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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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東京 久しぶりです!
ブログを更新することなく、随分になりました。
ブログですが、別のブログで更新しています。

カトマンズ・バンコク慕情~アジアの旅の徒然に
http://blogs.yahoo.co.jp/hikaruno_season

体力的に二つのブログを更新することが難しくなり、当ブログはしばらく
お休みとさせて頂きます。

上記の『カトマンズ・バンコク慕情~アジアの旅の徒然』にご訪問頂けると
嬉しく存じます。

ご連絡 方々 ファンの皆様へ




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徒然なるままに | 02:04:21 | Trackback(1) | Comments(3)
東京 肺がん治療2日目
 昨日の抗がん剤投与の治療は 時間的にも長く とてもきつかった。
 朝11時半から夜9時まで休みなしの点滴治療だった。
 点滴の器具を引いてのトイレ通いもなかなかの重労働だった。

 今日は 昨日投与した抗がん剤の副作用の強いシスプラチンを早く身体の外に
 出すために、輸液と呼ばれる普通の点滴を4本(1本につき2時間)とステロイド液
 150mlを 9時間近くかけて点滴する。

 昨日の抗がん剤の副作用も出てきている。
 まずは 止まらないしゃっくり、食欲不振、体力減退、これが主な症状である。

 この症状が何日か続くようだ。
 私と同じ抗がん剤を使った70代の女性にも同じ副作用が出ていて この女性と
 話をして、笑いあってしまった。

 2週間も居れば、肺がんに罹ったもの同士の話がいつの間にか 狭い病棟内で伝わるように
 なり、声を掛け合うようになる。
 私の隣のベッドの住人も肺がん患者である。

 ところが デールームと呼ばれている公共ルームは 老人ホームと化し 常連の女性高齢者の
 食事ルームになっている。
 ちょっと近寄りがたい雰囲気である。
 概して わがままな女性たちで 看護士たちの仕事も大変である。
 一人の70代以上の女性など 何かにつけて文句ばかりつけていて、看護し泣かせであるが、
 そのとばちっりが 私のほうまで回ってくる。

 寂しさという鬼が住み着いてしまうと、人間は魔物になってしまう。



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徒然なるままに | 11:30:06 | Trackback(1) | Comments(0)
東京 今日は抗がん剤投与の初日
東京 今日は抗がん剤投与の初日 1

東京 今日は抗がん剤投与の初日 2

東京 今日は抗がん剤投与の初日 3

 毎日 午前3時過ぎになると 自然に目が覚める。
 寝付くことが出来ないので、ブログ記事を書き始める。
 病院の外は闇の中である。
 部屋の外の病院の廊下をのぞいても 人の姿はなく、時折 看護師の姿を
 見かけるだけだ。
 午前4時になると デールーム(公共待合室)でインターネットが使えるので
 そこへ移るのが 日課のようになっている。
  
 今日も血液の採決が午前中にある。
 その後、午前11時から 抗がん剤投与が始まる。
 効果があれば、背中の右端上のこぶが小さくなれば、寝やすくなる。
 また、溜まった胸水が減れば、呼吸も楽になるはずである。
 右わき腹からみぞおち間での痛みが減れば、寝やすくなる。
 
 昨日は 8時間だったが 今日はそれ以上の長さになりそうである。
 シスプラチンとアリムタという抗がん剤、それに副作用を抑える薬、
 尿量を増やすための輸液の点滴と かなりの量の点滴になりそうだ。


 今日は朝から 久しぶりの曇り空だ。
 雨でも降るのだろうか。
 入院のときもそうだった。

 朝8時半に 1階の血液採血センターに行き、血液のチェックをする。
 抗がん剤投与は 午前11時からの予定だったが、30分遅れで始まる。
 最初は 普通の点滴だが、二袋を同時に行う。
 点滴に二つのラインがあり、ひとつのラインは 薬、特に副作用の強い抗がん剤
 シスプラチンを早く水で押し流すための点滴、もう一つのラインは 抗がん剤中心の
 ラインで、抗がん剤アリムタ、シスプラチン、副作用を避けるための制嘔吐剤、
 利尿剤などを投与するものである。

 午後11時半に始まった点滴が終わったのは 午後9時だった。
 これが休みなしに行われたのである。
 その間 点滴の器具を引っ張ってトイレに通うのは一苦労だった。
 20回近く トイレに行っただろうか。
 まるでカタツムリのようなものである。
 トイレに行くために動かくことがなかったら、まるで樹木になったような気がしただろう。
 自由に動けないということは 全く苦痛なことである。

 気に意思があるとしたら、やはり 大きな不満を持つだろうな。
 自由で行動できることは 大きな喜びである。
 私のように 自分の身体を使って、世界のことを知るタイプの人間にとっては
 身体が自由に動けないことは 大きな苦痛である。
 自分の身体や行動が 世界を知るための大きな重要は道具なのである。

 今も癌とは何か知るというためには 自分の身体が 被験者になっているが、
 こうした体験は やはり苦痛を伴い、快いものではない。

 それでも 形綴ることで 誰かの役に立つかもしれないと思うと 頑張る気持ちも
 湧いてくる。

 人間いつか死ぬのだから、こうした試練を伝えていけば、誰かに勇気の一つでも
 伝えることが出来るかもしれない。

 58歳になる今ままで 自分の納得のいくように好き勝手に生きてきたのだから、
 残る人生は 少しは 皆と「生きる意味」を語り合ってもいいのかもしれない。
 そこから 何かが生まれてくるかもしれないではないか。
 そんな気持ちにもなっている。


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徒然なるままに | 18:47:37 | Trackback(1) | Comments(0)
東京 冬晴れの中で
 東京厚生年金病院に入院して 2週間の日々が流れた。
 暖かい常夏のような陽気の病院の中から、病院の外を眺めると
 戸外には春がやってきているのではないかと 錯覚すら生まれてくる。
 
 病院のすぐそばの小学校の狭い校庭では 子供たちが遊んでいる。
 病院の外は 小春日和なのだろうか。


 この2週間で 一通りの検査も終了し、今週から 本格的な治療の段階に入る。
 アリムタ(Alimuta)という抗がん剤とシスプラチンという抗がん剤を併用して
 投与するということであるが 抗がん剤イレッサの効かない腺癌には もっとも
 有効な方法ということだ。
 しかし、シスプラチンという白金剤は 強い副作用を持つ薬で、注意深く使用する
 必要がある。
 腎障害や吐き気などの副作用も起こりうるといわれているが、誰でもというわけではない。

 明日は輸液を使って 試験的に点滴をし、患者の様子を見るだけだが、それでも
 10時間以上の点滴になる。

 こんなに何本も点滴を打つのは、20代のときの急性肺炎のときと、30代後半の
 時に細菌感染から足首が膨らみ、激痛に駆られたとき以来である。
 このときは バンコクの地方都市 パックチョンという町の市立病院で
 1週間ばかり、治療を受けた。
 点滴は別にして、傷口の外科処理は ずいぶん原始的な方法が取られた。

 点滴中はトイレに必ず行きたくなるので その処理が大変である。
 今は 昔と違って ガラス瓶がビニールパックに変わっているので
 安心して 動き回ることは出来るようになっている。

 明日は試験的、明後日は本格的な抗がん剤の投与である。
 腎臓の負担を軽くするために、利尿剤などを使うこともあり、
 尿量をひたすら確保する必要があるようだ。

 そのために 輸液や生理食塩水などもどんどん点滴し、尿量をとにかく
 増やすようである。
 だから 1日10時間以上の点滴は 当然のことになる。
 午前中には 試験的点滴のための血液採決が必要だ。

 と書いているうちに 1月27日 抗がん剤投与前日、 試験的に輸液が
 点滴によって投与された。
 500mlの輸液が4袋、1袋につき 約2時間であるから、連続8時間の
 点滴だ。

 2時間の点滴につき、2,3回のトイレ、4袋分の8時間の点滴なら、
 トイレに行くだけで 10回以上ということになる。
 
 朝10時から始まった点滴は 夕方 6時40分まで続いた。

 明日 1月28日からは 本格的な抗がん剤投与である、
 少しでも 今の病状より回復することを 願うだけである。

 8時間ばかりの点滴のせいか、すっかり食欲がなくなってしまった。
 その上、夕方の7時を過ぎると 痛みも増し、鎮痛剤は 不可欠のものになってしまった。
 咳が 夕方過ぎると、ひどくなる。
 午後9時過ぎると 睡眠薬の世話になるようになった。
 治療と癌の進行との闘いになってきている。
 
 ブログをどこまで続けることが出来るのか 心配になっている。
 気力のみである。
 しかし、辛いけれど、ブログは 私の人生の大切な一つの一面になっていることも
 本当である。



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徒然なるままに | 16:19:05 | Trackback(0) | Comments(0)
東京 病院生活の始まり‐04 七日目(1月18日)
東京 病院生活の始まり‐04 七日目(1月18日) 1

東京 病院生活の始まり‐04 七日目(1月18日) 2

東京 病院生活の始まり‐04 七日目(1月18日) 3

東京 病院生活の始まり‐04 七日目(1月18日) 4

 今日は なかなか大変な検査の日である。
 気管支内視鏡検査と呼ばれる検査で、胃カメラと同じ要領で、気管支からカメラを入れ、
 肺の中の様子を調べる検査だ。
 午前中は 地下一階の検査室で 胸部のレントゲン撮影、正午過ぎには 点滴、
 身体を弛緩させるための筋肉注射、そして 午後1時30分過ぎには 
 喉に麻酔剤を入れる。
 飲み込まぬように 扁桃腺あたりで粘々の麻酔剤を何分か留め置く。
 そのあと、今度は息を吸い込みながら、噴霧器からの麻酔薬も吸い込んでいく。

 それが終わると目隠しがされ、カメラ用のチューブが 気管支の中に入れられていくが
 感覚はすっかりなくなっている。
 肺に発生している癌組織も取り出すようだ。
 20分近くカメラのついたチューブは 肺の中を動き回っていたようだが、それを抜く
 最終段階でむせあげてしまった。

 カメラを備えたチューブが肺の中を動き回った負担は大きく、その後の15時間以上は
 息苦しく不快な感覚が残ってしまった。

 車椅子に乗せられ、部屋に帰ると ベッドの上で 寝込んでしまった。
 麻酔がまだぬけていなかったのである。

 近代医学、欧米の科学万能主義の医学には どうも 人間に対する優しさが
 かけているようだ。
 正確な認識も必要だが、それを得るための手段は 選ばないようだ。 

 インドのアユルヴェーダ、中国の漢方と何千年にも渡る東洋の知恵と西洋医学を
 融合させることによって、人に優しい医学、人間のための医療は生み出されては
 来ないのだろうか。

 人が生きるということは 身体の健康のみならず、
 心の健康も含まれているはずである。
 何故 人は生きるのかは 古今東西の問いかけであるが 今の時代ほど 
 そのことが蔑ろにされている時代は ないような気がする。

 身体だけが生き、心が死んでしまえば 生きている意味はどこにあるのだろうか。

 この病院で この病院の医療を実地体験しながら、自分の生を確かめている。
 人間らしく生きるとはどういうことか それを考えようとしている。

 7階病棟にいる患者たちの大半は 私よりも皆年上の人ばかりである。
 身体の病を治しながら、心の中は 寂しさで一杯の表情をしている。
 
 ネパールのカトマンズの老人たちは 生きるために過酷な状況の中に置かれていても、
 もっと明るい表情をしているし、生きることに積極的である。
 豊かさは 物質的な快適さを与えてくれるけれど、心の幸せは保証してくれないことが
 よくわかる。
 長生きに伴う心の豊かさが保障されなければ、
 長生きも地獄の有様に変わることにもなる。
 ここ3,40年 そのことを考えようとせず、
 平均寿命ばかりを自慢し続けた結果が 今の日本の老人問題である。

 久しぶりの真冬の日本滞在である。
 いつも寒くなると 逃げるように バンコクへと旅立つのは 例年のことだった。
 病院の窓から眺める冬空の姿も 久しぶりのことで 意外と美しいものだ。

 窓の内側の病院内の常夏のような室温、窓の外の冬の寒さ、これだけでも 
 何かおかしな感覚にさせられる。
 現実の世界に生きているという実感から 程遠いところにいる自分を感じてしまう。

 病院の目の前に 小さな小学校があるが、幼稚園か保育園が併設されているのか、
 幼い子供たちが 小さな狭い校庭の中を歩き回っている。
 彼らは やはり現実の寒い季節の中を生きている。

 今日は ほんの少し、隙間程度にあけた窓から 激しい木枯らしの音が
 鳴り響いているのがわかる。
 常夏のような病院のなかにいても 病院の外を出れば、
 厳しい現実が待ち構えていることがよくわかるのである。

 春夏秋冬の季節感のある日本の国は 美しいが 冬を持つ国の過酷さはある。
 昔の日本は この過酷な季節を みんなしてどう乗り超えていたのだろう。



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徒然なるままに | 04:23:31 | Trackback(0) | Comments(0)
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