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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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ネパール 老人のいる風景
老人のいる風景 1

老人のいる風景 2

老人のいる風景 3

老人のいる風景 4

老人のいる風景 5

老人のいる風景 6

 カトマンズ盆地の中のパタン、バクタプール、キルティプールの旧市街地を歩いていると、
 パティと呼ばれている寄り合い所や、家の軒先に老人たちの姿を見かけることが多い。
 近くに住んでいる老人たちが 集まって、遠い昔のことを思い出しながら、
 午後ののんびりした時間を過ごしている。
 悠々自適のときを楽しんでいるような感じがする。
 彼らは カトマンズの古くからの民 ネワール族の人々である。
 それも特に農民カーストマハルザンの人たちが多い。
 楽しむべき場所を失い、語り合う友とともに過ごす時間を失った日本の老人たちとは
 異なる姿である。

 寄合い所に座り込んでいる老人たちには、何一つ老後の保証もなければ、
 医療の援助もない。
 頼りになるのは、息子たちであり、その嫁であり、孫たちである。

 ネワール族の社会は 昔から集合家族である。
 男兄弟の家族は、1つの家に一緒に住むか、家族が増えて手狭になれば、
 すぐ横に家を建てまして行く。
 そのため、中庭の周りには、兄弟・親戚の住居が建ち並ぶ構造になる。
 だから、年老いた親を見るのは、中庭の周りに住む兄弟・親戚の仕事になる。
 地域全体がそれを当たり前のこととして受け入れている。
 日本のように充実した贅沢な医療・介護は受けることは出来ないにしても、
 家族とともにいる満足感、心の安らぎを得ることは出来る。
 カトマンズの街には 街でありながら、こうした村のような共同体が、今でも生きている。
 ネワール族のそれは1つの生活の知恵でもある。

 日本は村の共同体を壊し、村の人々を都市へと引き寄せ、街の中に共同体を作ることなく、
 人々をばらばらの状態で生活させてきた。
 深いつながりのない地域社会は すべての負担を個人に押し付けていった。
 老いた親の面倒すら見ることが出来ないようなゆとりのない社会を作り上げてしまったのだ。
 これが経済大国 日本の実態である。
 経済論理、企業論理を優先させ、生き生きした人間生活に目を向けず、邁進した結果である。

 その責任は 国民にもないとはいえない。
 政策を実行する政府を無批判に受け入れてきたのは国民なのだから。
 お金があればどうにかなると、それだけを信じてきた日本人である。
 どういう社会を作り出したいのか、そうした視点がきちんと国民の側にない限り、
 満足のいく社会が生まれてこないのは当然のことである。
 実際に困った場面に出くわした時には、もう遅いのである。
 政府に期待しても 人間に対する認識が違うのだから、期待しても満足のいくものを
 得ることは困難だ。
 教育にしても、老人問題にしても、年金問題にしても、凶悪な犯罪にしても、
 政府任せにしていた結果なのではないか。
 自分はそれにどう係わっていたか、もう一度 問い直す必要があると思うが、どうだろう。

 ネパールの人々は貧しくて生活は大変であるが、政府が信頼できないのだから、
 自分たちの生活は、自分たちで護るという知恵はまだ残っている。
 政府に頼り、他人の力に頼る今の日本人は、自衛すら出来なくなっている。
 生き生きした人間らしい社会を作り出さない限り、生き生きした老後などないのは
 当然のことである。


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ネパールの不思議 | 09:31:38 | Trackback(0) | Comments(0)
カトマンズの街の形
カトマンズの街の形 1

カトマンズの街の形 2

カトマンズの街の形 3

カトマンズの街の形 4

カトマンズの街の形 5

カトマンズの街の形 6

 カトマンズの街は マッラ王朝時代に造られた街並みと、ゴルカ王朝時代に造られた
 建物が並存している。
 ゴルカ王朝といっても 大半の建物は、ラナ家専制時代に建てられたイギリス様式を
 真似たもので、ネパール建築とは程遠いものだ。
 街はマッラ王朝時代に建てられた建物が大半で、ゴルカ王朝時代に建てられた宮殿群は
 ネワール族の造り上げた街の周辺地域に散在しているだけである。

 日本の江戸時代のことを考えてみれば、江戸の中心に江戸城があり、
 その周辺に直参旗本の屋敷、大名屋敷、その外に商人たちの居住地と職人たちの居住区、
 さらにその外の川向こうには悪場所、歓楽街が広がり、その向こうといえば、村になってしまう。
 昼間の日常的な世界と夜の享楽的な世界が 街の中に共存することで、
 街にすむ人たちの心に聖と俗のバランスを与えていた。
 欲望の捌け口の場を用意していたのである。

 カトマンズの街を読み取るには、マッラ王朝時代の街づくりに眼を向ける必要がある。
 ゴルカ王朝時代の建物を見ても、ただ権力を誇示するための建物ばかりで、
 生活する人々の心の有様を知る手がかりにはならない。
 それにあるものは 専制独裁制のシンボルはあっても、民衆の姿は見えてこない。

 ネワール族の街づくり、それは、カトマンズでもパタンでもバクタプール、キルティプールでも
 同じ構造になっている。
 まず、街の中心部に王宮を作り、王宮の周りに寺を建造し、
 その周辺にカーストの高い人たちが住み、周辺に行くにしたがって、
 カーストの低い人たちが住むという構造になっている。
 
 基本的にはこの構造は250年のゴルカ王朝の支配の中でも変化はしていないようだが、
 上級カーストの生活場所については、ゴルカ王朝に協力的であったものとそうでないものの
 違いによって、居住区の入れ替えはあったように思われる。
 ネワール族の中のヒンズー教徒、仏教徒によって、ゴルカ王朝への協力度は違っていただろう。
 しかし、大半のネワール族は、マッラ王朝時代からの居住地域に住んでいるようだ。

 ただ不思議なのは カトマンズの街には、悪場所である歓楽地域がないことだ。
 ヒンズー教の影響なのだろうか。
 江戸であれば、隅田川の川向こうは、江戸庶民の歓楽街であったし、バンコクであれば、
 中華街が歓楽街だったはずだ。
 ネワール族の60歳を過ぎた人たちに聞いても、カトマンズにはそんな場所はなかったという
 答えが返ってくるばかりである。
 性に興味を持ち始めた若い頃はどうしていたのだと尋ねると、結婚まで我慢していたと言う。
 肉好き、酒好きのネワール族、遊び好きのネワール族がである。
 性的な面においても ゴルカ王朝時代は カトマンズは 性的に抑圧的な街だったようだ。

 ラナ家専制時代は、ラナ家の御曹司は、かなり性の面でも野放図であったというが、
 それは支配階層のことだけで、カトマンズの大半を占めていたネワール庶民とは無縁の
 ことだったようだ。

 ネパールでもカトマンズ以外の街道筋には、男の欲望を満たす場所がたくさんあった
 という話を聞いている。
 街道の食堂や宿屋で働く女たちは、男たちの欲望に応えていたことが多かったと言う。
 昔、東ネパールのダランという町のホテルに泊まったことがあるが、そこにもホテル
 お抱えの娼婦たちがいた。
 カトマンズから離れれば離れるほど、性に対して緩やかであったようだ。
 ここ240年のチェットリ族、バウン族の支配は、カトマンズの享楽への欲望を
 抑圧していた社会だったようだ。

 人間の心の光と闇の世界をバランスよく街の中に取り入れなかった
 ここ240年のカトマンズの街は やはり、どこか、贋物めいた気がするのである。
 そうは言っても、賢いネワール族のこと、地域社会の中でうまくやっていたとは思うが。
 おおっぴらにされていなかっただけのことだろう。

 今はどうかと言えば、タメル地区あたりのダンス・バー、あるいは、カトマンズ周辺の
 地元の人間相手のバーなどは、男たちの欲望を満たす場所になっていることは周知のことだ。
 1990年代の民主化の過程の中で、聖と俗が共存できる街に変わってきたのである。

 マオイスト中心の現政府は 俗の世界への締め付けに手をつけ始めたようだ。
 民衆の娯楽に対する締め付けは 新たな抑圧を生み出し、混乱を招くだけだろう。



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ネパールの不思議 | 12:41:27 | Trackback(0) | Comments(0)

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