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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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タイでの長期滞在を望む人たちへー08 健康
タイでの長期滞在を望む人たちへー08 健康 1

タイでの長期滞在を望む人たちへー08 健康 2

 外国での生活の中で 1番大切なことは 健康ということかもしれない。
 26年間、ネパール、インド、タイで生活してきたが、何度か病院や診療所の
 世話になることもあった。

 26年前に初めてネパールのカトマンズに住みだした頃に最初にかかったのは
 ウィルス感染からくる吹き出物が出来たが、抗生物質で簡単に治癒した。
 
 その後 ネパールからインドを旅したとき、ネパール・インド国境の安宿で
 ひどい水を間違えて飲み、1週間ばかり インドを旅し、カルカッタに到着したときに
 ひどい下痢に襲われ、30分おきのトイレ通いが2,3日続き、下痢の合間を縫って、
 宿の近くのクリニックに行き、インド製の薬をもらって、やっと収まった。
 どうもアメーバー赤痢だったようだ。

 カトマンズで生活していると必ず洗礼を受けるのが ジアルジア症である。
 ランブル鞭毛虫に汚染された飲食物によって引き起こされる。
 不潔なローカルレストランやあまり豊かでない現地の人の家で出された食べものや
 水から感染することがある。
 この病気にかかると下痢になり、硫黄くさいげっぷやおならが出る。
 メトロニダゾール、チニダゾールがこの病気の特効薬である。
 
 goo ヘルスケア ジアルジア症
 http://health.goo.ne.jp/medical/search/10PC2300.html

 虫に刺され、そこから細菌感染し、瞬く間に 右足首が膨れ上がり、凄い痛みに
 襲われたことがある。
 パックチョンに住んでいた頃のことで 公立病院に1週間近く入院し、1日に何本も
 抗生物質の点滴を受け、その上、麻酔なしで 看護師に炎症の箇所をメスで切り
 取られたこともある。
 そのときには 海外旅行保険に入っていたから、そのときの治療費は 病院で
 領収書を作ってもらい、バンコクにある保険会社の支店で支払いを受けた。

 海外で罹った主だった病気はこんなものだったが、他には歯の治療もあった。
 日本で国民健康保険に入っていなかったから、歯の治療もカトマンズやバンコクに
 限られた。
 バンコクでも高い治療費を払えば、日本並みの治療も出来るが、歯の治療は旅行保険が
 利かないので、普通の町の歯医者さんを利用することが多かった。
 治療のレベルは満足できるものではなかったが。

 老後 海外での長期滞在を考えている人は 歯だけは 日本で充分に治療して置く方が
 いいだろう。
 海外での病気の治療は 応急処置と考え、日本に帰って治療するのが1番だろう。
 海外生活が長期にわたるようなら海外旅行保険に入っておくことも一つの方法である。
 ただ 1番安いオプションのものでも 1年で6万円近い、アメリカの9.11のWTC
 崩壊前は3万円くらいだったが、それ以後 倍近くなってしまった。
 1番安いものが 6万円になって以降 私は馬鹿らしくなり、旅行保険をやめてしまった。
 長生きを別に望んではいないから ネパールやタイの庶民並みの治療で充分だと思う
 ようになったからだ。

 今の私とって 1番困ることは日本で病気に罹ってしまうことだ。
 タイやネパールであれば、自分の状態を見ながら、抗生物質の薬を買うことも出来るが、
 日本では 医者の処方箋がないと手に入らない。
 この前も 咳が収まらず、健康保険なしで 検査を受けたら、薬込みで1万4千円、
 薬も咳止めだけ、肺には別に問題はないと言われたが その後の10日間 売薬で
 小康状態を保っているが、バンコク行きまで どうにか今の状態を持たせようと
 思っている。
 栄養補給と休息、睡眠である。
 睡眠のほうは 取りすぎて困るくらいだ。1日10時間以上 寝ている。
 いつも日本に帰ってくるときには 日本で治療を受けなくてもいいように
 注意しているのだが、咳きぐらいと注意を怠ってしまった。

 海外で生活するようになってから 家庭の医学程度の本によく目を通すようになった。
 今なら、インターネットを使えば、病気に対する知識が簡単に分かるようになっていて
 便利である。
 海外で 薬を買うときなどには 大いに参考になる。
 海外で治療を受けるときは 病気の状態を英語で言えるように 単語を 前もって
 調べておいたほうがいい。
 どの国の医者も 英語は通じるはずである。
 日本語の分かる診療所もあるが そんなところはやたら治療費が高いものである。
 海外での長期滞在も 金次第でどんな形もあるから、自分のレベルに合わせれば
 いいだろう。



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旅の情報 | 20:03:53 | Trackback(0) | Comments(0)
タイでの長期滞在を望む人たちへ‐06 人間への好奇心
タイでの長期滞在を望む人たちへ‐06 人間への好奇心 1

タイでの長期滞在を望む人たちへ‐06 人間への好奇心 2

タイでの長期滞在を望む人たちへ‐06 人間への好奇心 3

タイでの長期滞在を望む人たちへ‐06 人間への好奇心 4

タイでの長期滞在を望む人たちへ‐06 人間への好奇心 5

タイでの長期滞在を望む人たちへ‐06 人間への好奇心 6

タイでの長期滞在を望む人たちへ‐06 人間への好奇心 7

 コンケンでの7年間の生活の中での足は 自転車だった。
 暇があれば、コンケンの町の中を 自転車を使って 走り回っていた。
 いつの間にか コンケンの町は 自分の庭のようになっていた。

 布の仕入れ、洋服の縫製で知り合った人々、近所づきあいの中で知り合った人々、
 良くも悪くも そうした付き合いの中で コンケンは自分にとって身近な町に
 なっていった。

 タイでの生活と平行しながら ネパール カトマンズでの生活もあった。
 1年にタイでの生活が5ヶ月、ネパールでの生活が 4,5ヶ月、そして 
 時々インド、残りが東京という生活が 26年間続いてきた。
 そんな生活の中で 1番興味深かったことは 人間を見つめることであり、
 それぞれの国で生活している人々の姿だった。
 ネパール人、インド人、タイ人、そして 日本人、その違いを見つめ、その違いが
 どこから生まれて来るのか それを探ることは 楽しいことだった。
 私が ネパール語、ヒンディ語、タイ語が話せるようになったのも 人間に対する
 好奇心の強さからだったのだろう。

 家族制度、地域共同体の中の人間関係、そして その中で生きる子供、若者、中年、
 老人の姿を眺めることは 飽きることはなかった。
 それは 貧しさとは何か、豊かさとは何か、幸福とは何かを考える機会にもなった。
 国が異なれば 生活文化も異なり、貧しさ、豊か、幸福に対する受け取り方も
 異なることだった。
 日本人の持つ価値観や見方だけでは 貧しさも豊かさも幸福も正しく判断できないと
 いうことがわかってきた。
 又、昔は日本にもあった伝統的な生活文化(家族制度、地域共同体文化)が
 息づいていた。

 そういう視点からみれば、見えてくる世界も 欧米化し、昔ながらの伝統的な
 生活文化を失った今の日本人には 違う次元の豊かさも幸福も見えてこないかも
 しれない。

 アメリカ的な個人主義、モダンライフが人間を幸福にするという嘘が 今の日本では
 現実のものになってきている。
 老人たちは 家族と暮らすこともなくなり、老人ホームなどの施設で暮らすように
 なってきている。
 戦後 欧米式モダンライフを目指したマンションライフは その個人主義を尊重する
 あまり、人々との付き合いを失わせ、家族制度を二世代家族に変えてしまった。
 人々を支え、豊かさを共有する家族制度は失われ、家族はばらばらになり、
 皆 逆に貧しくなってしまった。

 人々の間から笑いが失われ、街は無機質なものに変わり、街の中では 共生する
 人々の姿はなくなっている。
 新しい欧米タイプの法律がどんどん作られ、息苦しさばかりが増していく。
 突然の変化であれば、皆 気がつくが、戦後65年かけて 少しずつ作り上げてきた
 変化には気がつかない。
 この26年間の変化は アジアの各地で起こっているけれど、1番成功したのは
 日本だろう。 

 ネパール、インド、タイ そして日本、浮遊するように生活してきた26年間で
 あるけれど、そのアジア世界の変化を見続けることは 飽きることのない興味を
 与えてくれた。
 人間に対する好奇心がなければ、どこにいても人間の心や姿は見えてこない。
 それは 日本に居ても同じことである。



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旅の情報 | 09:15:56 | Trackback(0) | Comments(0)
タイでの長期滞在を望む人たちへ‐05 住む・食べる04
タイでの長期滞在を望む人たちへ‐05 住む・食べる04 1

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タイでの長期滞在を望む人たちへ‐05 住む・食べる04 5

 コンケンには7年住んだわけであるが 人間住めば都で どうにか生活できるもので
 ある。
 コンケンは東北タイであり、東北タイ方言のイサン語を 皆 話しているが、
 東北タイの中心的な都市ということで コンケンの町では タイ語が充分に通じる。
 もしコンケンの外にある村に行けば、タイ語はあまり話さないので 村の人々に
 馴染むには イサン語を習得する必要があるだろう。

 私がどこでも住めるというのは 一つには 異国に生活する人々に対する好奇心が
 強く、人々の生活を理解したい気持ちから 現地語を話したい、理解したいと思う
 部分が強いからだろう。
 それともう一つは 食べることに対する好き嫌いがなく、何でも食べてみるという
 ところがあるからだろう。

 コンケンの市場へ行き、川海老を見つけては から揚げにしてみる、うなぎを
 見かけると柳川にして食べてみる、蜆を買って 味噌汁にいれる、そういうことが
 楽しんで出来ることも 異国で暮らすことにプラスになっている。

 近所に住むベトナム人とは 夕食を一緒に作り、一緒に食べることが多かった。
 私が1,2品作ると彼らも1,2品料理を作って一緒に食べるといった具合である。

 東北タイにも 中国系タイ人、ベトナム系タイ人 ラーオ系タイ人と様々の人間が
 生活していて、その違いを眺めているだけでも興味深かった。

 しかし、日本で普通に生活してきた人なら 異国で長期滞在生活をすることもないと
 いうのが、私の本音である。
 日本での生活の疲れを 異国の異なった文化に触れて、自分をリフレッシュさせると
 いうなら、時々タイにやって来て 何週間か生活して、又 日本に帰って生活すると
 いうのがいいように思う。
 私のように独り者であれば、どこに住むのも同じであるが、家族を持っている人が
 一人家族から離れて長期滞在をしていれば、日本での足場を失ってしまうのでは
 心配にもなる。

 長い旅行、それも1ヶ月くらいならまだしも 1年、2年も日本を離れていれば、
 日本での居場所も失ってしまいかねない。
 言葉が通じて、自分の好みのものを食べることが出来、それなりの人間関係が
 あるなら、生活の基本は 日本に置いたほうがいいかもしれない。

 異国で暮らすとなると 一過的な旅行とは違って もろもろの生活の重荷を
 日本で暮らす以上に抱えることになる。
 そうした困難を乗り越えていく強さ、たくましさが 自分にあるか、問うことも
 必要だ。
 言葉、食べ物の壁も小さなものではない。
 言葉が通じなければ、騙される機会も増えるし、誤解に苦しむこともある。
 どうして日本を離れてまで 海外で暮らしたいのか、タイならタイで、何をタイでの
 生活に期待しているのか 一度 きちんと考えたほうがいいだろう。

 急がば回れではないが、最初は タイ語やタイカルチャーを習ってみたりしながら、
 1,2ヶ月生活してみる。
 そして、タイの生活環境を探り、信頼できる人間関係を作ることなどで 土台作りに
 励めばいいのかもしれない。

 青い鳥が 実は海外生活ではなく、日本での生活にあったりするものである。
 私のように26年間の大半を過ごし、日本での生活の土台を失った人間とは
 違って、逆に 生まれてから 日本で過ごしてきた人間であれば 日本で作り上げた
 人間関係も貴重なものである。家族もあるはずである。
 そうしたものが 日本で作ることが出来なかったとしたら、異国で新しい人間関係を
 作り上げることは至難の業であることは 自覚しておいたほうがある。
 気をつけないと お金目当てで近づいてくる愛想のよい人間との関係を、魅力的な
 人間関係であると 誤解してしまうことも多い。
 それが地獄への1歩だったりする。

 急がず、ゆっくりと長期滞在を希望する国で 1,2ヶ月何度か生活を繰り返し、
 しっかり、現地での生活をじっくり観察することを勧めたい。



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旅の情報 | 12:02:34 | Trackback(0) | Comments(0)
タイでの長期滞在を望む人たちへ‐03 住む・食べる02
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タイでの長期滞在を望む人たちへ‐03 住む・食べる02 5

 私が タイとの係わりを持つようになって22,3年の月日が流れた。
 最初の頃は ネパール・インドへの行き帰りに タイに1,2週間立ち寄るというのが
 タイ滞在の形で 大抵は 中華街にあるジュライホテルに泊まるか、そこに飽きれば、
 プラトゥ・ナーム辺りの1泊3,4百バーツに泊まることもあった。

 何日かバンコク市内のホテルに泊まると チェンマイ・チェンライ、あるいは
 東北タイのコンケン、ウドン、ノンカイへ行き 布の仕入れをして、再びバンコクに
 帰り、時間があれば、パタヤ辺りに足を伸ばして、のんびり過ごすというのが 
 タイでの滞在のパターンだった。
 だから 食事といえば、屋台中心で それでもその前の3年はネパール・インドでの
 生活が長かったから、バンコクの屋台で食べる料理は何でも美味しく感じられた。
 カレー味から開放されたという思いが強かった。

 タイとの係わり、特に人間関係が出来上がってくるに従って、タイへの滞在期間も
 長くなり、最初にアパートを借りて住み始めたのが バンコクから180キロばかり
 離れたカオヤイ国立公園の近くの町 パックチョン この町には3年近く行き来した。
 気候的には涼しく、過ごしやすい場所であったが、20年前のパックチョンは 
 何もない田舎町で 市場に行っては 肉だの野菜だのを買ってきて自炊をした。
 当時は 豚肉の値段も 1キロ4,50バーツという安さ、プラー・ニン(テラピア)
 というタイで人気のある魚も 1キロ10バーツだった。

 パックチョンでアパートを借りるまでの数ヶ月は バンコクで知り合った知人の
 実家に居候し、パックチョンの郊外にあるタイの田舎の生活を知ることが出来た。
 料理は七輪、料理に使う水は 雨期のときに汲み置いていた水、水浴びの場所は
 野外、水道などパックチョン郊外のこの村には まだ来ていなかった。
 家の庭に井戸も掘ってみたが 乾期になると 水がひやがり、役に立たなかった。
 それでも カトマンズの水不足、不便さには慣れていたので パックチョンでの
 そんな生活も気にならなかった。
 テレビも冷蔵庫もガスも水道もない生活、別に驚きもなく すっと受け入れることが
 出来たのは やはりまだ若さの持つ体力が残っていた証拠だったのだろう。
 知人の母方の祖父がいたが バナナ、マンゴ、ジャックフルーツなどを育て、
 草を編んで屋根の材料を作っていた。
 当時 65歳ぐらいだったから、今は 90歳近くなっているだろうが、この家を
 去ってからは 会うこともなくなった。
 20年の歳月は あっという間に過ぎ去ってしまった。

 その後 パックチョンの町の中心近くに借りたアパートも水掛け式の浴室、
 台所に出来る小さな部屋と12畳ぐらいの部屋で月千バーツ
 (当時のレートで5千円程度)だった。
 フラット・タムルアッドと呼ばれ、警察官の持ち物だった。
 乾期の冬場のパックチョンは 涼しく、冷水での水浴びに慣れるには時間がかかった。
 それでも パックチョン郊外の村での生活に比べれば、部屋に水は来ていたし、
 プロパンガスとコンロはあったから、格段に便利な生活になったし、市場も店も
 近くにあり、普通の町の生活に近づいた。

 パックチョンに滞在し、布の仕入れに 冷房バスを使って 東北タイのコンケン、
 北タイのチェンマイへ出かけ、そして 都会の香りを吸いにバンコクに出かけたもの
 だった。
 パックチョンに住んだといっても 1ヶ月近く滞在すると 再び日本へ あるいは
 ネパール・インドへインドに出かけ、再び パックチョンに戻ってくるという3年間
 だった。
 この3年間の時々のパックチョンでの生活で 日本人に出会うことは1度もなかった。
 異国で生活するためには その地で生活する人々の生活をありのままに受け入れること
 から 始まる。
 そのためには 好奇心を失わず、人々の行動を観察することが 重要な第1歩であり、
 こうした姿勢が 犯罪に巻き込まれずに20年以上 生活出来た理由かもしれない。



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旅の情報 | 09:44:55 | Trackback(0) | Comments(0)
タイでの長期滞在を望む人たちへ‐01 タイ情報を得るために
タイでの長期滞在を望む人たちへ‐01 タイ情報を得るために 1

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タイでの長期滞在を望む人たちへ‐01 タイ情報を得るために 4

 近頃は 定年退職したら、海外で長期滞在をしたいという人たちが 増えている。
 定年退職前に 早々と長期滞在を実行している人も多くなっている。
 バンコクなどは 昔から長期滞在者が多い街で 20年以上前にタイと係わりあう
 ようになった頃も 今ほどではないが 中華街の端っこにあるジュライホテルでも
 長期滞在者を見かけることがあった。
 長期滞在者ではないが、1年のうちに何度も訪タイを繰り返している人たちも多かった。
 大半は 性風俗に対する規制の少ないタイにやってきて お金のかからない女遊びを
 楽しむという人たちが多かった。

 バンコクの中華街であれば 冷気茶室を呼ばれる置屋に繰り返し通う人たち、
 チェンマイ、チェンライへ行き、置屋から女の子を連れ出し、1ヶ月ほど遊んでは
 日本に帰り、お金が貯まると再びやってくるという人たちが多かった。
 若い人たちといえば、バンコク最大の歓楽街 パッポンへ行き、ゴーゴーバーで
 踊る若い女の子たちを見て、驚いていた時代だった。
 今では 若者たちのほうが 中年の日本人より 余程 遊びに精通しているようだ。

 別にタイ女性が素朴で優しかったというより 安いお金で手軽に遊べるということが
 大きな理由だったのだろう。
 そうした日本人の中でもうぶで素朴な日本人は 海千山千のタイ女性に入れ込み、
 女性の実家のある田舎に女性名義で土地を買い、家を建てると 追い出されるという
 話もよく耳にした。
 近頃では そうした財産・商売絡みで殺害される外国人のニュースも報道されている。
 お金が絡むと 簡単に命が奪われるという可能性が年々高くなっている。
 それは 長期滞在者だけの問題ではなく、短期旅行者にとっても そうした犯罪に
 巻き込まれる機会が増えている。

 日本と同じように 格差社会が広がっているタイでも お金目当ての犯罪は増大の
 一途にあることは忘れてはならないことである。
 そのためには 普段から タイの情報に眼を向けておくことが大切である。
 日々のタイの情報を得るためのホームページに次のようなものがある。

 タイの地元新聞を読む http://thaina.seesaa.net/

 newsclip.be タイ発ニュース速報 http://www.newsclip.be/

 バンコク週報、タイの情報 http://www.bangkokshuho.com/

 タイちゃんねるBBS http://jbbs.livedoor.jp/travel/3341/ 
(このホームページは 話半分ぐらいで読むこと、いい加減な情報も多い。)

 これらのホームページからタイの情報を得ていれば、少しは 長期滞在や短期旅行の
 中で生まれる危険を避けることが出来るだろう。
 昔に比べると インターネットを通して タイ情報を得ることが簡単になったが、
 まだまだ こうした情報に眼を通さない人が多いのは残念なことである。


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旅の情報 | 21:18:00 | Trackback(0) | Comments(0)
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