりを迎える
   お前と私の愛の営みの場所も
   子供たちが、生まれ育ったあの部屋も 
   明日になってしまえば、姿を消してしまう

   まだ姿あるうちに 確かめておこう
   あの階段の木の軋みを
   あの窓から眺めた景色を
   一つ一つの思い出の部屋を

   そして、我々も去っていくのだ
   もう我々の棲家はなくなってしまうのだから

 パヤタイ道路とペチャブリ道路が交わる交差点の近くに
 気になる1軒の木造の邸宅があった。
 いつも横目に眺めて通り過ぎるだけであったが、
 虫の知らせか、この邸宅をしっかり見ておこうという気になった
 
 その場所にやってきてみると、なんとその邸宅は解体中だった。
 話を聞くと、
 この建物は、ラーマ五世時代、今から百年前に建てられた
 王族の持ち家であった。
 解体されて、誰かの持ち家として復元されるとのこと
 古きバンコクの香りを残していた建物が消えてゆく
 この建物の横に建つ高層マンション、
 皆、こんな姿に変わっていくのだろうか

 この建物の前に、一人のおばあさんがいた。
 話を聞いてみると、
 この土地を買ったのは、彼女の孫であるという
 彼女も65年前、上海から家族総出でバンコクにやってきた。
 今、彼女は77歳、12の歳にバンコクの地を踏んだことになる。
 彼女の家族は、食堂を開き、彼女は土建屋と結婚した。
 この解体の監督にやってきたのだろう。

 孫が買ったこの土地の広さは8.5ライ、約4千坪、地価 数十億円
 ここにホテルを建てるという。
 65年の華人の努力の結果が、これである。
 開いた口が、ふさがらなかった。



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バンコク ある風景 | 11:03:40 | Trackback(0) | Comments(4)
バンコク 滅び行くもの
バンコク 朽ちていくもの1

バンコク 朽ちていくもの2

バンコク 朽ちていくもの3

バンコク 朽ちていくもの4


 一人の年老いた女が、家の前に座り込んでいる。
 この家は、あと何年、持つのだろう

  生まれてから住みなれた家
  年々雨漏りはひどくなる
  窓の開け閉めもままならない

  私の幼い日、あんなに美しかったこの家が
  今 朽ちようとしている
  貧しい私には どうすることも出来ない

  何十年も昔のことだ
  父がいて、母がいて、そして兄弟姉妹もいた幸せな日々
  その頃は、この家に住んでいることが、どんなに自慢だったことか
  私も年老いた それ以上にこの家は、年老いてしまった
  幸せの日々が過ぎ去ってしまったように
  この家も崩れ去っていくだろう
 
 バーン・クルアの南地区に、かつては美しかったであろう1軒の家がある。
 昔は、運河を走る船から、際立って美しい家だったに違いない。
 その家も 今では、雨漏りのあとも痛々しいし、
 至る所がその傷みに耐えかねている。
 チャム族の族長の家だったのだろうか。
 それとも商いで成功したが、その後没落していったのであろうか。
 家の前に座り込んでいる一人の老女、
 彼女の人生にはどんな歴史が刻まれているのであろうか。


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バンコク ある風景 | 19:40:43 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 時代遅れの裏町通り
バンコク 時代遅れの裏町通り1

バンコク 時代遅れの裏町通り2

バンコク 時代遅れの裏町通り3

バンコク 時代遅れの裏町通り4

バンコク 時代遅れの裏町通り5


ウォンウェンヤイに向かって、歩いているうちに
ふと横の路地に眼を向けると、
なにやら、古めかしい木造の家が建ち並んでいる。
橋から歩いてきたが、こんな雰囲気の路地はなかった。
心が何かに向かって魅かれていくということはあるものだ。
それが出会いということかもしれない。

誘われるようにこの路地の中に入っていく。
1キロばかりのこの通り、すべてが木造の古い家屋なのだ。
美容院、食堂、お菓子や、すべてが時代遅れなのである。
誰かが、いたずらでこの裏町通り、時代遅れの裏町通りを
作り上げたのではとも思えてくる。
映画のロケならわかる。
まるでバンコクの一昔前の世界なのである。
こんなことってあるものではない。
まるで狐に鼻をつままれているようだ。
バンコクの下町、トンブリ地区だからありえるのかもしれない。

この裏町通りには、古くから中国人とイスラム教徒が住んでいるという。
バーン・クルア、ボーベーそしてペチャブリ ソイ7といい、
どういう訳か、イスラム教徒の街に出会ってしまう。
そして、そこには、昔ながらの古いたたずまいが色濃く残っている。
不思議な縁である。
意識してイスラム教徒の街を探しているわけではないのだ。
どうも街が私を呼んでいるように思えてならない。

時代遅れの裏町通りには
時代遅れの優しい人たちが住んでいるのだろうか。


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バンコクを歩く | 18:55:28 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク チャイナタウンのオールドマンズ カフェ
バンコク チャイナタウンのオールドマンズ カフェ1

バンコク チャイナタウンのオールドマンズ カフェ2

バンコク チャイナタウンのオールドマンズ カフェ3

バンコク チャイナタウンのオールドマンズ カフェ4


 12月だというのに、この暑さはなんだ。4月、5月の夏の暑さだ。
 中華街ヤワラートをうろつきまわっているうちに 喉の渇きも最高潮に達した。
 何か渇きを癒すものをと、あたりを見回すと、
 老人ばかりがたむろしている1軒の喫茶店が、眼に飛び込んできた。
 まさに中華街のオールドマンズ カフェである。
 この季節はずれの暑さには チャイナタウンのオールドマンも耐えられないようだ。
 チャイナタウンのオールドマンが、所狭しと座り込んでいる様は 圧巻である。
 
 喉の渇きを癒すために私もオールドマンの仲間入り、
 「チャー・ダム・イェン(中華風アイスティ)をおくれ」
 チャー・ダム・イェンと氷入りのお茶のセットで、12バーツ(40円)
 耐え難かった喉の渇きを一気に解消する。
 落ち着いたところで周りを見ると、百年近く前のヤワラートの様子を描いた絵、
 オールドマンたちにはぴったりの絵だ。
 何とも古めかしい店だ。
 これは まさしくチャイナタウンのオールドマンズ カフェだ。
 こんな店が、まだ 中華街ヤワラートの裏通りにはある。
 やはり、中華街は 不思議な街である。


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バンコク 中華街 | 10:55:03 | Trackback(0) | Comments(2)
東北タイとの出会い
 東北タイの中のコンケンという町に、7年ほど住んだことがある。住んだといっても、1年のうち5ヶ月という形で、7年だ。
 だから、私にとって、タイは 東北タイを意味する。タイ料理も、東北タイ料理が口に合い、今、バンコクにいても、東北タイ料理を口にすることが多くなる。

 20年以上も前、カムプーン・ブンタヴィーの「東北タイの子」を読んだことがある。ウボンラチャタニーの村の生活を描いたものだ。素朴で誠実な東北タイ農民がひしひしと伝わってきて、そこから タイ人のイメージを作り上げたのであるが、バンコクのタイ人を見ていると、自分の作り上げたタイ人のイメージとバンコクに生活する人々との違いに驚いたことも少なからずあった。大都市のバンコクには、誠実さも、素朴さもなかった。
 利害関係以外でのタイ人との交流を生み出すことも難しかった。

 20年前のことである。東北タイを旅していたときのことである。バンコクからコラート、コンケン、ウドンタニ、ノンカイへと旅をし、その終点が、メコン川をはさんで、向こう岸にラオス ビエンチャンが見えるノンカイだった。その頃には、タイ・ラオス友好橋は建設されてはいなかった。

 ビエンチャンへの川船の船着場付近の喫茶店で、一人の日本人に出会った。20年前というと、ノンカイはまだまだ、日本人の姿を見かけることは、少なかった。
 そんな場所で、日本人と出会うと、懐かしさがこみ上げてくるものだ。
 彼は、海外青年協力隊で農業指導のために派遣されている青年だった。現地になじみ、真面目に仕事に取り組んでいる様子が、彼の話す言葉から、うかがうことが出来た。
 その彼が、「明日、村で結婚式があるけれど、行かないか」と誘われた。街から街への移動で、村に踏み入ることのなかった私にとっては、絶好の機会だった。
 翌日、彼は、オートバイで待ち合わせの場所にやって来、オートバイの後ろに私を乗せ、村へと案内してくれた。
 村では素朴な結婚式の宴が開かれていた。ラオカオといわれる米焼酎、生の牛肉のたたき、ラープなど東北タイの料理をご馳走になった。ネパールでの食になれていた私には違和感はなかった。焼酎も、牛肉のたたきも、ネパールでは体験済みだったから。

 酔い覚ましに、二人で村の池の近くに行くと、池の中で子供たちが泳いでいた。
 彼は 村の様子を話してくれた。この村にはまだ電気は来ていないけど、テレビはあること、電気はバッテリーを利用していること、そういう家は、アラブ諸国に出稼ぎに行って、お金を稼いできた人の家であること、大半の家は、貧しいことなど。
もうこの頃から、東北タイでは、外国への出稼ぎがはじまっていたのである。

この村には、「東北タイの子」の村の姿が、残っていたこと、そのことを体験できたことを、彼に感謝しながら、村を後にした。


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徒然なるままに | 10:48:27 | Trackback(0) | Comments(0)
旅と音楽
 日本を離れて暮らすことが長くなると、音楽は大きな慰めになる。
 日本の音楽は、取り立てて聴きたいとは思わないけれど、
 自分に立ち返るためには、
 バッハ、モーツアルト、バロック音楽は必要な友だった。
 あの騒がしいインド映画の音楽や歌を聴いていると、気持ちが不安定になる。
 それを回復するためにもバッハは旅の友だった。
 暑さのために煮えあがった脳みそをインド音楽は、ますます熱くする。
 バッハの音楽は、その脳みそに 清涼な風を与えてくれた。

 だから、インドを旅するときには、20本近いカセットテープ、ウォークマン、
 小さなスピーカーと結構な荷物になった。

 足場のない外国での生活は、人の心を不安定にしていくものだ。
 異国の文化が、心のバランスを崩していくこともある。
 自分にとって何が大切なことなのか、そのことがわからなければ、
 間違った異国の文化への同化へと向かってしまう。
 間違ったという意味は、外国人ツーリストが持ち込んだものを
 インド文化のように錯覚してしまうことだ。
 インドは、ドラッグ天国のように思われているが、
 そういう世界はインドの一般家庭とは無縁のものであるし、
 インド映画も、庶民の願望を象徴しているが、現実にはありえないことが多い。
 官能的なインド音楽を聴いていると、インドは如何にも官能的な国のように思えるが、
 インド人ほど、性的な欲求不満を抱えている国民はないだろう。

 当たり前に考えれば、すぐわかることも、長く旅を続けていると、
 こうしたインドへの誤解が増幅されて、当たり前のことが見えなくなってくる。
 そんなときに正常に引き戻してくれるのが音楽だった。

 ヨーロッパの宗教音楽は、自己の内面に向かう手助けをしてくれる。
 バッハやモーツアルトの音楽は 旅に疲れた心をリフレッシュしてくれる。

 自分の愛する音楽を携えて旅に向かえば、
 音楽は旅の救いにもなるし、自分の心、過去、現在、未来の自分を
 見つめなおす機会も与えてくれるかもしれない。
 いつもそんな期待を音楽に求めている。


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徒然なるままに | 23:10:28 | Trackback(0) | Comments(0)
布と私
 23年前に日本を離れ、生活のために布とかかわるようになった。
 ネパール、インド、タイ、カンボジア、ラオスと動き回っているうちに
 なんとなく、布が集まってしまった。
 世の中の流れとは逆行するようなことをしていると、
 生活することだけで精一杯で、食べていくのも楽ではない。

 エスニックといっても、粗悪な安っぽいものばかりが、横行するようになると
 私のような人間の居場所は、ますます狭くなるようだ。
 本当に良いもの、美しいものに対する興味が、この日本では薄れていく。
 衣食住という人間の文化、手をかけるという人間独自の能力も、
 だんだんと失われていく。

 布といえば、アジアの高度な文化だ。
 日本にも素晴らしい染織文化がある。
 しかし、それで食べていくのは至難の業だと聞く。
 つまらないことに何十億と無駄にする政府の頭に、
 文化を護るという言葉はない。
 政府がそうであるから、大企業など、お金のことしか頭にない。

 日本語、英語、ネパール語、ヒンディ語、タイ語を使い分け、
 布知識、布を見る眼、文化を見る眼、人を見る眼を養ってきたが、
 商売上手でないと、生活していくのは難しいようだ。

 我ながら、全く困ったものだ。どうにかならないのだろうか。
 そんな思いばかりが、先にたつこの頃である。


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徒然なるままに | 18:44:05 | Trackback(0) | Comments(2)
バンコク 近づくクリスマス
バンコク 近づくクリスマス1

バンコク 近づくクリスマス2

バンコク 近づくクリスマス3


 ここ20数年、クリスマスらしいクリスマス、正月らしい正月を
 味わったことはない。
 あるときは、カトマンズ、別のときは、バンコク、デリー、東京で
 クリスマスや正月を迎えてきたが、
 フーテンに寅さんのような生活をしていると、
 世間が祝う年中行事には背を向けてしまうものだ。

 今年のクリスマスと正月はバンコクで迎えることになるが、
 一人暮らしの私にとっては、興味のないことである。

 仏教徒のタイ人もクリスマスが近づくと、そわそわし始めるようだ。
 特に若い人たちは、クリスマスの華やかさに心を奪われるようである。
 近くのMBK東急、ディスカバリーセンター、サイアムパラゴンの周りは
 クリスマス1色である。
 今年は王様の12月5日の80歳の誕生日を祝うことと一緒になって、
 一段と華やかに飾り付けられている。
 王様の誕生日を祝うことのほうが、主流であろうが、
 それでも、バンコクも日本と同じように、宗教とは関係なしに
 クリスマスを楽しむようになってきている。
 それだけ豊かになってきているということだ。

 サイアムパラゴンデパートの1階の食堂街は、
 タイの中産階級の溜り場になっている。
 庶民が気楽にご飯を食べる場所ではない。
 他の場所に比べれば、値段の格段に高い。

 貧富の差がますます広がるバンコクでは、
 金持ちの生活場所と、貧しいものの生活場所が分かれていくようである。
 サイアムパラゴンで食事が出来ることが
 中産階級のステイタスシンボルのようになっている。
 バンコク庶民に近い生活をしている自分にとっても
 居心地の良い場所ではない。

 バンコクからクリスマスのイルミネーションの写真を送ります。
 メリー クリスマス!


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バンコク ある風景 | 03:30:04 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク ジム・トンプソンの家の祠
バンコク ジム・トンプソンの家の祠 1

バンコク ジム・トンプソンの家の祠 2

バンコク ジム・トンプソンの家の祠 3


  いらっしゃいませ
  ようこそ おこしになりました  
  狭いところですが、お上がりください
  お茶もお菓子の用意も出来ております
  遠慮など無用でございます

  こんな言葉に かどわかされて
  家の中に入り込んでしまえば
  2度と外の世界に出てくることが出来ないのは見えている
  
  あえて入り込んでみるのも、人生の転機
  どんな人生が待ち受けているものやら
  凶と出るか、吉と出るか、入ってのお楽しみだ

タイにはこんな妖艶な世界がある
一見、美しいものの中に魔物が住んでいる
ジム・トンプソンの家の前にある祠、
ジム・トンプソンもこの祠の中の魔物の声に誘われて
この祠の住民になってしまったに違いない
そんな怖さがこの祠には ある

気の弱いものは、決して覗いてはならない
あなたもこの祠の住民になってしまいますぞ
あの黄色いワンピースを着ている女性と入れ替わりに

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バンコク ある風景 | 09:34:58 | Trackback(0) | Comments(0)
タイの織物 チャム族とジム・トンプソン
タイの織物 チャム族とジム・トンプソン 1

タイの織物 チャム族とジム・トンプソン 2

タイの織物 チャム族とジム・トンプソン 3


 前々から、どうしてこんな場所にジム・トンプソンの家があるのか、
 どうしてこの地に住んだのか、疑問に思っていた。
 確かに運河沿いのこの地は、バンコクらしいといえば、
 そうともいえる場所ではあるが、決して便利な場所ではなかったであろう。

 このトンプソンの家の運河の対岸には、
 150年以上も前にカンボジアから移住してきたチャム族が住んでいた。
 チャム族は 織物を得意とする民族だ。
 この地には昔から織物で生活を支えていたチャム族の女たちがいたのだ。
 トンプソンが見たシルクとは、彼女たちの織るシルクだったに違いない。
 タイシルクではなく、チャム族のシルクなのだ。
 それが後世に タイシルクの名を与えられたに過ぎない。

 第2次世界大戦以後 ジム・トンプソンはアメリカの情報機関の一員として
 バンコクでの生活を始める。
 そして、バンコクのシルク布に魅かれて行く。
 トンプソンの最初の家を建てたのも、運河の対岸に住むチャム族だ。
 その頃のバンコクでは、チャム族以外にシルクを織るものはいなかった。
 トンプソンは、シルク布を織るチャム族の集落バーン・クルアの近くに
 住みたかったのだ。
 シルクの織姫たちと身近なところで 生活したかったのに違いない。

 タイのシルクは、運河沿いの集落に住むチャム族とジム・トンプソンの
 二人三脚の歩みの中で発展してきたのである。
 タイ族より古い歴史を持つチャンバ王国の末裔たちの文化、知恵に
 感動していたことは確かである。
 今だって、十分に魅力的な街なのだから。

 今でも、運河沿いの街バーン・クルアにはいくつかの機織工房がある。
 昔は、各家々に機織機があったが、今は、工房を残すのみである。
 古い工房の壁には、在りし日のジム・トンプソンと工房の主人との
 モノクロ写真が飾ってある。
 タイのシルクを世界に広めようと希望に燃えていたジム・トンプソンと
 工房の主人の姿がある。

 第2次世界大戦後から1967年までのジム・トンプソンと
 チャム族との熱いかかわりが、運河沿いのこの街にはあったのだ。

 1967年3月26日を最後に ジム・トンプソンの姿は消えてしまった。


(注) チャム族についてお知りになりたい方は

バンコク・カトマンズ慕情~アジアの旅の徒然に
http://blogs.yahoo.co.jp/hikaruno_season

『バンコク 運河の辺の街』をご覧ください。


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バンコク 運河の辺の街 | 08:48:36 | Trackback(0) | Comments(0)
ブータンの布 ウールの織物 ホタ・ジャロー
ブータンの布 ウールの織物 ホタ・ジャロー 1

ブータンの布 ウールの織物 ホタ・ジャロー 2
 130cm x 220cm  ウール   20世紀中期

 ブータンのウールの織物 ホタ・ジャロー
 十字の模様は絞り染めである。

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ブータンの布 毛織物 | 22:18:49 | Trackback(0) | Comments(0)
ブータンの布 貫頭衣 キシュン(2) 古代衣装の如く
ブータン布 貫頭衣 キシュン(2) 1

ブータン布 貫頭衣 キシュン(2)

ブータン布 貫頭衣 キシュン(2) 3
  木綿   20世紀初期

 ブータンの古代衣装のようなキシュン、良い状態で保存されていたようだ。
 複雑な文様、凝った織り、アップリケのようなウールの使い方、
 すべてが ブータンらしさを表現している。


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ブータンの布 貫頭衣 | 18:19:11 | Trackback(0) | Comments(0)
ブータンの布 ブンディ(ブータン式風呂敷) (04)
ブンディ 1

ブンディ

ブンディ3
  135cm x 115cm 木綿
 20世紀中期

 ブータンの風呂敷 ブンディ こんな日常的なものに対しても
 織りの粋を施す。
 時間がゆっくりと流れていた頃の織物だ。
 こんなものも今では少なくなっているはずである。


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ブータンの布 ブンディ(ブータン式風呂敷) | 14:17:43 | Trackback(0) | Comments(0)
明日からバンコク
明日からバンコク

明日からバンコク 2


 明日、成田からバンコクに向かって、飛び出す。
 寒くなっている日本は、
 亜熱帯用に変わってしまっている私の体には辛いものになっている。
 どうも血液の循環が寒さには適応できず、
 筋肉が硬くなり、体の節々が痛くなる。

 4,5ヶ月の海外生活に何を持っていくかというと、
 持って行くものは意外とない。
 粗食には慣れているから、どうにか現地の食事にも耐えられる。
 現地の料理に飽きたときの自炊のために必要なものは、
 かつおだしの素ぐらいのものだ。
 醤油、味噌、米(チェンライあたりで生産されている日本米)などは、
 バンコクで手に入る。
 果物は蜜柑があればよいが、
 タイは今、美味しいソム・サイ・ナムプンという品種の蜜柑の最盛期だ。
 だから心配はない。

 ネパール用には、だしの素さえあれば、あとはバンコクで買えばよい。
 固形スープ(鶏、豚)、これはカレー、野菜スープに役立つ。
 タイ製のちりめんじゃこ、これはおかゆを作って食べるときに役に立つ。
 タイ製春雨、鶏すき焼きをするときに、白滝の代わりになる。
 ネパールでもネパールで作っている日本米は手に入るし、
 豆腐、味噌もある。
 今、ネパールでは、マレーシア製のキッコーマン醤油が不足しているようだから、
 持って行く必要があるかもしれない。
 あとは、ネパールでは夜が早いから、夜食用のインスタント食品も持っていこう。
 これもバンコクで、タイ製のものが安く手に入る。そんなものかな。

 問題はヴィザのことだ。1ヶ月はトランジット・ヴィザでどうにかなるだろう。
 ただ、1月、2月のネパールには行きたくない。
 ガス、灯油がない。電気が計画停電では、いかにも生活がわびしい。
 だから、ツーリスト・ヴィザと取るために ラオスに出る必要があるかもしれない。

 久しぶりにインドに行き、インドでネパールの春を待つという方法もあるが
 費用を計算して、バンコクで決めることにしよう。


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徒然なるままに | 13:36:34 | Trackback(0) | Comments(0)
インド サリー(21)板絞りのシーフォンシルクサリー
インド サリー(21)板絞りのシーフォンシルクサリー 1

インド サリー(21)板絞りのシーフォンシルクサリー 2


 ラジャスタンの板絞りのシーフォンシルクサリー。
 羽のように軽いシーフォン、
 天女の身に着ける衣装のようだ。

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インド サリー | 13:38:59 | Trackback(0) | Comments(0)
ラオスの布 パー・ビアン(02)
ラオスの布 パー・ビアン(2)1

  幅 45cm x 長さ 170cm
ラオスの布 パー・ビアン(1)2
  170cm x 44cm

ラオス シェンクアン地方のシルクの肩掛け
プアン族の手仕事である。

ラオスも多民族国家である。
ルー族、プアン族、タイダム族、タイデーン族、タイカーオ族、
アカ族、ハニ族、ローロー族、モン族、ヤオ族、
ラバン族、カッセン族、カトォ族と様々の民族が住んでおり、
固有の文化、生活習慣を持っている。
そして、織物の世界でも、独自の世界を持っている。
特にラオスの北部は織物の宝庫といってもよいだろう。



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ラオスの布 パー・ビアン | 13:22:37 | Trackback(0) | Comments(0)
ラオスの布 パー・ビアン(01)
ラオスの布 パー・ビアン(1)1

   172cm x 50cm

ラオスの布 パー・ビアン(01) 3


ラオス シェンクアン地方のシルクの肩掛け
プアン族によって織られている。

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ラオスの布 パー・ビアン | 13:17:09 | Trackback(0) | Comments(0)
再びバンコクへ
再びバンコクへ2

再びバンコクへ


 予定の1ヶ月の滞在もそろそろ終わりに近づいてきた。
 紅葉真っ盛りの中に帰ってきて、落ち葉の季節の中で 日本を離れる。
 今回の滞在の目的は、今まで押入れにしまい込んでいた布の整理であったが、
 その目的も、どうにか片がつきそうだ。
 私のコレクションを 一括買い取ってくれる人なり、組織があれば嬉しいのであるが
 なかなかそういう人はいないようだ。
 お金があっても染織のコレクションにお金をかけるという人も少ない。

 日本に帰ってきて思うことだが、日本も益々住みにくい国になっていることだ。
 ネパールでも、タイでも貧しい人はいるが、人々はもっと生き生きと生活している。
 ワーキング・プアという言葉が、この頃日本で流行っているらしいが、
 正社員でなければ、収入も少なく、啄木の言葉ではないが、
 働けど 働けど わが暮らし 楽にならざる
 というのが現実の社会である。
 真面目に生きる人間が馬鹿を見る社会は、今が1番ひどいのかもしれない。
 こんな社会が、いつまでも続くとは思われないし、
 今の状態のままでは日本も今後大きな危機を迎えるだろう。
 大企業の論理が社会に蔓延し、人々が人間らしい生活をすることすら、
 保障されない社会とはどんなものだろう。

 タイやネパール、インドに行くと、日本は金持ちの国だ。
 皆贅沢な暮らしをしていると、思っている。
 タイやネパール、インドに行けば物価が安い。だから、贅沢も出来る。
 日本で生活している日本人の中にも貧しい人間がいるなどとは考えられない。
 だから日本からの援助を期待する。
 太っているのが大企業や政府であって、個人でないことは理解できないのだ。
 海外でぎりぎりの生活をしている私にとっては肩身が狭い。
 老後が近づいてきている私にとっては、
 海外でどう老後の生活を築くは大きな課題である。

 寒い日本を抜け出し、暑い国に行くだけで解放されたような気持ちになる。

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徒然なるままに | 10:45:19 | Trackback(0) | Comments(0)
インドの布 バールメールのブロックプリント布
インドの布 バールメールのブロックプリント布 1

インドの布 バールメールのブロックプリント布 2

インドの布 バールメールのブロックプリント布 3


 ラジャスタンのバールメールの町が、
 木綿のブロックプリントの街であることは知られていない。
 バールメールの町が木工家具で有名であることや
 バールメール周辺の村が、
 ラジャスタン刺繍を得意とする村であることも知られていない。
 この町のブロックプリント布の店で、布を手に入れ、
 ラジャスタン刺繍を少し施してみた。

 時は、18年前、小さなバールメールの駅を降りると
 メインストリートがまっすぐ走っている。
 右に行けばセワサダンというダラムサーラ、
 もう少し先まで行けばバス乗り場、バールメール周辺に行くバス、
 ジャイサルメールへ向かうバスがここから出ている。
 砂漠の町であるここには、暑さゆえにリキシャは走っていない。

 メインストリートを歩きつめると、なんとも貧弱な市場があり、
 日中の暑さから種類の少ないしなびた野菜が売られていた。
 この町で一番美味しいを思った果物は、
 パキスタンから入ってくる白い小粒の葡萄だった。

 市場の近くに布の店はあった。布が壁一杯に積み重なっており
 周辺の村々からの素朴なブロックプリントの布が所狭しと並んでいた。

 美味しいマトンカレーの店があった。
 こっそり食べる人のために布で仕切られた店の奥にもテーブルが置いてあった。
 ラジャスタンのラージプート(武士階級)は肉好きなのだ。
 そこで出会ったラージプートのインド人に、
 マトンカレーにライムの酸っぱい果汁を振り掛けると美味しいことを教えてもらった。


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インドの布 | 16:55:20 | Trackback(0) | Comments(0)
ネパールの布 イラクサ・ショール
ネパールの布 イラクサ・ショール 1

ネパールの布 イラクサ・ショール 2
  62cm x 230cm   15年前に編まれたもの

ネパールの布 イラクサ・ショール 3

ネパールの布 イラクサ・ショール 4
  65cm x 210cm   最近編まれているもの

 東ネパールの山岳地方、タプレジュンあたりで
 イラクサから糸を取り出し、紡いでいる。
 ああ、こんなものがネパールでと驚いたものである。
 20年前は、素朴だったが、糸そのものは、まだ荒かったが、
 近頃は、かなり細い糸も紡ぎだせるようになった。

 大半は、このイラクサの糸でショール、ストール、ランチョンマットを
 作ることが多いが、中にはふくも作っている。
 ただ、アイデアが良くないために、着にくかったり、粗雑なものが多い。
 このイラクサの糸を使って、しゃれたサマーセーター、カーディガン、
 ベストなどを編めば、素敵であると思うが、編む技術はあっても、
 しゃれたものを作り出すデザインの力はないようだ。

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ネパールの布 | 12:56:28 | Trackback(0) | Comments(0)
ネパールの布 ネパールの刺繍
ネパールの布 ネパールの刺繍 1

ネパールの布 ネパールの刺繍2

ネパールの布 ネパールの刺繍 3



 20年近く前に見つけたネパールの刺繍布である。
 布は工場生産のつまらない布であるが、刺繍は素晴らしい。
 ネパールにこれだけの刺繍の技術があることに驚いたものだ。
 ネパールの山岳民族の仕事であるようだが、
 ネパールのどのあたりの仕事かはわからなかった。
 そうこうする内に20年の歳月が流れ、この刺繍を市場では
 見かけけることはなくなった。
 私がネパールにいるようになって、23年になるが、
 ネパールの染織で、価値を感じたものは、この刺繍、
 ダッカ布、そして、イラクサである。
 ダッカ布やイラクサは今もなお、生き続けているが
 この刺繍は生かされることがなかったようだ。

 アッサムあたりの天然シルク ムッガシルクの布にこうした刺繍を
 施せばと思うが、もう刺繍の担い手はいなくなっているかもしれない。

 ネパール人は、古い技術を生かしながら、新しいものを作り出す能力に
 欠けているようである。
 新しいものだけを追い求め、古いものを上手に育てていく地密な努力が足りない。
 そうしたことは、ネパールの今の政治状況にもつながるようだ。

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ネパールの布 | 12:28:20 | Trackback(0) | Comments(0)
ラオスの布 パー・シン(ラオス式スカート)[4]
ラオスの布 パー・シン(ラオス式スカート)[2]
  164cm x 87cm

ラオスの布 パー・シン(ラオス式スカート)[2]2

ラオスの布 パー・シン(ラオス式スカート)[2]3

ラオスの布 パー・シン(ラオス式スカート)[4]
  136cm x 93cm
ラオスの布 パー・シン(ラオス式スカート)[4]2
ラオスの布 パー・シン(ラオス式スカート)[4]3

ラオスの布 パー・シン(ラオス式スカート)[4]4
  130cm x 101cm
ラオスの布 パー・シン(ラオス式スカート)[4]5
ラオスの布 パー・シン(ラオス式スカート)[4]6


 北東ラオス サムヌアで織られたパー・シン(ラオス式スカート)

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ラオスの布 パー・シン | 01:52:33 | Trackback(0) | Comments(0)
タイの布 ウッタラディット 女性用民族衣装 パー・シン
タイの布 ウッタラディット 女性用民族衣装 パー・シン1

タイの布 ウッタラディット 女性用民族衣装 パー・シン2


 タイのウッタラディット県で織られている。
 絣と浮き織りの組み合わせ。

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タイの布 | 10:49:28 | Trackback(0) | Comments(0)
インド サリー(20) ゴールデンプリント シルクサリー
インド サリー(20)ゴールデンプリント シルクサリー 1
インド サリー(20)ゴールデンプリント シルクサリー 2

インド サリー(20)ゴールデンプリント シルクサリー 3
インド サリー(20)ゴールデンプリント シルクサリー 4


 インド人は、ゴールド,金を好む。
 結婚式でも行ってみれば、
 インド女性が身に着けているアクセサリーでわかる。
 そんなインド女性の好みに合わせて作ったサリーだ。
 ゴールド、ゴールデンプリントサリー、絶妙の組み合わせだ。


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インド サリー | 22:26:35 | Trackback(0) | Comments(0)
インドの布 ヒマッチャル州 クルのつづれ織りショール
インドの布 ヒマッチャル州 クルのつづれ織りショール1
 110cm x 166cm ウール
インドの布 ヒマッチャル州 クルのつづれ織りショール2

インドの布 ヒマッチャル州 クルのつづれ織りショール3


 インドの高地の町クルで織られているウールのショール、
 折の技法につづれ織りが使われている。
 ネパールやベンガル州にも同じ技法の布がある。

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インドの布 | 20:59:31 | Trackback(0) | Comments(0)
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